第二百六十三話 不穏な町へ


 「ひひーん♪」

 「ぶるるん♪」

 「お、なんだ揃って出かけるのか?」

 「ああ、ちょっとグラスコ領まで行ってくるよ」


 町の出口でいつものように門番をしているクルイズさんに出会い、俺は御者台から挨拶をし、軽く目的を話す。


 「そうか、ここからだとひとつ目の町に着く前に夜になるだろうから、夜道に気を付けてな。魔物は出るが、変な道に入るより休んだ方がいいこともある」

 「参考にするよ」

 「行ってきまーす!」

 「お前は邪魔するんじゃねえぞ?」

 「しませんよ!?」


 クルイズさんが笑いながらバスレー先生をからかい、窓から顔を出して憤慨する先生をよそにそのまま馬車は町を出ていく。

 ここからグラスコ領までは四日の道程で、グラスコ領主が居る場所までにふたつの町を経由する。ひとつは王都側で、もうひとつはグラスコ領に入ってからだな。最低でも二回は野営が必要だ。


 「野営は何度か体験しているし、準備は万端だから大丈夫だと思うけどね。疲れたら休むから無理するなよ?」

 「ひひーん!」


 久しぶりの遠出で張り切っているのか、二頭は四人を乗せているにも関わらず元気よく走ってくれる。


 「いい感じですねえ。この調子なら引き離……次の町まで行けるんじゃないですか? ジョニー、モーラ、頑張ってください!」

 「ぶるる♪」

 「♪」

 「こら、荷台から出ちゃダメだぞ。落ちたら危ないし」

 「!」


 馬車の中ならいいかとセフィロをかごから出してやっているのだけど、何がそんなに嬉しいのか頭に花を咲かせてあちこち歩き回り、今も馬の背中に乗って遊んでいたので窘めた。はーいと言った感じで枝を掲げた後、荷台へ戻っていく。


 「ほっほ、器用なもんじゃ」

 「本当ね。凄い凄い」

 「♪」

 

 褒められてご満悦のセフィロがくるくると踊るのをチラリと見た後、俺はバスレー先生へ話しかける。慌ただしく出て来たので聞くなら今しかないと思ったからだ。特に向こうに到着する前に把握しておきたい情報を。


 「一応、あいさつ回りはしてきたし、ノルマに家を見に行ってくれるよう頼んでおいた。で、ギルドに行った時にソネアさんから聞いたんだけど、グラスコ領がキナ臭いんだって?」

 「……おっと、ソネアに聞きましたか。ええ、途中で話そうと思っていたのでちょうどいいですね!」

 「……なんで冷や汗をかいているのかは聞かないでおくよ。それで?」


 俺が再度尋ねると、バスレー先生は御者台と荷台の間に腰かけ、荷台の方を向いて語る。


 「どうも最近、領内で魔物の数が増えてきたらしいんですよ。グラスコ領はオリオラやガストと同じく境界があるんですが、王都側とグラスコでは遭遇率が全然違うとか。それとわたしが行くことになったトレントとクリフォトの目撃が多い、ってところでしょうか。町や村が襲撃されたという話は聞きませんが」

 「どこからその情報を?」


 マキナが首を傾げる。確かに入手先が信頼できるものかは重要だなと思っていると、


 「ギルドでグラスコから来た冒険者の話と、向こうで働いていた人からですね。どちらも信憑性は高い……というか嘘を吐く理由が見当たらないので、おおかた間違いないという感じです」

 「となると、道中も厄介ということかの。野営はふたりずつで起きておいた方が良さそうじゃ。というわけでワシは昼寝をさせてもらおうかのう!」

 「あ、ずるいですよ!?」

 「それじゃ、今夜は師匠と野営を受け持つから私も寝ておくわねラース」

 「ゆっくり休んでいいからな。椅子に布団を敷いて寝るといいよ。バスレー先生は御者台に」


 声をかけると渋々御者台へ座るバスレー先生。さっきからそわそわしているけど……


 「さっきから後ろを気にしているけど何かいるのか? それと、ヒンメルさんは一緒じゃなくて良かったのか?」

 「兄ちゃんは他の調査員と一緒に後から来ます。わたし達は先に行って様子を確認した方がいいでしょうね!」

 「それは――」


 嘘だろといおうとしたところで、バスレー先生はにやりと笑って続ける。


 「――というのは建前で、兄ちゃんより先に行ってルクス君の様子を見たかったんですよ。もちろんクリフォトたちも気になりますが、先に言ったように兄ちゃんは審問官ですから、できるだけ早く状況を確認したいところ」

 「それはバスレー先生から頼んでみたら大丈夫なんじゃ……?」


 兄なら少しくらいは融通がとも思う。しかしバスレー先生は首を振って答えた。


 「仕事は仕事。ただのギルドの依頼なら兄ちゃんも笑って好きにさせてくれるんですが、今回は陛下からの命令です。だから仕事に入るその前にできるだけ……ということでわたしと行動を共にしなかったのかと。今回はラース君の友人ということもあり、あえて別動隊に入ったんだと思いますよ、わたしが先行するのは想定内かと。手を回される前に町を抜けたかったんですよねえ」

 「なるほど……」

 

 それはそれで大丈夫なのかと思ったけど、なんだかんだでバスレー先生って大臣だしいいのか……? 


 「事件を解決すればわたし達が先行したことなど些末なこと! もしダメなら逃げます」

 「あっさり言うなあ」


 しかし、そう言う事情ならバスレー先生の提案はありがたい。早いところグラスコ領に到着しないといけないな。

 

 

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