第二百六十七話 領主一家
――グラスコ領に繋がる街道。
その場所を二人の男がゆっくりを歩を進めていく。そのうちのひとり、レッツェルが隣を歩く男を見て話しかけた。
「随分楽しそうだけど、僕と合流する前になにかあったのかいアルバトロス?」
「ああ、少し前に酒場で変な女がいるパーティに出会ったんだが、その女が面白くてよ! 久しぶりに美味い酒を飲ませてもらったぜ」
「ふうん、アルバトロスがそんなことを言うのは珍しいね。それでその女は?」
「ま、それくらい笑かしてくれたってこった。ああ、女たちはグラスコに行くとか言ってたな。借金を返すためらしい」
「それ、大丈夫かな。僕達は今からグラスコへ行くんだし、顔を見られているのは美味くないと思うけど。まさか名乗ったりしてないよね?」
レッツェルが訝しむように目を細めると、アルバトロスはレッツェルの肩をバンバン叩いて笑いだした。
「はっはっは、流石に偽名を使うわ! なあに一日、それも数時間しか顔を合わせていないから覚えてないって。まあ、あの女にゃもう一度会いたいと思うがな」
「ま、僕はキナ臭くなった時点で逃げるけどね?」
「お前らしいや。……さて、お仕事と行きますかね」
そう言ったアルバトロスの眼前にはグラスコの町へ通じる門が見えていた。
◆ ◇ ◆
門番の若い男が用意した馬車に乗り込み、俺達は丘の上にある屋敷を目指し進んでいく。馬車は立派なもの……ではなく、簡素な荷台にとってつけたような幌がついているだけのものだった。
それに文句はないが、それにしても――
「まさかあなたがそのまま案内役になるとは思いませんでしたよ」
俺が御者台の男に尋ねると、男はギクッと体を震わせた後、こちらを振り向かずに口を開く。
「え、ええ、城から来られた大臣を直々にご案内したくて志願しました。光栄ですよ」
「なるほどね。名前を聞いても?」
「え? あ、はあ……私はオーフと言います。以後、お見知りおきを」
「ありがとう、俺はラースだ」
「……?」
俺は微笑みながら座席に戻る。一瞬、首を傾げながらこちらを見ていたが気にせず着席すると、マキナが声をかけてきた。
「どうして声をかけたの? 名前まで聞いて」
その言葉に俺は声を潜めてマキナ含む残りふたりにも先ほどの意図を伝える。
「いや、一時間もあって出て来たのはこの程度の良くない馬車で、志願したとはいえ門番が領主邸まで連れて行くってこともそうそうない。イルミネートのクルイズさんだって、門の前まででそこから案内してくれなかったろ? 大臣を歓迎している雰囲気じゃないのは間違いない。出されたお茶や周りの人間の動向には注意した方がいいだろうね」
「そういうことか……よくそこまで分かるわね」
「♪」
俺が凄いと言わんばかりに、かごの中で枝を振って花を咲かせるセフィロ。そこへファスさんが口を開く。
「ラースの見解は正しいじゃろうな。ワシも昔こういう事態に遭遇したことがある。あの時はワシを手に入れようとした貴族の男に招待された時じゃったか」
「ファスさんも若かったころがありましたでしょうしね」
「一言多いわ!」
「痛っ!? ……まあ、油断せずに行きましょうか。ちょうど到着したみたいですし」
バスレー先生がそう言ったのと同時に馬車がゆっくりと停車する。オーフがエスコートしてバスレー先生を降ろし、俺達もそれに続く。一応、領主邸に話は伝えているようですぐに年配のメイドから応接室へと通され、ソファに腰を下ろす。
「こちらでお待ちください」
そう言って下がっていく。オーフは俺達の座るソファの横に立ち、待機する。……これも言われたことなのだろうか?
不審ではあるが、何かする様子も見られないのでとりあえずはスルーしておく。
落ち着いたところで部屋を見てみると、屋敷の大きさの割に内装は普通。この辺はウチと変わらないな。庭も手入れされているし、思ったより奔放な性格ではなさそうな印象がある。
そんなことを考えていると、応接室の扉が開かれ身なりのいい人物が三人入ってきた。
「やあ、お待たせしました! まさか農林水産大臣自ら領地視察に来られるとは。もちろん大臣が変わられたことは存じて居りますぞバスレー大臣! ……おっと、自己紹介が遅れましたな。私は領主のザンビアと申します。そしてこっちは家族です。ご挨拶を」
顎髭だけ生やしている人のいい顔をしたザンビアがにっこりと笑い、横に座っていた男と女性に挨拶するように促すと、まずは女性から口を開く。
「妻のソニアと申しますわ、バスレー大臣。お若いのにその地位、羨ましい限りですわ」
少したれ目がちな瞳に泣きほくろ。赤いウェーブのかかった髪に胸の空いたドレスを着こなし、まさに貴族の奥さんといった感じのソニア。
続けて男が話し始めるのだが――
「バスレー大臣初めまして、僕はバーニッシュ=グラスコ。父の補佐をしております、以後お見知りおきを。ぐふふ、そちらの可愛いお嬢さんはどなたですかね? どうです、貴族の息子である僕とお食事でも?」
――この太った息子が場の空気を読まずにマキナを口説き始めたのだ。しかし、相手が悪いなと俺が考えていると、案の定マキナが涼しい顔で口を開く。
「お断りします」
「……!? な、何故だ!? 僕の誘いを断るなど――」
「私には恋人がいますのでお受けできません。そこにいるラースが恋人ですのであしからず……」
そう言い放つマキナにバーニッシュが目を見開いて俺に目を向けて激昂する。
「この僕の誘いを断るなんてどうかしている! どうせ僕よりカッコ……いい!? サラサラの金髪にイケメンマスク!? 程よい体つきで女性が考える理想の男!?」
「あ、どうも……」
怒りながらべた褒めをすると言う難しいことをやってのけるバーニッシュに困惑していると、領主であるザンビアがコホンと咳ばらいをし、バーニッシュを下がらせる。
「口を慎みなさいバーニッシュ。それで、バスレー様この度の領地視察はどのようなご用件で……?」
「ええ、そんなに難しいことではありませんよ。最近の農作物状況、それと……トレントや魔物が増えていることについてだけなので」
「……」
バスレー先生はにっこりと微笑み、軽く首を横に傾けながらそう告げると、ザンビアの目が細められた。
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