第二百五十七話 平和な日常風景を
「んー……はんばあぐ……」
「そこまで気に入ってもらえると作った甲斐があるけど、明日もは流石に飽きるよ?」
「私はソースを変えてくれたらまだいけそうよ?」
「マキナもか。ならチーズハンバーグに挑戦してみるかな」
「なにそれ美味しそうわたしを殺す気ですかね?」
「ワシももう二、三日くらいなら大丈夫じゃ」
肉って感じの肉を使っているからすぐ飽きるかと思ったけど、そんなことは無かったか。まあ材料があれば作るのはやぶさかではないんだけどね。
「にゃーん♪」
「なんだよお前、肉をくれるってわかったら懐くのか?」
子雪虎は現金なやつである。テイムするには魔法の刻印を施す必要があるらしいけど、その方法はまだ聞いていないのでとりあえず魔物を手名付けることを考えよう。
それと――
「……」
「元気がないわね、心配だわ」
「頭がいいから飛び出したりはしないだろうけど、やっぱり仲間が殺されたのはショックだと思うよ」
セフィロは水があればいいようで、水を張った桶に浸かっている。頭の花は枯れ、がっくりと項垂れているのが痛々しい。
「いつか仲間の下へ連れて行ってあげたいかな。その後そのまま仲間と暮らすのもいし、俺達と来てもいいし。な、セフィロ」
「!」
俺がテーブルから声をかけると振り向き、コクコクと頷いて小さい花を咲かせる。少し寂しいかもしれないが、時間が解決してくれると思いたい。
「……とりあえず今の庭なら不自由はしないだろうしな」
「♪」
「う、うむ、そうじゃな」
「子雪虎ちゃんも居るし、良かったわよね!?」
「はんばあぐ……」
マキナとファスさんが俺の言葉を受けて慌てて視線を逸らす。別に怒ってはいないんだけど、さっき見に行ったら凄いことになっていたからだろう。
小屋の裏はまだ庭が広がっているんだけど、そこに存在しなかった池が掘り起こされ、マキナ用だと思われる木の人形が立ち、馬がのんびり歩けるように雑草が刈り取られた上、キレイな芝生が敷かれ、丸太で作られたオシャレなテーブルセットまで出来上がっていた。
「池は驚いたなあ……あれを掘り起こすのは大変だろうに……」
「魔法で掘っておったからそうでもないんじゃないかのう? 後は池に魚でも泳がせればええし、セフィロが水を補給するのにも使えるじゃろうて」
「ま、快適に過ごせるようになるならいいか。裏庭は手入れがいるなと思ってたし」
俺がそう言うと、師弟はホッと胸を撫でおろしていた。そこでバスレー先生が口を開く。
「んぐ……とりあえず、テイマーの資格はすぐとれそうですし、安心ですねえ。しばらくは修行と訓練と依頼ですかね? わたしもそろそろ引継ぎが終われそうですよ」
「そりゃケディさんも喜ぶんじゃないですか? 昨日も脱走してきたわけですし」
「それは言わない約束だぜマキナちゃん……! ま、残りのトレント捜索も国を挙げてやるよう進言しておきますので、見つけたその時は協力をお願いしますよセフィロ君」
「!」
「あはは、ちょっと元気が出てきたかしら?」
枝を伸ばしてテーブルに登り、バスレー先生の前でセフィロは元気よく両枝を上げ、俺達は微笑ましく思いながら夕食を片付ける。
――そしてその日以降は大きな事件も無く穏やかに過ぎていく。
事件ではないけど家には訪問者が多く、ここ二週間で尋ねて来た人はこんな感じだ。
「セフィロってお名前になったのね、おにいちゃんがつけてくれたの?」
「!」
「かっこいいね! それじゃ何して遊ぼうか?」
「♪」
最初にセフィロを拾ったチェルや、
「うわ、マジでこの区域に家を買ったのねえ」
「ラースさん……いえ、ラースデザイナー、お金持ち度合いがヤバくないです!?」
「立派な馬もいるわねえ」
「ああ、それはルシエール達が旅立つ時にプレゼントしてくれたのよ。可愛いでしょ?」
「お友達もセレブ!?」
「お、お金だけで人を見たらダメですからね……?」
休みの合間を縫って訪ねてきてくれたヘレナとミルフィにレイラさんに、
「ほう、雪虎の母親か? 立派じゃのう」
「お、婆さん分かるのか? 父親は怠け者だが、母親は凛としてかっこいいんだ」
「ちょっとちょっと!? そいつを連れてきたのかよ!?」
「おう、子供を貸し出したらそわそわしてストレスが溜まりそうだったからな。……へえ、いい庭だな」
「ふしゅ」
「にゃーん♪」
「馬が怯えるから奥に行くのじゃぞ」
テイムしている母雪虎をタンジが連れてきたり、
「ラース……お前冒険者する必要あんのか……?」
「立派な家……」
「さすがに嫉妬しちゃうなあ」
「ま、まあ、上がってよ、ちょうどデザートが出来たところだし。あ、お土産? ありがとう、お酒かロイらしいな」
「ほっとけ!」
ロイ達冒険者が新居祝いに来たりとなかなかせわしなかった。俺もマキナもテイマーと修行で忙しかったけど、会いに来てくれることは純粋に嬉しいし、楽しかった。
そんなある日のことである。
「衣装のデザインをレオール商会経由で注文したらしいから、そのうち仕事が来るわよきっと」
