第二百六十一話 出発の前に
「申し訳ないんだけど、しばらく留守にするからテイマーの訓練は休ませてもらうよ」
「ああ、俺は構わないが月謝が勿体なくないか?」
「それはちょっと思うけど、急がないといけないんだ。だからそこは考えない」
「分かった。最近ちょっと楽しかったんだがなあ」
タジンは残念だと笑い、俺から子雪虎を受け取る。馬は馬車に繋いで連れて行くけど、こいつは連れて行けないからな。
「にゃーん!?」
「!」
タジンが抱っこをすると、珍しく暴れ始める子雪虎。通じるものがあるのか、セフィロは窘めるように枝を振っている。
「こらこら、暴れるんじゃない。ほら、母親、出番だぞ」
「ふしゅー」
「にゃーん……」
母雪虎に咥えられて大人しくなると、タジンが俺を見て肩を竦めて口を開く。
「随分気にいられたなあ。ちょっと早いが、帰ってきたら次のステップに行くぞ」
「それは楽しみだ。大人しく待ってろよ?」
「みゅーん……」
「!」
テイマーの資格があれば連れて行ってもいいが、ずっとかごの中は可哀想だと思うのでここは返しておく。俺はセフィロをかごに入れてテイマーの施設を後にした。
その足で農耕作業の仕事くれるおじさんに馬を連れて行くことを告げ、ギルドへと向かう。
「おや、ラースじゃないか、いらっしゃい。マキナは?」
「ちょっと別行動中。一応ギルドにも伝えておこうと思って」
俺はかいつまんでグラスコ領へ行くことをソネアさんに言い、バスレー先生も一緒だと教える。するとソネアさんが顎に手を当ててから俺に言う。
「まあ、あんた達なら問題ないと思うけど、ここ最近ロクな噂を聞かないし、きな臭い感じがする。気を付けるんだよ」
「ありがとう。ロイ達にもよろしく言っといてくれると助かる」
「あいよ!」
ソネアさんは笑顔でギルドを後にする俺を見送ってくれた。後は家を空けるから不動産屋のノルマに見回りを頼んでおこうかな?
◆ ◇ ◆
「――というわけで、ちょっとグラスコ領まで行ってくるわ。あ、すみません」
ラースがテイマーの施設を出たころ、マキナはチェルの家を経由し劇場でヘレナと会っていた。レイラが持ってきたフルーツジュースを口にし、ヘレナが苦笑しながら喋りだす。
「ルクスか、懐かしいわねえ。アタシは一年の対抗戦以降は知らないけど、あの時のCクラスは散々だったものね」
「点数をめちゃくちゃ落とされたもんね」
「ま、口と態度は悪かったけど、それでも学院長の言葉は響いていたみたいだし? 安易なことはしなさそうだけど」
「そこは行ってみないと分からないからノーコメントよ。とりあえずしばらく家には居ないからよろしくね」
「残念だけど仕方ないわねえ。アタシの休暇が楽しくなってきたところだったんだけど♪ どちらかといえばオーナーの方が残念がるかしらねえ」
ヘレナがけたけたと笑うと、レイラが口を開いた。
「そ、そろそろラースさんに注文が入る手はずですから、このままだと延期ですかね……」
「新衣装は着てみたいけど我慢かしらねえ。マキナ、早く片付けて来てね? あは♪」
「そう簡単に行けばいいけどね……」
マキナはトレントとクリフォトの件を頭に浮かべ困った顔でそう言う。ヘレナはその様子に微笑み、話を変えてきた。
「それはそうとラースとはどうなのよ? バスレー先生に格闘の師匠。ふたりきりになる時間とか全然ないんじゃないのお?」
「あー、それは確かにあるのよね。正直な話、バスレー先生は全然頭に無かったもの。王都へ着いたらふたりだけだと思ってし。まあ、でも楽しいからいいけどね! ちゃんとキ、キ、キスもしてくれるし、隣で寝てくれるし……」
「お、なになに? もう次の段階にいったのお? 彼氏持ちはいいわねえ、アタシも素敵な人と恋愛したいわあ」
「ヘ、ヘレナさんが相手をつくったらとんでもないことになりそうですけどね……ぐうの音も出ないくらい凄い男性でもないと……」
「貴族の坊ちゃんとか、将来はいいけど変なプライドがある人は嫌よね。やっぱりラースが安定なのかしらあ? 学院時代はそうでもなかったけど、外の世界に出るといないものねえ。二番目でいいからマキナから頼んでくれないかしらあ?」
「お断りよ! ったく、ルシエールとクーデリカが聞いたら怒るわよ?」
「あは♪ 冗談よう」
マキナがジト目をしてヘレナを見ると、ヘレナは慌てて目を逸らし席を立つ。
「さ、さあてそろそろ稽古をしないとねえ。とりあえずいないことは承知したわ、気を付けてねえ?」
「うん、ありがとうヘレナ。お仕事頑張ってね」
マキナも席を立つと、先に扉に手をかけたヘレナが微笑みながら手を振り、部屋を出ていく。残されたレイラがマキナを連れて劇場の外へ案内してくれた。
「……あ、あの、お気を付けください」
「どうしたんですか?」
「さ、最近ヘレナさん、ミルフィさん達に学院時代のラースさんの話をよくするんです。狙っているのかも……」
「あはは、多分大丈夫ですよ! ヘレナ、学院時代の時はラースにまったく興味なかったですしね。……それにルシエールとクーデリカの怖さはよく知っているはずだから……」
「そ、そうですか……それではお気を付けていってらっしゃいませ。友人を助けるために行って、マキナさんに何かあったらヘレナ達が悲しみます」
「はい! それじゃ!」
元気よく返事をしてその場を去り、
「ちょっと遅くなっちゃった。商店街へ行かないと」
――そして、無事合流したラースとマキナ、そしてファスは買い出しを始め、一方、バスレーは国王であるアルバートに今回の件を話していた――
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