第二百五十六話 回収した石


 「ただいまー……」

 「ラース? おかえりなさい! って、どうしたのそんなに疲れて」

 「!」

 「あ、ミニトレちゃんもおかえり……? あれ?」


 昼を過ぎたころ、タンジに言われて俺は自宅に戻った。鉄柵を越え、庭でファスさんと話していたマキナが声をかけてくる。セフィロがかごの中から枝を振り挨拶をするとマキナがかごを覗き込み微笑む。しかしセフィロ以外の存在がいることに気づいたようだ。


 「にゃーん」

 「ネコちゃん!? 可愛いー!!」」

 「あ、ここで出したらダメだ。家の中へ入らないと」

 「ほう、雪虎か。珍しい魔物を連れて帰ったな。テイマーの訓練かの?」

 「え、ネコちゃんじゃないんですか?」

 「そのあたりは中で話すよ。修行は?」

 「ちょうど休憩でもするかと思っていたところじゃ、他にすることもあるんじゃろう、ワシも聞かせてもらうわい」


 今朝話したカバンの件を言っているのだろう。庭に馬を戻し、背に乗せていたものを降ろしてから俺も家の中へと入ると、リビングにセフィロと子雪虎を離す。


 「わー! おいでおいで!」

 「にゃ♪」

 「んふふ、可愛い……」

 「向こうじゃネコを飼えなかったから反動が大きいな……。まあ、返さないといけないから情を移さないようにしないとダメだよ?」

 「うう……そんなあ……」

 「ほっほ、先の話はともかく、とりあえずは今じゃな」

 「ああ。とはいってもこいつの名前を決めたのと、テイマーの訓練をしただけだけど――」


 俺は向こうでやっていたことを話し、一番大きいこととしてミニトレントの名前を決めたこと、子雪虎とコミュニケーションをとってもっと仲良くなれというタンジの言葉を受けて家に連れてきたことを伝える。


 「じゃあしばらく預かるの?」

 「ああ、でも寒いところに置いておかないといけないから、抱いて寝られないからね」

 「ギクッ!? そ、そんなことしないわよ、寒いところのネコちゃんなんだねー」


 あからさまに狼狽えるマキナ。多分そのつもりだったなと苦笑する俺は続けて、リビングの隅を指さして言う。


 「あそこらへんにこいつの部屋を作るからよろしく。できたらこの冷気を発する魔法道具に魔力を込めて部屋を冷やしてやるんだ」

 「にゃふ」

 「へえ、結構大変なのね……」

 「食事は肉が好物みたいだから夜はハンバーグを用意してやろう。そっちは? 庭の改造はまだ終わってなさそうだけど」


 特に変わった様子はなかったと思ったけど、マキナがにやりと笑い口を開く。


 「ふっふっふ、実は小屋から奥が変わってるのよ。後で見に行きましょ!」

 「オッケー。さて、近況はこれくらいでいいか。それじゃ――」


 俺は床に置いていたカバンをテーブルに置き手を入れる。取り出したのは、トレントやクリフォト達と戦った沼の底にあった玉だ。


 「恐らくセフィロが言っているのはこれだろうな」

 「これって沼の底にあったキレイな石?」

 「これは……!?」


 俺がテーブルに置いた瞬間、ファスさんの顔色が変わる。いつも落ち着いているファスさんが焦っているようにも見え、俺は眉をひそめる。


 「!!」

 「あ、セフィロちゃん」

 

 そしてセフィロが玉に近づき枝でそっとそれを持ち上げてがっくりと頭を下げた。すごくがっかりした感じなのが気になるので先にセフィロに声をかける。


 「どうしたんだ、そんなに落ち込んで? この玉が何か知っているのか?」

 「……!」

 「おっと……」

 「セフィロちゃん……?」


 セフィロは玉を置いてわっと俺の胸に飛び込み、慌てて抱きとめると小刻みに震えていて、何となく泣いているように見えた。


 「こいつはあったかい物って言ってたけど、この様子だと悲しい感じみたいだな」


 するとファスさんが渋い顔で玉を見ながら口を開く。


 「恐らくじゃが、この玉はトレントに由来する何かがあるのじゃろう。ワシが知っておるモノで合っておれば」

 「師匠はこれを知っているんですか?」

 「うむ……」


 マキナが尋ねると、やはり渋い顔のままをしたファスさんは口にするかどうか逡巡していたが俺達に答えてくれた。


 「この玉は恐らく”賢者の魂”と呼ばれる宝玉じゃ。膨大な魔力を宿したこの宝玉は使う者によって利益と災厄をもたらすと言われておる」

 「災厄……ファスさんがそんな顔をしているのはそのせいなのか?」


 俺が冷や汗をかきながら聞くと、ファスさんは首を振って驚愕の事実を口にした。


 「そうではないのじゃ。賢者の魂を創るために必要なものが問題で、大量の魔力を使う」

 「石に注ぎ込む、とか?」

 「……いや、生き物の命を魔力に変換して凝縮するのじゃ。おぬしらの話からすると、トレントを操るために、トレントの命を犠牲にした賢者の魂を創ったのだろう……むごいもんじゃ。何が賢者じゃ。邪悪そのものではないか」

 「そうか、仲間の命が詰まっているから暖かいと思ったのか。でも、実際目にしたのは仲間が変わり果てた姿だった……」

 「セフィロちゃん……」

 「先ほども言ったが、この宝玉は持ち主の意思で益になる。誰が創ったのかは分からんが、セフィロのためにも奪われることのないようにな」

 「ああ。セフィロ、仲間は残念だったけどこれからは俺達が一緒だ。もしおかしくなったトレントが居たら助けような」


 俺がセフィロの背中を撫でてやると、セフィロは俺から少し離れ、頭に白い花を咲かせてコクリと頷いた。


 「そういえばこれを持った時にものすごい光を放ったけど、ファスさんは知っているか?」

 「ほう、そんなことがあったのか? いや、その宝玉についてそれほど多くを知る者はおらん。ワシも現物を見たのはこれで二回目。生きている間に二回見ることになるとは思わんかったくらいじゃ」


 その後ファスさんは『外道の業じゃ早々創られてはたまらんがな』と少し嫌悪しながら言い、庭に出ていく。

 一回目はどんな感じだったのか聞いてみたかったが、そういう雰囲気ではなさそうなのでまた今度聞くことにするか……ついでに鑑定をしてみるか。


 

 名称:賢者の魂 百体のトレントから魔力を抽出してできた宝玉。所有者:ラース=アーヴィング

 恩恵:セフィロにスキル発現


 「え!?」

 「どうしたのラース?」

 「あ、いや、何でもない……ことはないんだけど、後で話すよ」


 魔物じゃないとは言ってたけど、トレントがスキル? 今、セフィロが賢者の魂に触れたせいか?

 回答の得られない疑問を抱え、俺は夕飯の準備に取り掛かるのだった。 

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