第二百三十四話 次から次へと


 「ふう……落ち着きました……」

 「き、気を付けてくださいね? ミルフィさんはすぐ興奮するんですから……」

 「大丈夫です!」


 何が大丈夫なのかはさっぱり分からないが、卒倒したミルフィは立ち上がりレイラさんの言葉を返す。そんな中、ヘレナが俺とマキナに話しかけてきた。


 「ごめんねえ、朝から騒がしくて。まだ他の子が来ていないからこの程度だけど、増えてきたらもっと騒がしいわよ」

 「アイドルって女の子ばかりなの?」

 「ううん、最近だと男の子も歌と踊りに力を入れているわよ。だからラースとセットでアイドルに……」

 「や、やめてよ」

 「冗談よぅ。ライバルは少ない方がいいしねえ♪」


 くっくと笑い、ヘレナは俺達を引き連れて個室へと招き入れてくれる。中は八畳くらいの広さで、中央にテーブルがあり、壁には鏡と化粧台、衣装をかけるハンガーが目に入った。


 「アイドルの控室って感じだな。あ、俺がデザインした衣装」

 「それ可愛いわよねえ。アタシのお気に入りよ♪」

 「わたしもいいと思います! というかヘレナさんいいなあ、デザイナーのラースさんとお友達だなんて……」

 「別に衣装を作ってくれるわけじゃないのよ? あくまでも、お友達、ね♪」


 ヘレナがウインクすると、ミルフィは照れたように頭を掻く。この子はヘレナを本当に尊敬しているようだ。そこでレイラさんも会話に参加する。


 「そ、それでも知り合いというだけでも凄いですよ。衣装のデザインは本当に女の子が来て可愛く映えるんですから。わ、私のように背が高い者には憧れですよ」

 「そう言ってもらえると嬉しいね。背の高い子用の衣装か……そういうのも確かにあったな……」

 「あるんですか!?」

 「うわ!? ま、まあ、頭の中に」

 「うう、見てみたい……」


 レイラさんとミルフィの食いつきが凄いのでとりあえず衣装談義は藪蛇かと、話題を変えることにする。

 

 「急に来たけど、時間は大丈夫だったか?」

 「ええ、今からお昼前まで個人練習で、お昼から今日の打ち合わせってところかしらね?」

 「は、はい! その通りです!」

 「さすがに十歳からやっているだけあって慣れているわね」

 「まあね♪ でもマキナ達もギルド部で頑張っていたみたいだから似たようなものよう。アタシも少しやっていたから懐かしいわね」


 ヘレナが目を細めて笑う。あの頃から美人な顔立ちだったけど、さらに磨かれたって感じだ。マキナとヘレナは学院時代の話に花を咲かせていると、入り口がノックされる。

 

 「あら、オーナーかしら? どうぞ」


 ヘレナが声をあげるとドアが開き、中へスラリとした背の高い男がにこやかに入って来て口を開いた。


 「おはようヘレナ君! 今日もよろしく頼むよ! レイラさんも……って、ミルフィちゃんもいるのか。それにそちらのふたりは……?」

 「お邪魔しています」

 「おはようございます」


 男が訝し気に俺とマキナを見て来たので、軽く会釈しながら挨拶をする。ヘレナから言ってもらうか自己紹介か、ヘレナに目配せをすると、ヘレナはにっこりと微笑み男へ言おうと口を開けた瞬間、ミルフィが目を輝かせて大きな声を上げた。


 「クライノートさん! この方、なんとラース=アーヴィングさんなんですよ! ヘレナさんの学友ってびっくりしました!」

 

