第二百六十六話 グラスコの町


 「見えてきましたよ、あれがグラスコの町です!」

 「さっきまで寝てたくせに……」

 「元気すっきりですねえ!」

 「悪びれた様子も無いわね……あ、セフィロはかごに入ってね」

 「!」


 グラスコの町の門に近づいてきたのでマキナがセフィロをかごに入れてくれる。そういえばこっちの言葉を理解しているんだよねセフィロって。

 バスレー先生と俺で御者台に座り門に近づくと、橋が一本かけられていて、どうやらそこを渡るらしい。

 橋を渡った先のアーチをくぐると、五人の男達が馬車に近づいてくるのが見えた。


 「洞窟みたいになっているのね」

 「橋の周りは深い濠になっておるし、魔物は橋を使う以外襲撃ができん。橋で食い止めるのはまだ容易じゃし、いざとなれば橋を落とせば逃げ道としては十分じゃのう」


 ほれ、と橋を吊っていると思われる鉄の綱へ親指を向けてファスさんが言う。魔物が増えることを予想してこうしたのかなど考察する余地があるが、思考は目の前の男達の声で霧散した。


 「よし、そこで止まれ!」

 「これでいいかな?」

 「結構だ。町に入りたいのは何人だ? 目的は観光か? どこから来た?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけられ、俺は渋い顔をする。質問だけなら別にいいが威圧的な態度が気にらない。さてなんと伝えるかと考えていたら先にバスレー先生が口を開いた。


 「まあまあ落ち着いてください。わたしはこういう者です」

 「なんだ? 名刺? ……!?? た、隊長、こちらを!」 

 「どうした! ……な、なに……!? 農林水産大臣……!? ほ、本物か!?」

 「い、いえ、大臣は男だったはずですよ? 騙っているんじゃ……」

 「最近復職しましてね。各領地に通達がいっているはずなので、領主殿に問い合わせてもらっても構いませんが? ああ、目的でしたね。その領主殿に話を聞きに来た次第なんですよ、むしろ確認してもらった方が早いですかね」


 ギラリと鋭い視線を男達に向けながらにやりと笑うバスレー先生。男達は顔を見合わせた後、


 「……少し待て。あ、いや待っていただけるだろうか? みな集まってくれ」


 隊長と呼ばれた男が残り四人を集めて話し合いに入る。俺はその様子を見ながら口を尖らせた。


 「偽物だって疑っているのか?」

 「それもあると思いますね。実際さっきの若い男が言ったように少し前までケディさんでしたしね。通達はあったかもしれませんが、大臣が足を運ぶことは早々そうないのでその部分で審議がなされているのかと」

 「確かに大臣はあまり出歩かないイメージはあるなあ。フットワークが軽すぎるけど、命とか狙われそうだよね」

 「そこは守ってくださいね!? お、まとまったみたいですよ」


 視線を五人へ向けると、隊長がひとりで俺に近づいてきて御者台のバスレー先生に声をかける。表情はあまり歓迎ムードではなく、どことなく渋い感じだ。


 「……ご存じかもしれないが、領主様は今ご多忙ですぐにご案内することは難しいのだ。申し訳ないが、こちらで宿を手配させていただき、そこで待機してもらえるだろうか?」

 「わかりました。二時間待ちましょう。その間にわたしが来たことを伝えておいてください」

 「は?」


 バスレー先生の言葉に目を丸くして口を半開きにする隊長。俺が口元をにやけさせると、さらに続ける。


 「先ほどこちらのバスレー大臣は領主殿に用事があってきたと申し上げたはず。忙しいのは承知していますが、まさか大臣が直々に足を運んで会いたいと言うのに後回しにはしませんよね?」

 「う、ぐ……わ、分かった。おい、宿へお連れしろ、丁重にな」

 「か、かしこまりました! ではこちらへ」

 「オッケー、よろしく頼むよ」


 若い門番に案内され、俺は馬を歩かせ始める。その横を別の門番が慌てて駆け出していく。内側のトンネルを抜け、門番の背中を見送りながら町並を確認する。


 「……あの丘の上にあるのが領主邸かな?」

 「一目でわかるわね。ラースのお家とオリオラ領の屋敷は控えめだったのに」

 「ウチは父さんがあまり華美なのを嫌うからね。あの屋敷ももうちょっと小さくてもいいのにって言ってたくらいだよ。まあ、サージュが来て、アイナが産まれたから丁度良くなったけどさ。メイドも少ないし」

 「ふふ、そういえばサージュは大丈夫だったのかしら」

 「上手くごまかしているといいけどね」


 御者台から顔を出してきたマキナとそんな話をしていると、横を歩いていた若い男が驚いた顔をして俺を見て口を開く。


 「君は貴族なのか……? てっきり護衛の冒険者だと思っていたが」

 「ああ、護衛の認識でもいいけどね。確かに貴族だけど、ガスト領の次男だから気楽なもんだ」

 「……! そ、そうですか……」

 「?」


 若い男はそれっきり口を噤み少し前を歩きだし、やがて宿へと到着する。特におかしなところもない普通の宿なので言うことも無いだろう。

 そこにはやはり旅人用の馬小屋があり、馬を繋いで水を与えてやった。

 後は部屋でその時を待つ。しばらくすると、窓の外を見ていたファスさんがポツリと呟く。


 「妙じゃな」

 「どうしたんですか師匠?」

 「いや、大したことではないが、今日は天気もいいし気温も高い。それなのに、町に活気がない……というか人が歩いておらんなと思ってな」

 「言われてみれば……」


 マキナがファスさんと一緒に窓の外を見て呟く。そういえば人とすれ違わなかった気がするな。


 そして一時間ほど経過したころ――


 「準備ができました! 私共の馬車で、一緒に向かいましょう」

 

 先ほどの若い男が迎えに来てくれた。

 さて、どんな領主さんだろうな。ルクスが居るからいいかと思ったけど、もう少し情報を集めても良かったかもしれないなと思いながら迎えについていくのだった。

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