第二百六十四話 おいでませグラスコ領


 「ひひーーん!!」

 「ぶるるん!」

 「無理するなよジョー、モーラ! <ファイアアロー>!」

 「おっとと、街道なのに容赦なく出てきますねえ。上から来ますよ、気を付けてください!」

 「身軽なワシが屋根から迎撃してやるわい」

 「!」

 

 ――俺達は王都領内とグラスコ領を繋ぐ町には二日目の朝には到着していた。野営で休息を取っていたし、食料も水も十分なのでそのまま町を抜けてグラスコ領へと出たんだけど、そこから半日は特に問題なかった。しかし、二日目に陽が暮れ出し次の町まではまだまだ距離があるなと思った矢先、魔物に襲われ、戦闘をする。それも一回や二回じゃなく、遭遇しはじめてから何度もだ。

 バスレー先生が『魔物の数が増えた』と言っていたけど、この遭遇率は異常とも言え、御者台にいるバスレー先生に飛び掛かってきたハウンドウルフを叩き落としながらマキナが呟く。


 「おおう!? 噛まれる寸前!? ありがとうございますマキナちゃん!」

 「前見てください前! ……ゆっくり休む暇もないわね」

 「ちょっとびびらせるか<ファイヤーボール>!」


 レビテーションで空を飛んでいる俺は、両手で抱えるほどある特大のファイヤーボールを並走しているハウンドウルフ達目掛けてぶっ放した。

 地面がえぐれるほどの威力があったそれは見事に爆散してハウンドウルフ達を吹き飛ばす。


 「きゃいーん!?」

 「ひゅーん……ひゅーん……」

 「きゃひんきゃひん!」

 

 「やった! 狼達が散っていくわ」

 「ふう、行ったか。これでしばらくあいつらは追っかけてこないだろ。おっと、ファスさんは」

 

 俺は上昇して屋根からくるグレートコンドルを相手にしていたファスさんの援護に向かうが、


 「ほっほ、おぬしの魔法は凄いのう。さて、今日は鳥料理なんぞどうじゃ?」

 「はは、流石なのはファスさんもだよ」


 屋根の上で二頭のグレートコンドルは首をへし折られて絶命しており。直後、セフィロが枝でぐるぐる巻きにしていた。空から急襲してくる相手を安定しない移動中の屋根の上でどう戦っているのか見たかったな。


 「頑張ってくださいジョニー達! もうすぐ町に着きますからそこでゆっくり休みましょう」

 「ひひん……!」

 「頑張るなあ、今日は餌を奮発してやるかな」

 「美味しいお水もね」

 「ギルドで解体してもらうかのうこいつ。セフィロや、しっかり掴まえておくのじゃぞ」

 「!」


 とまあこんな調子でさらにこの後、馬を狙ってきたジャイアントビーとパープルヴァイパーという大きな蛇に襲われながらも何とか町まで辿り着くことができた。


 「よろしく頼むよ」

 「もちろんだ。よし、門を閉じろ!」

 

 大剣を持った口髭の男が手を上げて合図すると、俺達の背後で網目状になった太い鉄柵が下へ降りて外の世界を遮断した。


 「よしよし、頑張りましたね!」

 「ぶるる……!」

 「馬がその様子だと、結構魔物に襲われたか? 最近、魔物が多くなってきたからな」

 

 門番が鉄柵の向こうに魔物がいないことを確認しながら俺達に声をかけてくる。それにマキナが肩を竦めて苦笑しながら答えた。


 「みたいですね。私達も情報は知っていましたけど、まさかここまで多いとは思いませんでした」

 「はっはっは、何にせよ無事でなによりってところだな。お、グレートコンドルか、またでかい獲物を狩ってきたな。ギルドに回したら良い値で買ってくれるぜ」


 そう言って持ち場へ戻っていく門番。

 

 「結構距離のアドバンテージは取ったし、今日はここでゆっくり休もうか」

 「そうですね、でも早めに出発した方がいいでしょう。この子達次第ですが、この町からグラスコの町まで一日半で着けば調べる暇ができるかと思いますし」

 「オッケー。ならこいつらがゆっくり休めるところを探さないとな」

 「もう少し頑張ってね」


 馬車を町中へ歩かせていくと、活気のある商店のある通りや中央広場がみえ、入り口からどこへ向かえばいいかとても分かりやすい造りになっていると感じる。

 

 「いらっしゃい。四人かな?」

 「ああ。俺一人と、女性三人の部屋の都合はつくかい? それと馬車と荷台があるんだけど、停めるところは?」

 「お安い御用ってね。馬車はすぐ裏に馬小屋があるからそこに連れて行ってくれればいい。小屋のカギがこいつだ、逃げないようしっかり鍵をかけてくれよ? それとこっちが部屋のカギだ。二部屋と馬小屋で一泊一万五千ベリルだ」

 

 俺は財布からお金を取り出し受付に出して鍵と交換し、早速馬小屋へと向かうためいったん外へ出た。


 「俺一人で大丈夫だけど?」

 「椅子の下に荷物があるから一応取り出しておきたいのよ」

 「あ、それもそうか」

 「パンツとかパンツとかパンツですね」

 「食事は付かないみたいだから外で食べるか」

 「ガン無視……!?」


 馬たちを馬小屋へ入れ、藁を整え寝床を作ってやり、やはりセルフサービスの水を大きな桶に汲んで端へ置き、食事は少しだけ多めに用意してやった。


 そのまま部屋に行ってから俺達も着替え、暗くなりつつある町へと繰り出す。


 「酒場兼食事屋が欲しいですねえ」

 「お酒を飲んで大丈夫ですか? この調子じゃ明日も戦いになりそうですよ」

 「まあまあ、少しなら酔いもしませんしいいでしょう! 戦いのストレスを忘れるために、ね?」

 「いや、ニヒルに言ってもバスレー先生は御者だけだから戦ってない……」

 「さあさ、いざ楽園に命の水を!」


 そう言って先頭を歩くバスレー先生。するとその目指すべき酒場の前で蹲る男がいることに気づく。


 「おや、何をしているのか知りませんが邪魔になりますよ?」

 「う、うう……む、胸……胸が……」

 

 バスレー先生をチラリと見た男が、自身の胸を抑え呻くように呟く。病気か何かだったら危険だなと思いながら近づいていくと、バスレー先生が中腰で首を傾げて男に尋ねる。


 「ふむ、動けないようなら人を呼びますがどうですかね」

 「大丈夫だ……少し胸をさすれば治る……」

 「そうですか、なら――」


 と、バスレー先生が身を起こそうとしたところでそれは起きた。


 「ふう、落ち着いたぜ」

 「な!? あんた何をするんですか!」

 

 なんとこともあろうに男はバスレー先生の胸に両手を当て、嫌らしい手つきで触り始めた! すぐにバスレー先生は男を突き飛ばし、わなわなと震えながら大声を上げる。


 「どういうつもりですかね!」

 「どうもこうも、言ったろ? 『胸をさすれば治る』ってよ! わっはっは、なかなかいい形のむ――」

 「……!」

 「ぎゃあああああああああ!?」


 男がドヤ顔で語っているところにバスレー先生が無言で襲い掛かる。


 「いつも自分がそういうことをするのにされると激怒するんだ!?」

 「まずい【致命傷】が仕事をしすぎている、止めるぞマキナ……!」

 

 よく見れば赤ら顔の男は酔っ払いなのだろう。珍しくオーガのように容赦ないバスレー先生を止めるため、俺とマキナは慌てて割って入った。

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