第二百五十五話 魔物の匂い
「へえ、結構枝が伸びるんだな。マキナと一緒に居てくれたら足場を作ったりして役に立ちそうだ」
「♪」
タンジが小屋に入ってから、セフィロが新しくなった自分をアピールするようにちょこちょこと動き回っていた。こいつが夢に出てきた男の子なんだよなあとぼんやり考えていると、タンジが小屋から出てくるのが見えた。
「待たせたな。これからこいつでテイムについて話をするぞ」
「にゃーん」
「!」
「ん? ネコかい?」
タンジが抱えていたのは真っ白のネコで、俺がそう言った瞬間、開きっぱなしになっていた小屋の入り口からのそりと大きな影が出てくる。
「……ネコかい?」
「まあそう思うだろうな。それに人里に近い場所には住んでいないから見たことないだろうし。おお、なんだ子供が心配か? 大丈夫だって」
「ふしゅー」
親ネコがタンジの横で鼻を鳴らす。威嚇をしているわけではないが、俺を見定めようとしている感じの目だ。
「こいつらは”雪虎(せっこ)”といってな、北の国”ノースウッド”の山頂付近に住む珍しい魔物なんだ。こっちの母親と小屋に居る父親をテイムして連れてきたんだ」
「ふうん、立派な顔をしているね。それに強そうだ。でも、寒いところじゃないと暮らせないんじゃないのか?」
「小屋の中は水魔法を使って雪と氷を作っているんだ。こういう珍しい魔物で気を引こうって魂胆もあったんだよな……って、どうした?」
維持と人気取りが大変なのがよく分かる発言だ。すると、母雪虎が俺に近づきふんふんと匂いを嗅ぎ――
「ふぎゃ!?」
「ど、どうした!?」
急に尻尾を下げ、その場で寝ころび、俺に腹を見せてくる。初対面のネコでこのポーズは降参の意味合いが強そうだけど……
「何か怯えているみたいじゃないか?」
「だな……ラースの匂いでびびっったってのか? 冒険者なら他の魔物と戦うこともあるが、こいつ自身かなり強いんだぞ?」
匂い……魔物……そこで俺はピンと来てタンジへ言う。
「……もしかしたら家に居るドラゴンのせいかもしれない」
「は?」
「いや、俺の家にはドラゴンが住んでいるんだけど、出会ってから六年、ずっと一緒に居たからその匂いが付いているから、とか?」
「いやいやいや、ドラゴンってお前、そんな超レアな魔物が貴族の家でも居る訳が――」
「……」
「……居るのか……」
俺がゆっくりと頷くと、タンジは額に手をぺちんと当てて呻くように声を絞り出す。
「なんなんだよお前……ドラゴンが家に居るってなんだよ……テイムしているわけじゃないんだろ……」
「友達なんだ。あいつ喋れるし、テイムとか考えたことなかったなあ」
「ナチュラルに言うあたり真実味があるな……しかし、そうなると訓練がめちゃくちゃ簡単になるな」
タンジが母雪虎のお腹を撫でて安心させながらそんなことを言い、俺は首を傾げる。
「?」
「ああ。テイムはまず相手を服従させるか、仲良くなるところから始める。狂暴なデッドリーベアみたいなやつなら殺さずボコボコにして自分が上だと分からせるんだ。もしくはこの子雪虎みたいに大人しいやつを餌付けしたり遊んであげることで信頼を得てテイムする。だけどこいつみたいに『強者の匂い』を嗅ぎ取れる奴は逃げるかこのとおりだろう?」
俺は自分の袖を嗅いでみるが洗剤の匂いしかしない。
「でも昨日はゴブリンに襲われたけどな」
「ゴブリンやオークの鼻は敏感でも無いしな。それにテイムは無理だから退治する方が早い。野生の魔物も興奮状態なら襲ってくるから、あくまでもここだけの話だ。気を付けろよ?」
「なるほど」
俺は母雪虎のお腹を撫でると、くすぐったそうな声を上げる。これじゃ大きいネコと変わらないなあ。
「どうやってテイムするんだ?」
「まあ、餌をやったり遊んでやってくれればいい。こいつも預ける」
「にゃーん」
「おっと……お前は怯えないんだな?」
「こいつは産まれた時からここにいるから野生の感覚が無いんだ。俺と同じ人間だからってのもあるだろうけど」
「それじゃこの親子と仲良くなればいいのか?」
「ああ。とりあえず今日は昼まで遊んで餌をやったら終了だ。テイムできるかどうかの判断方法はまた講義の中で教えてやる」
