第二百五十九話 あなたらしく


 「んー、今日はチーズハンバーグ……!」

 「トマトソースににんにくってどうなのかと思ったけど、合うわね」

 「……」

 「どうしたのじゃラース、ボーっとして」

 「そう見える? 直したと思ったんだけどなあ」

 「お疲れですかね? ささ、お姉さんがチーズハンバーグのお礼にマッサージをしてあげましょう!」

 「はは」

 「なんで笑ったんですかね!?」

 

 俺は足元でハンバーグをねだる子雪虎に少しだけ追加してやりながら、話を聞いていなかったことを誤魔化す。ちなみにセフィロは庭で馬糞の肥料や池の水を養分にするため外にいる。

 

 それはさておき、ルクスのピンチに駆けつけるべきなのか? そのせいで父さん達に迷惑がかからないか? そんな考えがぐるぐる回り、いまだ答えは出ずもやっとしたものを抱えながら夕飯になってしまった。

 

 「ああ、そういえば――」

 「ごめん、バスレー先生、やっぱり体調が悪いかも。マキナ、先に休ませてもらうね」

 「あ、うん、洗い物は任せて。……大丈夫?」

 「ああ、ここ最近忙しかったから疲れてるかも。テイマー施設も少しお休みするんだ」

 「え……」


 マキナがガタっと椅子から立ち上がるのが視界の端に見えたが、俺は自室へと戻っていく。ベッドへ寝転がり天井を見つめて思案する。

 恐らく子供のころならサージュの時のようにあまり後先考えず突っ込んで行く気がする。昔は身体年齢に気持ちが引っ張られていたけど、歳を重ねて前世の心とシンクロしてきたせいか冷静に判断できるようになった分、葛藤も抱えているような感じを受ける。


 「……」



 ◆ ◇ ◆



 「――」

 

 「――ス」

 

 声が聞こえる? この声はマキナだ。……いつの間に俺は寝ていたのか、何時かも分からない。だけど、眠気が襲ってくるので、俺はそのまま寝ようと――


 「ラース、ねえ起きて……?」

 「う……」


 不安げなマキナの声に俺は瞼を動かす。好きな子にこんな声を出させて黙って寝られるわけがない。上半身を起こすと、湯上りのマキナとセフィロがベッドの横に立ち、俺を見ていた。ホッとした表情をしたマキナに胸が痛む。


 「……いつの間にか寝てたよ。どうしたの?」

 「えっと、ラース最近悩んでる? ……いえ、濁さず言うわね、ルクス君のことを気にしているんじゃない?」

 「……」


 あの日を境に口数が少なくなったし、ぼーっとしていることが増えたとマキナは言う。さすがに分かるかと思いながら、俺は微笑みながら口を開く。


 「はは、そうなんだ。やっぱりわかるよな」

 「グラスコ領、行かないの?」

 「ルクスがそんなことをするとは思えない。けど、実際、罪を犯したとバスレー先生は言っていた。だから俺が行ったところで何かできるのかって思ってね」


 俺は正直に言う。

 

 「ルクスの話は『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』んだ。下手に関わってマキナや父さん達に迷惑がかかる可能性もあるし」

 「……」


 マキナは俺の目を見ながら黙って話を聞く。否定も肯定も無く、最後まで聞くつもりなのだろう。だが、俺は早々に切り上げることにする。答えの無い問題に付き合わせる必要はないしね。


 「まあ、グラスコ領まで結構あるみたいだし行くことはないよ。心配かけたね、明日からはちゃんとするから安心し――」

 「ラースはそれでいいの?」

 「え?」


 俺が話を切り上げようとしたところでマキナがぽつりと言い、俺は聞き返す。

 マキナの性格だとルクスを助けに行こうと言いだすか、薄情だと言われるかもとは思っていたので意外だった。


 「私やお父様達に迷惑がかかるかもって話は理解できるわ。私もそれは可能性としてあると思うの。だけど、今までだってこういうことはあったはずよ。ベルナ先生が居なくなったときも、サージュの山に行った時も、ルシエールが誘拐された時も、オリオラ領のこともそう。『迷惑がかかるかもしれない』けど、色々な人に協力してもらってラースは解決してきたじゃない」

 「そう、だけど……」

 「ならどうしてルクス君は助けにいかないの……? いつもなら大臣の特権があるからとか言ってバスレー先生を引っ張って行きそうなのに」


 ずいぶん強引なイメージがあるなと俺は苦笑しながら『どうして』と問われた部分を反芻する。父さんやマキナ、バスレー先生に迷惑がかかる? でもそれはマキナの言う通りこういうことは多々あった。

 

 俺が行かない……行きたくない理由を暗に持っている……?


 「ルクス君はもしかしたら悪くないかもしれないじゃない……」

 「……!」


 マキナにそう言われて俺はハッとし、『何故か』に思い当たった。


 それは何か? 先ほど自分でも言っていたのと、今のマキナの言葉にあるように、ルクスは『悪いことをしたのかもしれないし、していないのかもしれない』のだ。


 俺が駆け付け、本当にルクスが悪だった場合、極刑となる。ならば会わなければいいと、心のどこかで思っていたようだ。


 「俺は……」

 「……ラース?」

 「ありがとうマキナ。俺はグラスコ領へ行ってみる。ルクスが何に巻き込まれているのかを調べに。さすがは俺の彼女だ、背中を押してくれるのはやっぱりマキナだな」

 「ラース……!」


 俺がそう言うと、マキナは笑顔で頷き俺の手を取って続ける。


 「そうこなくっちゃ! 悩んでいるのはラースらしくないもんね。私達も大きくなったし、迷惑なんて考えないで行きましょう」

 「ああ。早速明日から準備を開始しよう」

 「そうね! ……えっと、でもその前に……」

 「ん」

 

 マキナが目を瞑り顔を近づけてきた。そういえばここ最近、町を歩くとき以外で二人きりになった記憶がないなと思い返す。俺も顔を近づけ、唇がくっつきそうになった瞬間――


 「マキナちゃん、ラース君の調子はどうで――」

 

 お約束のように、そして狙いすましたかのようにバスレー先生が勢いよくドアを開けた。いつもならここで終わりで、マキナががっかりするところだが、今回は違った。


 「!」

 「ごふ……!? せ、セフィロ君……どうして……」

 「!!」


 不意打ちのごとく、バスレー先生の鳩尾へと突撃し、くの字になったところで枝に巻かれ部屋から出されていく。


 「♪」

 

 当のセフィロは残った枝を振り、ごゆっくりみたいな感じできちんとドアを閉めて出ていった。俺とマキナは呆然とし雰囲気も台無しになったけど、


 「ん……」


 久しぶりにキスをするのだった。


 ……よし、バスレー先生とファスさんにグラスコ領へ行くことを伝えないといけないな。

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