「そっか。流石に注文が入ったらやらないわけにはいかないかな」
「おねえちゃん達アイドルの人だよね? すごいなあ」
「ふふ、こんな小さい子でも知られているってヘレナさんは流石ですね!」
「達、だからミルフィもじゃないかしらあ? チラシとか配ってくれているものねえ」
「うう……複雑……」
「!」
「ああ、慰めてくれるんですね……いい人……って木ですけどね!?」
「セフィロは優しいもんね」
テーブルに突っ伏し、がっくりと項垂れるミルフィを慰めるセフィロにツッコミを入れるミルフィ。向こうの世界なら立派なバラエティアイドルになれそうな素質がちらほら見えるな。
今日はヘレナとミルフィ、そしてチェルが同時に尋ねてきて、そんな話をしてくつろいでいた。すると庭で修業をしていたマキナとファスさんも一息ついて家へ入ってきて声をかけてくる。
「ちょっと休憩っと、何の話? ん、甘い匂い……ラースは何してるの?」
「ちょうど良かった、女の子が多いからテストでデザートをね。砂糖もあるし」
「湯気……? 何かしら」
「いい匂いだけどねえ」
「チェルは気に入るかもね」
「なんだろー? ね、セフィロ」
「!」
俺は冷めた鍋の中にある黄色い物体が入ったカップを取り出し、水魔法でさらにカップを冷やす。それにスプーンをつけてマキナ達の前にひとつずつ置く。
「これは……?」
「ま、いいから食べてみてよ。まずかったら言って欲しい」
「いい匂いですよ……いただきます……!」
まず口にしたのは怖いもの知らずのミルフィ。スプーンで黄色のふるふるしたものを取り、目を瞑って口へ。
「……! な、何ですかこれは!? 甘いし美味しい……!?」
「スライムみたいなのにねえ? ……!!! やだ、なにこれ……!」
「あまーい♪」
「ほっほう……こりゃ疲れた体に効くわい!」
「おいしい♪ また新しい料理を思いついたのね!」
「ああ、これは”プリン”っていうんだけど、みんな美味しいみたいで良かった」
卵をそのまま食べるのはやはり危険なので、加工するべきと考え、女の子が好きそうなものということで思いついたのがこれだった。鍋に水を入れ、ラップが無いので大きい葉っぱをセフィロに作って貰いそれを蓋にする。さらに鍋を蓋し、蒸すことに成功したのがこの試作品プリンである。
「これ、多分だけど女の子はだいたい好きになりそうよねえ……」
「一個三百ベリルくらいなら毎日買っちゃいそうです……」
「おいしー!」
ヘレナとミルフィが真剣な顔でプリンを口に運び、あっという間に平らげる。ふたりは顔を見合わせてから頷き、同時に口を開く。
「「なんで冒険者をやってるんだろう……」」
「うぐ……!?」
確かに金を稼ぐ手段は色々持っているので冒険者にこだわる必要はない気はする。だけど、料理はあくまでも趣味的なものだし、デザインも自ら進んでやっているわけじゃないので違うと思う。
……超器用貧乏を知らしめるなら、やはり実力が分かりやすい剣と魔法だろうという考えもあるけど。
「ヘレナちゃんが来ると聞いて、この不肖バスレー、早上がりをしてきましたよ!」
「あ、お久しぶりですねえ」
「おお、美人になっちゃってまあ! む……くんくん……甘い匂い……皆さんが食べているのはなんです?」
そろそろ減給処分くらいはありそうなバスレー先生が玄関を開け放ち、怪訝な表情を浮かべる。マキナはそんなバスレー先生にプリンの説明を始めた。
「これ、ラースの新しいデザートなんですよ。プリンって言うらしいです!」
「ラース君の料理……それは食べずにはいられない! そのカップがそうですか? 貰っていいですかね!」
「あ、それは!」
別で取っておいたカップの内ひとつを取って一気にスプーンを突き入れる。
「いただきまーす♪ ……むぐ!? あ、甘くない……!? むしろしょっぱいというかすごく海の幸と山の幸が口の中で融合し調和がとれ……いや、甘くないんですけど……!!」
「それ、プリンじゃないんだ……試しにもう一つ料理を作っていて、それは茶わん蒸しっていう甘くないやつなんだ」
「これが変わり身トリック!? ……あ、でも美味しいですねこれ」
変わり身の早さに俺達は呆れ笑いをしながら、デザートのプリンを食べ、他愛ない話を続ける。
しかし穏やかな毎日はふとした瞬間、終わりを告げるものだ。
「そうそう、最近グラスコ領の後継ぎ問題が泥沼化しているらしいんですよ。あそこって学院に居たルクスって子の親が領主をやっているんですけど、そのルクス君がどうも母親を殺しかけたとかで不穏な空気が漂っているみたいですね」
「懐かしいな……そういえば腹違いの兄がいるって話だったっけ。ルクスは大丈夫なのか?」
俺が尋ねると、バスレー先生は首を振って答える。
「……もしかすると極刑になる、という線が濃厚ですね……」
「「「!?」」」
ルクスを知る俺とマキナ、そしてヘレナの三人はバスレー先生の言葉に、プリンの味を忘れるほどの衝撃を受けた――
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