そう言って他の小屋へと向かい、小屋ごとの魔物を外に出して日向ぼっこをさせたり体を動かすよう促すなどの仕事を始める。
それにしても、だ。
「ブラックバイパーなんかもテイムできるのか……暴れイノシシなんて食材としか見ていなかったぞ。お、あいつは強そうだな」
子雪虎とセフィロと一緒に遊びながら出てくる魔物をチラリと見ていく。ひとりでここをやっていることも大変そうだけど、あの魔物たちを従えさせているタンジは何気に凄い気もする。
さて、俺も雪虎と遊んでやらねばと手を伸ばすと――
「にゃん!」
「あ、痛っ! こいつめ!」
「にゃふーん」
「!」
「セフィロ、大丈夫だ俺が捕まえるから見ててくれ」
「!!」
タンジに手渡され大人しかったので、すぐ懐いたのかと思ったらそれはフリだった。いや、母親の方は大丈夫なんだけど、子供の方はタンジの目が離れた途端暴れ出し、挑発するように俺の手を引っ掻いた。
俺が攻撃されたと思い、セフィロが頭の花を真っ赤にして枝を振るのをやんわり止め、少し離れてこっちを見る子雪虎を追う。
「それじゃ、追いかけっこだ。行くぞ!」
「にゃにゃ!」
◆ ◇ ◆
<べリアース王国>
「――で、レフレクシオンのガスト、オリオラ領は失敗だと?」
「申し訳ありません陛下。我等”福音の降臨”のメンバーも数がそう多くないもので、リカバリーが利かないのですよ。ガストはほとぼりが冷めたころだと判断したのでまた使者を送っております、オリオラは少し間を開けた方が良いでしょう」
――べリアース王国の食堂。
そこで、怪訝な表情の国王と、福音の降臨の教主であるアポスがテーブルの端と端で対面し食事をしていた。
「十年以上も時間をかけておいて失敗とはな。オーファとルツィアールは?」
「オーファ国は使者を放っておりますが、進捗はそれほどでもありませんな。ルツィアール国は過去の亡霊を使って混乱に陥れようとしましたがこちらも失敗。それ以降は隙がありません」
「悠長なことを言っておる場合か? 吾輩、ギルガーデンが世界を牛耳るためには他国を手に入れるのは必須なのだ。隣国のエバーライドを手に入れた時は使える男だと思ったが、失敗が続けば――」
国王ギルガーデンが手にしたナイフを突きつけ目を細める。しかしアポスは気にした風も無く肉を口に運びながら言う。
「私を消しますか? それは構いませんが、その時はこちらも容赦はしませんのでご了承くださいね?」
「む……」
にこりとアポスが笑うと、ギルガーデンの真横にレッツェルが口元をにやけさせながら姿を現し、ギルガーデンは舌打ちをする。
「まあいい。貴様らが失敗したとて貴様らのメンバーが捕まるだけで、俺に痛手はないからな。それで、他の領地はどうだ?」
「グラスコ領がいい感じで手に入りそうですな。あそこの領主の奥方、実は福音の降臨のメンバーでしてね。長男が継げばほぼもらったも同然でしょう」
「ほう……」
「ま、ちょっと腹違いの次男が目障りなようですが、なに、すぐにカタがつきましょう」
「失敗が続いているんだ、少し急げ。その次男、応援を出して消したらどうだ?」
そう言われたアポスは少し考えた後、ゆっくり頷いた。
「では、そのように図りましょう」
「頼むぞ。おい、女を部屋に回せ。見栄えのいい奴隷をな」
ギルガーデンは食事を終え、それだけ言い放つと食堂を後にする。残されたアポスも食事を終え、レッツェルと共に廊下へ出ると、しばらくして口を開いた。
「今回は別の人間を寄こすからレッツェルは待機でいい」
「了解だよ教主様。それにしても、全世界を手に入れるなんて馬鹿げたことを考えるものだね」
「そう言うな。我々の目的のためにもああいう手合いは必要なのだから。くっく、世界征服とはよく言うけど、実際世界を一国で管理するのは難しいと思うけど、あの男の頭の中ではどうやって維持していくつもりなんだろうかね?」
「……」
「ま、いいか。ではアルバトロスをグラスコ領へ回そう。手配は頼む」
レッツェルは無言で笑い、スッとその場から消えた。
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