 あ、こいつ余計なことを!? 俺が胸中で叫ぶと、男は目を丸くして俺を見る。


 「んな!? ほ、本当か!」

 「ええ、まあ……あ、一応カードです」

 「マジや……」


 カードを見ながら何とも言えない呟きをするクライノートさんと言われた男。俺にカードを返しながら、今度はマキナの顔を見て口を開ける。


 「あ……!? 君は対抗戦でヘレナ君と踊っていた子じゃないか!?」

 「え!? あ! そういえば家にスカウトだって来た人だ……!」

 「何たることだ、もしかして君もアイドルに!? ちょうどヘレナがソロだったんだ、いやあ、美人になったね! これでウチの看板がまたひとつ増えるっ!」

 「あ、あの、私……」

 「大丈夫だ、学友で経験豊富なヘレナ君と一緒にレッスンすればすぐに一流のアイドルに――」

 「はい、そこまで」

 「ふぬう……!?」


 俺はマキナに力説するクライノートさんの手をびしっと叩き握っていた手を離させて俺は口をとがらせる。


 「もうこの短時間でこのやり取りを何回聞けばいいんだよ。俺達は冒険者だからアイドルはしない。衣装は依頼と報酬をきっちり決めないとデザインしない! いいか?」


 俺がそう言うと、クライノートさんとミルフィが冷や汗をかきながらコクコクと頷き、大人しく椅子に座ると、ヘレナが口を開いた。


 「もう、アタシの友達に恥ずかしいことをしないでくださいよぅ? 二人はこういうのに興味が無いんですから」

 「むう……勿体ない……ラース君も絶対売れるのに……」

 「ま、まあまあ、無理強いはいけませんよ」


 レイラさんに窘められ、クライノートさんは項垂れた。まあそこはどうあっても変わらないので勘弁してほしい。すると、クライノートさんは顔を上げて俺に言う。


 「そういえば衣装のデザインは依頼があればしてくれるのかい?」

 「ああ、最近は訓練で断っていたけど、王都に越してきたから暇があるときはやってもいいけど。レオールさんに連絡がつくのか?」

 「そこは何とかなる。よし、では早速手紙を書こう! ゆっくりしていってくれたまえ!」

 「ありがとうございます!」


 マキナがお礼を言うと、扉に手をかけたところでクライノートさんがポケットに手を入れてから戻ってくる。


 「折角だし、ヘレナの雄姿を見てやって欲しい。チケットだ、今日の夜の分だから是非見に来てくれ! それじゃ!」

 「……いいのかしら?」

 「い、いい、と思いますよ。ただ、チケットは不正防止で今日売り出した分は今日しか使えないので、お気を付けください」

 「らしいわよラース。今日は休みだし、見に来ましょうよ」

 「だな。ヘレナの活躍を見ておかないと」

 「ふふ、もちろんいいわよぅ? 損をさせないお時間を提供します! なんてね♪」

 「ミルフィちゃんも出るのかな?」

 「うぐぐ……マキナさん……それは言っちゃあいけねえ約束です……」


 それからしばらくヘレナと話をしていたけど、稽古などの時間を潰すのは申し訳ないからと俺達は劇場を後にする。


 「休みの日に遊びに来るって! 楽しみだわ、師匠も紹介したいし」

 「何か料理作るかなあ。そういえばバスレー先生はギリ知ってるのか?」

 「対抗戦の実況を覚えていたらだけど……」

 「覚えている気がするなあ」


 あの実況濃かったし。


 さて、お昼をどこで済まそうかと商店街まで出てきた俺達だけど、朝よりもさらに人が増えたような気がする。


 「やけに人が多いな……」

 「結構焦ってるみたいだけど何かしら?」


 冒険者よりも普通の住民の方が多い気がするなと思っていると、知った顔に声をかけられた。


 「ラースにマキナか!」

 「あれ、ロイじゃないか。今日は依頼を受けていないのか?」

 「……絶賛依頼中だ。お前たち、時間があるなら手伝ってくれないか?」

 「どうしたんですか?」


 マキナが首をかしげると、ロイは頷いて口を開く。


 「何か小さい女の子が明け方から姿を消したとかで捜索の依頼が母親から出ていてな。チェルって言う子なんだが見かけなかったか?」

 「チェル……?」


 確か公園で盆栽を持っていた子がそんな名前だったような……?

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