第二百七十二話 考えなしの行動か
領主の息子が昨日ここに宿泊している女の子を出せと言っていると、宿の主人が申し訳なさそうに尋ねてきたので外に出てみればそこに居たのは確かに領主の息子であるバーニッシュだった。
俺はバーニッシュをへ詰め寄ろうと一歩前へ出る。
「おい、お前――」
「いい加減しつこいわね? 私はラース以外の人と一緒に遊んだりするつもりは一切ないから帰ってもらえるかしら? それにそのだらしない体は見ていられないわ」
しかし、抗議の声を上げようとしたところでマキナが腕を組んで睨みつける。口調が丁寧でないところを見るとイライラしているのは間違いない。
「だ、だらしない!? ……フフフ、そんなことを言っていいのかい? 僕はこの後このグラスコ領の領主になる男なんだぞ? そこのラース=アーヴィングも確かに僕と同じ貴族だが、後を継げないから冒険者をしているのだろう? 僕と一緒ならいい暮らしをさせてあげられるぞ」
そんなことを言いながら髪をかき上げつつ腹を揺らす。マキナは目を細めてため息を吐くと、捲し立てるように口を開く。
「別にいい暮らしをしたいからラースと一緒に居るわけじゃないから気にしなくて結構です。それに今はあなたが領主なわけじゃないし。冒険者になったのはラースの意思だから卑屈な理由じゃないんですけど? お金と地位で女の子が靡くと思っていたら大間違いよ! あなた女の子と付き合ったことないんじゃない?」
「お、おお……!?」
マキナに指を突き付けられて後ずさるバーニッシュ。流石というかまったく折れることのない表情に俺は笑みが出る。それを見て黙ってみていたファスさんとバスレー先生がしゃべりだす。
「ほっほ、ワシの弟子は気が強いわい。バーニッシュとやら、おぬしの負けじゃ。それにラースには到底かなわんぞい」
「まあ、シルエットからすでにラース君に勝てていませんからね。かろうじて顔は悪くありませんが、剣、魔法、アイドルのデザイナー、そして料理。あなたはどれか一つでもできることがありますかねえ」
「いいよ、挑発しないで……」
何故か俺とマキナより得意げのバスレー先生を窘めていると、ギリギリと俺を睨みながら顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「何にせよマキナは渡せない。同じ貴族だから俺は言及はしないけど、他の貴族の婚約者を口説くのはやめておいた方がいい。相手によっては領地同士のいざこざに発展して争いに発展することもあるって習わなかったかい?」
「ぐ……くそ……覚えていろ……! 僕はまだ諦めない。出せ、屋敷に戻るぞ、あいつらに――」
「かしこまりました」
バーニッシュは捨て台詞を吐きながら宿を出ていくと馬車へ乗り込み、丘の上を目指して走り出す。朝から騒々しい……というか監視とかそういうのじゃなかったのか……
「さて、悪が滅びたところで朝食にしましょうか。今日はどうします? 一応、わたしは昨日貰った資料を確認しないといけませんが、兄ちゃんもまだ到着しないでしょうし、余裕はあります」
「もちろんルクスを探す。誰にも心当たりが無いならしらみつぶししかない。だから行けるところには全部行く予定だ」
「そうね、となるとやっぱり最初はギルドからかしらね」
「そうだな。魔物を放置しているわけじゃなさそうだけど、これだけ蔓延っているのも気になるから、同時に情報収集といこう」
その後すぐに朝食を食べてから俺達はギルドに向けて足を運ぶ。
相変わらず人通りが少ないことに違和感を覚えながら歩いていくと、おじさんを発見する。ギルドの場所を尋ねるために声をかけると――
「ん? ギルドかい? それならここを真っすぐ行くと門の近くに出る。そこから右に行くと大きな建物が見えるはずだ」
「ありがとうございます! ……それにしても早朝とはいえ人が少ないですね」
マキナがお礼を言ってさりげなく聞いてみると、おじさんは肩を竦めてこう返してきた。
「あんたら最近来たのかい? ……大きな声じゃ言えないが、この町は今ごたごたしているんだよ。何でもバーニッシュ様の弟であるルクス様がなんか大事なものを持って逃走したらしいんだわ。で、姉のナージャ様も行方不明。多分、すぐ見かけることになると思うけど自警団が大勢ウロウロしているぜ。俺達は捜索の邪魔になるから見つかるまでなるべく出歩くなって言われてるのさ。あんたらもつまらねえ因縁を吹っ掛けられないうちに依頼に出るか、引きこもっていた方がいいぜ」
そう言っておじさんは買い物に行くと言ってこの場を去っていく。大事なもの、か。ザンビア達はそんなことを言っていなかったけど、知られちゃまずいものだったりするのだろうか。
ルクスの居場所は知らない口ぶりだったのでそのまま言われた通りギルドへと向かう。途中、門に近くを通り過ぎ、念のためオーフが居ることを確認しておく。
「……とりあえずは平常運転だな」
「あまり関わらん方がいいぞ、オーフが唯一ナージャの場所を知っておるのだ、それが知られる可能性は排除せねばならん」
「わかっているよ。それじゃ入ろう」
ファスさんの慎重な言葉に同意し、到着したギルドの扉を開ける。先頭に俺、すぐ後ろにマキナ、バスレー先生と並び、最後はファスさんだ。
「……!? これは……」
「凄い人数!? これ全員冒険者?」
「ふえー、もしかして魔物退治に集められた人材ですかねえ? ……魔物に関しては領主は白、ってところでしょうか……?」
バスレー先生が前に出ると、顎に手を当てながらきょろきょろと周囲を見渡しながらつぶやく。案はある、みたいなことを言っていたような気がするけどそのひとつがこれってことか。
「とりあえずギルドマスターは居るでしょうし、話を聞いてみましょ――」
バスレー先生がこっちを振り返ったその時、
「ふむ……このおっぱい……これは以前触ったことがあるな……」
「んな!?」
「「あ!?」」
背後から手が伸びてきて、バスレー先生が胸を鷲掴みにされていた。俺とマキナが小さく驚いた瞬間、すでにバスレー先生は動いていた。
「裁きを受けよ……!!」
「ぐは……!? どわあああ!?」
決まった。
鳩尾に決まった肘鉄からのかかとで急所を一撃……後ろから胸を揉んだ男は膝から崩れ落ち、白目を剥いた。
「おや、あなたはバーディではありませんか?」
そう、バスレー先生の言う通り、その男は少し前に出会った男、バーディであった。
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