第二百六十話 疑念と懸念
……あの後、マキナと一緒に就寝し、ルクスのことを聞いて久しぶりにゆっくり、ぐっすり寝た気がする。バスレー先生があの場に居たら気まずくなって別々に寝ただろうからセフィロに感謝だ。
バスレー先生とファスさんが来る前に朝食をこしらえ、マキナと並んでふたりが来るのを待っていると、バスレー先生の部屋の扉が開き、元気な声でテーブルについた。
「おはようございます! わたし昨日ラース君の部屋に行きませんでしたっけ? 気づいたら朝だったんですけど、いつベッドに行ったか分からないんですよねえ」
「気にしない方がいいよ」
「そうね」
「そうですか?」
即答する俺とマキナに訝しげな表情で生返事を返してくるが、黙して語らずなので気にしないことに決めたようだ。マキナがコーヒーをバスレー先生に渡していると、ファスさんも小屋からこちらへやってきた。
「おお、ちょっと散歩をしておったら朝食ができておったか。すまんの、待ったか?」
「ううん、大丈夫だよ。とりあえず座ってくれ、ふたりに話があるんだけど」
「食べながらでいいから聞いてください」
「「?」」
神妙な顔で告げる俺達に、バスレー先生とファスさんは顔を見合わせて首を傾げる。そのまま俺が続きを話すことにした。
「バスレー先生が言っていたルクスの件。やっぱり気になるから会いに行ってみようと思う。確かに義母と折り合いが悪かったらしいけど、人を殺すまでに至るとは思えないんだ」
「私もラースについていくつもりです。師匠、少しここを離れることを許してください」
「ふむ、元学友じゃったか? ワシは構わんが、行ってどうにかなるものなのかのう」
「それは行ってみないと……という感じかな。俺自身の目で確かめたい」
俺が迷いなく言うと、ファスさんはにやりと笑って頷いた。
「まあ、おぬしらも立派な成人じゃ。修行は急いでおらんし旅行がてらグラスコ領じゃな」
「ありがとうございます、師匠!」
マキナがパンと手を打って喜び、俺も思わず微笑む。危ないことがあるかもしれないけど、マキナは強いし、俺が守ればいい。すると、バスレー先生がトマトが刺さったフォークをくるくる回しながら俺達へ言う。
「うーん……そう来ましたか。いえね、昨日わたしが話そうとしたのもその件でして、城から領地へ人を送り込む予定がありまして」
「ルクスのことでか?」
バスレー先生のことだから元生徒を助けるためかもとも思ったが――
「いえ、トレントとクリフォトが複数目撃されたという情報が入りまして、それの調査と駆除ですね。……おふたりには話しづらいですが、ルクス君の件も無いわけではないです。が、ほぼ極刑は確定。調査に人を寄こすつもりですが、向こうはボロを出さないでしょうね」
「そんな!? ルクス君がやったのは確定なんですか!? 調査は!」
「落ち着いてマキナ。……ボロを出さない、ってことは何か怪しいことが?」
俺がバスレー先生に聞き返すとトマトを口に含んでから真面目な顔で言う。
「聞けば、長男と義母は揃ってルクス君の極刑を書状で寄こしてきたらしいんですよ。それもなるべく早く、と。命の危険があるからという名目はあるでしょうが、ルクス君は牢に入れられています。それ故、急ぎすぎではないかという声が上がっているので、調査をするという訳ですね」
「さすがに鵜呑みにはしないか」
「ですねえ。兄ちゃんはああみえて融通が利く男ですから、自ら行くそうですよ」
え? 今なんて言った? ヒンメルさんが行く?
「ヒンメルさんがグラスコ領へ行くのか……?」
「あ、そっか言ってなかったですかね。兄ちゃんは最上位の審問官なんですよ。主に貴族の裁判みたいな重要なものを扱いますね」
「あの人が……? バスレー先生の大臣もそうだけど、意外な人が意外な仕事をしているなあ」
「失礼な!?」
しかし、バスレー先生の口ぶりだと長男と義母が怪しいと思っているみたいなのでこれは僥倖かもしれない。
「もしかしたらヒンメルさんに協力することがあるかもしれないな。よろしく言っておいてよ」
「ええ、わたし達が行くと言ったらラース君達もきっと来るだろうと思っていましたが、先手を打たれましたね! はっはっは!」
「え? バスレー先生も行くんですか?」
「はい! 兄ちゃんといっしょなのはいただけませんが、クリフォトとトレントが多く出ているので、農作物の状況を確認したいんですよね。海も近い領ですし、ついでに行こうかと」
どうやら兄妹揃って行くらしい。ふたり揃うのかと思い、俺はバスレー先生へ言ってみる。
「そこは部下とかでいいんじゃない?」
「いやいや、わたしは自分の目で見て確かめたいんですよ!」
「いやいやいや、でもバスレー先生ってヒンメルさん苦手だろ?」
「いやいやいやいや、そこはラース君達がいますから」
「いやいやいやいやいや、正直来なくてもいいっていうか……」
「いよいよハッキリ言いましたね!? ぐう……!」
「ぐうの音が出た!? 冗談だから泣かないでくれ。そっか、ならファスさんだけ……あれ? ファスさんなにをしてるんだ?」
いつの間にかテーブルから姿を消したファスさんが、床で使い込まれたカバンを広げていた。俺の問いにファスさんが口を開く。
「ん? もちろん旅行の準備じゃぞ?」
「え、付いてきてくれるんですか?」
「うむ。留守番をするとは言っておらんぞ?」
……会話を思い返すと確かに言っていない。
「まあファスさんが来てくれるなら心強いからいいかな」
「のっと格差社会!? お城へ行ってきます!」
バスレー先生がよく分からないことを言いながらバタバタと出ていき、俺達も朝食を終える。
「それじゃ俺はタンジに言ってくる。こいつも返しておかないといけないし」
「にゃーん」
「家に誰もいなくなるならチェルちゃんとヘレナにも言っておかないとかな?」
マキナの言葉に頷き、俺はヘレナ達への伝達は任せることにした。
「ならそっちは頼めるか? 終わったら商店街で買い出しをしよう」
「オッケー!」
「ワシは馬たちに餌でもやるかのう」
善は急げと、俺達はそれぞれ目的の場へと向かうのだった。
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