第二百六十五話 情報
「ふー……ふー……」
「どうどう、バスレー先生!」
「あががが……」
「うわ、急所を集中的に……なんてことを……<ヒーリング>」
思わず俺も腰が引けてしまう悲惨な状況だが、回復魔法でどうにかなるものだったため最悪の事態は免れた。ゆっくり立ち上がらせながら俺は男に言う。
「バスレー先生もやりすぎたとはも思うけど、いきなり女性の胸を触ったりするからそうなるんだ。今後は気を付けた方がいいぞ」
「フッ、助けてくれたことには礼を言うがそれは約束できんな」
なんだこいつ。
酔っぱらいは相手にしても仕方ないかと思い、俺はマキナ達へ声をかける。
「とりあえず頭以外は問題なさそうだ、ケガは治したしバスレー先生も痴漢されたわけだから痛み分けとしよう」
「そうじゃな。腹が減ってきたから早く飯屋へ入ろうではないか」
「ですね。バスレー先生も落ち着いたことだし」
「ふう……みっともないところを見せましたね。では――」
男を放置して移動しようとしたところで、男が口を開く。
「まあ待て。急ぐとチャンスを逃すぞ?」
「チャンス……?」
「うむ」
俺が振り返って尋ねると、男はにやりと笑った。
そして――
◆ ◇ ◆
「ヒンメル様、今日は町に到着できそうですね」
「みたいだね、まあ僕達は人数も多いしバラバラになるのは得策じゃない。焦る必要はないからゆっくり行けばいいさ」
ラース達が男と会話している時間、ヒンメルたちはようやく最初の町に到着するところだった。出発は宣言通り早朝に出たが、馬車は三台使い、調査員と何かあった時に制圧できるようにするという『建前』のため人数を増やしたため移動速度はかなりゆっくりである。
「それにしてもバスレー大臣が勝手に先行するとは思いませんでしたよ」
「まあ先に行かれて困るわけでも無いし、一応妹の名目はトレントとクリフォトの調査だから僕と一緒じゃなくてもいいといえばいいんだ。足並みをそろえるに越したことは無いけどね」
「ははは、破天荒な身内を持つと苦労しますね」
嘘の中に真実を混ぜることで信憑性が増す。
ヒンメルは微笑みながら胸中でそんなことを考える。トレントとクリフォトの件はその通りで、足並みをそろえる必要はない。
が、バスレーはルクスを気にしていた。なのでまずはそちらへ目を向けると考えれば、同じ時期に到着すると自由に動けないと判断し、先行したであろうことを予想していた。
「(それでも大した時間のロスは作れない。後はバスレー次第ってところだけど)」
あの妹と、国王のお気に入りであるラースが居れば何とかするかと目を瞑るヒンメル。やがて馬車は町へ入り、宿を取る。
「ヒンメル様、休息と行きましょう」
「ありがとう。野営ご苦労様だったね、今日はゆっくり休もうじゃないか」
――この人数が出発するのはなかなか手間がかかるものだ。もう少し時間を伸ばせるかな? そんなことを考えながら馬車を降りるヒンメルであった。
◆ ◇ ◆
「わははははは!」
「ぬははははは!」
……向かい合って笑うふたりの男女。ひとりは俺達の身内で、もちろんバスレー先生だ。では男性は? なんと酒場の入り口でバスレー先生が一方的にボロクソにした男、名をバーディというらしいが、そんな彼がにやりと笑った後、お詫びとして俺達に酒を奢ると言いだしたのだ。
奢りならばと手のひらを返したバスレーがバーディと笑い合っているのが現状、というわけ。
「ちょっとだって言ったのに……」
「まあ、最悪向こうに着くまで寝てもらってもいいと思うよ。向こうに着いたら、多分かなり頼ることになる」
「ほっほ、煙たがっているようでラースは分かっておるのう」
「まあ、よほどのことが無い限りは人を嫌いになることは無いよ俺は」
それくらいこの世界の人間関係は楽しいからだと胸中で付け加えて俺は少し笑いながらグラスを口につけてつまみを食べる。あ、グレートコンドルを持って行くの忘れてたな……
「最初はただの痴漢で、今もその認識は変わっていませんが気前がいい男は好きですよ!」
「はっはっは、言ってくれるぜ! ハッキリ言う女は好きだぜ! で、バスレー達はどういうパーティなんだ? 婆さんに若いのがふたり、んでお前だ。冒険者か?」
「ですねえ。ちょっとグラスコ領までお金を稼ぎに行くんですよ、魔物が多いみたいなので依頼がいっぱい夢いっぱいという訳です」
「ぶっ!?」
マキナは小さく噴き出すと、小声で『よくあんなスラスラと事実じゃないことを言えるわよね』と口を開く。
「むはは、それでお前はちっぱいってか? 実際あっちの子の方がはぁ!?」
「うむ、いい拳じゃ」
「似た者同士、相性はいいのかしら……?」
マキナが隣のテーブルの漫才を見ながらソーセージを口にする。俺は逆に同族嫌悪という言葉がよぎるが――そんなことを考えていると殴られたバーディが鼻の頭を抑えながらフォークをバスレー先生に向けながら真面目な顔で言う。
「グラスコ領へ行くのか……悪いことは言わねえ、行くのは止めといた方がいいと思うぜ?」
「どうしてです? お金が欲しいんですよわたしは……!!」
「あー、何だ、キナ臭いみたいじゃないか。女ばっかりだと特にそう思うんだよ」
「心配してくれるのはありがたいけど、俺達も事情があってね。借金を返さないといけないんだよ。百万ベリル、簡単にはいかないだろ?」
俺がしらっとそんなことを告げると、バーディはため息を吐いてから口を開いた。
「借金か……金な。ギャンブル……ってわけじゃなさそうだが、騙されたか何かか? 金は怖いよな、一瞬で何もかも失っちまう」
ぶつぶつと俺達にではなく自分に対して含むようにそんな言葉を口にする。お金のことで嫌なことでもあったのだろうか。幸い俺は前世で両親以外と金銭トラブルになったことは無いのだが、会社の人間でパチンコとスロットに明け暮れて月末にお金がないとのたうち回る人間を見たことはある。
……あれは、言いたくないが醜いものだ……やらなければいいのにとは思うが……
「なあに辛気臭い顔をしてるんですか! 痴漢をするような男がそんな顔は似合いませんよ? にっこりとした……警護団があなたを待っています」
「それは笑えねぇな!? っぷ……くははは! やっぱおもしれえなお前は! 恋人だったら楽しそうだな」
「ぐう……」
「寝てんのかよ!? ……はあ、まあいい。グラスコの町に行くなら気を付けろよ」
「ああ、肝に銘じておくよ」
バスレー先生は真面目に寝てしまったので俺達は支払いをバーディに任せ、酒場を後にする。
「よっと……。何気に軽いんだよな先生」
「服がローブでぶかぶかだからわからないけど細いのよね。見た目はベルナ先生と変わらないくらい美人なのに」
「色々あるのかもしれんぞ。こやつ、お茶らけておるが、芯はしっかりしておるしのう」
「ふうん?」
「ぐがーぐがー……ああ、そんな! ご勘弁を……!」
「うなされているわ……夢でも変なことしているのかしら……」
苦笑する俺達はすぐに就寝し、陽が昇る前には出発。一介の冒険者であろうバーディですらあそこまで言うのだ、グラスコの町は思ったより深刻なのかもしれない……気を取り直して気合を入れ、俺は馬車を走らせる。
――もちろん、バスレー先生は眠りから覚めず、座席で横になっていた。
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