第二百六十八話 知ってか知らずか


 「なるほど、そういう事情でしたか。農作物に関してはもうすぐ現状をまとめた報告書を提出しようと思っていたところなので、お役に立てるかわかりませんがお持ちしましょう」


 一瞬、怖い顔をしたと思ったが、ザンビアはにこにこしながら一度席を立ち資料とやらがあると返事をした。それにバスレー先生も微笑みながら返す。


 「承知しました。では、農作物についてはそれをいただくとして、魔物の方はどうですか? ここに来る途中もかなり戦わされましたが、対策はされているのですかね?」

 「ええ、面目次第もありません。この数か月、急に魔物が多くなりましてね。退治しようにもトレントが大量にどこからか流れてきて、暴れているのです。それで対応が後手後手になっていましてね」

 「ギルドは何をしているのですか?」

 「冒険者も頑張ってはいます。が、いかんせん数が――」


 と、口をついたところでバスレー先生が目を細めて言う。


 「ふむ、でしたら何故国に助けを求めないのですか? 切羽詰まっている状況であれば書状を出せば陛下が対応するため我々に命令が下ります。騎士団でも魔法師団でも出せばすぐに片が付くと思いますけど?」

 

 すると妻であるソニアが手を胸の前で広げて微笑みながらバスレー先生へ告げるように口を開く。


 「バスレー様がおっしゃることは分かります。しかし私どもにも領を見守るというプライドがありますゆえ、自身で解決できないか考えていたのです。そして、先日、それを解決してくれる冒険者達を探し当てたのです」

 「解決してくれる……? でも、頑張っているけど辛いとおっしゃいませんでしたか?」

 

 マキナが不思議そうに口を挟むと、バーニッシュが満面の笑みで体を乗り出して答えてくる。


 「そうなんだよ美しい君! 母上の知り合いにクランを組んでいる冒険者がいてね、その彼らが手伝ってくれることになっているんだ」

 「そ、そうですか」

 「そうですか、それはいつ頃予定されているのですか?」

 「近日中には、というところでしょうか。楽しみにしていてください、魔物どもを一掃しますよ! 憎きトレントを薪にしてやる所存です! わはははは!」

 「!!」


 直後、マキナの膝の上にあった布をかぶせたかごがガタガタと揺れ、慌ててそれを抑える。


 「な、なんだ?」

 「あはは、な、なんでもありませんよ!」

 「そうですか……? この後はどれくらい滞在する予定ですか? もしよろしければお部屋を用意しますが……」

 「あ、いえ、自警団で用意した宿がありますので大丈夫であります!」

 「え?」


 そう叫んだのは横に立っていたオーフで、俺たちもだがザンビア達も目を丸くしている。全員の視線を受けたオーフは顔を真っ赤にして小さくなり、続ける。


 「あ、いえ、出過ぎた真似を……バスレー様がいいと思うところで大丈夫です……」

 「くっく、若いですねえ。大丈夫です、馬小屋もある宿で構いませんよ。ですね、皆さん」

 「うむ。年寄りにはあまり広い家は落ち着かんからのう」

 「と、いうわけなのでお部屋は辞退させていただきます。それはこの後来る審問官の一団に取っておいてください」

 「は? 審問……?」

 

 バスレー先生がそう言い、ザンビアの表情が固まる。そこへ俺がザンビアへ今日、ここへ来た一番の理由を口にする。


 「少し尋ねたいんだけど、この領にはそこのバーニッシュとは別に兄妹がいるはずだよな? 学友だったルクスに会いに来たんだが、どこにいるんだ? ここに顔を出さないのはどうしてなんだ?」

 「「「……!?」」」


 俺がそう言い、直後、三人の表情がサッと変化するのを見逃さなかった。やっぱりこいつらには何かあるな。

 

 「どこにいるか教えてくれるだけでもいい。領主の息子なら知っているだろう?」

 「……知らん」

 「ん?」

 「あの不出来な息子のことなど知らん! 姉のナージャ共々一年以上見ておらん! ……ハッ!? も、申し訳ない、つい声を荒げてしまった……」

 「そうか、ならこっちで探させてもらうよ。バスレー先生、時間が惜しい、俺とマキナだけでも町へ繰り出していいかい?」


 バスレー先生の言葉を聞く前に、バーニッシュが立ち上がり、俺へ怒りをたたきつけてくる。


 「お前、ちょっとイケメンだからと言ってその態度は何だってんだ? 大臣のお付の冒険者風情が口の利き方を知らんのか!」

 「ああ、ごめんごめん、兄さんみたいにうまくできなくてさ。自己紹介が遅れたけど、俺はラース=アーヴィング。ガスト領の領主であるローエンの息子なんだ。兄のデダイトはご存じかと思います。まあ、冒険者をやっているので、バスレー先生のお付ってのも間違ってはないかな?」

 「……!」

 「デダイト……! 最近、年上の僕より先に結婚したあいつの弟……!?」


 いちいち驚く理由がよくわからないが、どうやらわかってくれたらしい。揺れる腹を震わせながら後ずさる。


 「ほ、本当にアーヴィング家の……?」

 「ええ、そこは大臣であるわたしが保証します。彼は冒険者としての腕も一流、今回は視察とわたしの教え子でもあったルクス君に会いに来たってわけなんですよ!」

 「くっ……そ、そうでしたか……しかし残念ながら本当に消息を知らないのです。むしろ教えてほしいくらいですよ」

 「ええ、まったくですわ! 少し甘やかしすぎたかもしれません、バーニッシュが優秀すぎて、卑屈になってしまったかしらね? ま、義理とはいえ息子は息子ですし、もし見つけたら連絡をくださいまし」


 ふん、こっちは隠す気もなしか。

 

 「ではわたし達はこれで。ザンビアさん、資料をお願いします。宿で確認したいので」

 「わ、わかりました……」


 結局、バスレー先生の一声で俺達全員は屋敷を後にすることにし、資料を受け取ってから再びオーフの案内で馬車へと乗り込む。


 ――疎ましく思っているのは母親とバーニッシュだけか、それとも父親もか? 俺の見立てだと全員だけど、父親は自分の血を分けた息子のはず。そこまで疎むだろうか? ……いや、そういう親もいるんだったな。自分のことを思い出し、胸中でフッと笑う。

 そこで、対面に座っていたファスさんが声を上げ、俺は顔を上げる。


 「ん? なんじゃ、宿はこっちではなかったはずじゃが?」

 「本当だ! おいオーフ、どういうことだ”」


 俺が御者台に身を乗り出すと、オーフは身を縮こませて口を開く。


 「す、すみません! あなたたち会ってほしい人がいるんです! すみませんー!」


 何なんだ一体……? 会ってほしい人って誰だ? まさか――

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