第二百四十三話 お久しぶり!
振り返った俺達は声をそろえてヘレナの名を呼ぶと、そこには以前見たままのヘレナがウインクしながら笑みを浮かべていた。隣にはスーツ姿で切れ長の目をしたカッコいい女性が並ぶ。マネージャーみたいな人かな? そんな俺の思考をよそに、ヘレナは俺達に駆け寄ると、マキナを抱きしめた。
「卒業以来かしらあ! ていうかやっと来たわねえ」
「久しぶりヘレナ! 元気そうで何よりね、ちょっと色々あって少し前に暮らし始めたのよ」
「色々……?」
「あーそこからは俺が話すよ、まずは久しぶりヘレナ」
「ラースも久しぶりねえ♪」
俺はヘレナとハイタッチをしながら、兄さんとノーラの結婚式までは実家に居たこと、それと同時にティグレ先生と訓練をしていたことや、オリオラ領でトレント退治をしたため遅れたのだということを説明した。
「あー、ノーラの結婚式行きたかったんだけどねえ……お仕事で時間が取れなかったわあ」
「ここからガスト領までは片道で七日以上かかるし、それは仕方ないさ。プレゼント、喜んでいたよ」
「あは、それならよかったわ♪ あなたたち二人で住んでいるのよね? 家の場所をおしえてよ、オフの時に遊びに行くから」
「もちろんよ、えっとね住宅街の――」
マキナが家で書いた手製の地図を出して説明を始めると、ヘレナは苦笑して口を開く。
「……一等地じゃないのぉ。家賃……ううん、ラースなら買った可能性の方が高いわねえ」
「正解だ。どうせしばらく暮らすんだし、自由にできるって考えたらそっちの方がいいだろ?」
「お金持ち発想だからねそれ?」
ヘレナがそう言うと、先ほど隣に立っていたカッコいい女性が口を開く。
「ヘ、ヘレナさんそろそろ入らないと時間が……す、すみません出過ぎたことを!?」
「あ、そうねえ。まだ朝早いし時間あるんでしょう、中で見学していかない? いいわよねえレイラさん」
「は、はい! それはもうヘレナさんの学友であれば問題ありませんっ!」
レイラさんと言われたカッコいい女性は見た目に反してとてもおどおどした感じの性格をしている人のようで、表情はそれほど変わらないんだけど声色は常に不安そうな喋り方をしていて、とても不思議な光景に見える。
「……カッコいいのに残念ね……」
「そうだな」
マキナも同じことを思ったようで、ぼそりと俺の耳元で囁くように言う。
「ささ、ラースさんとマキナさんですね? こ、こちらへどうぞ!」
レイラさんが先に入り、俺達も続く。その背中は堂々としており、見た目通りの感じがする。
「やっぱり残念だなあ」
「レイラさんは見た目でしっかりしているように見えるから、変な人を避けるにはちょうどいいのよねえ。仕事もできるから安心していいわよ♪」
「それでは行ってらっしゃいませー。お二人が無事合格するようにお祈りしていますね。ヘレナさんの口添えがあれば余裕ですよ」
「オーディションを受けに来たわけじゃないし、何か裏口で入るみたいだからそんな言い方は嫌なんだけど……」
「いってらっしゃーい!」
俺が抗議するも特に気にせず、ハンカチを振りながら俺達を見送ってくれた。バスレー先生と同じ匂いがするので今後近づかないようにすべきだと思い劇場へ足を運ぶ。
「でかいと思っていたけど中も広いな」
「でしょう? 演劇をやる舞台とアタシ達が歌う場所をちゃんと分けているくらいは大きいのよう。最初は圧倒されちゃったけど、慣れたわねえ」
「十歳からだもんね。そういえばアンシアは?」
「他の子達と組んでアイドルをやっているわ。アタシとペアだったけど、アイドル希望も増えて来たから組み合わせとかを変えているわねえ」
「ヘレナは?」
「アタシはソロなのよねえ。ちょうど募集中なんだけどぉ?」
ヘレナはそろりとマキナに近づき、首に抱き着いて笑う。マキナはそれを聞いて、やはり笑いながら口を開く。
「私、対抗戦の時すごく恥ずかしかったんだからね? もうアイドルはこりごりよ」
「うーん、まあマキナには――」
と、俺を見ながら何かを言おうとしたところで元気な声に遮られる。
「おはようございますヘレナさん!」
「あら、おはようミルフィ♪ 早いわねえ」
「はい! まだ駆け出しですからみなさんのお役に立てるように頑張ります! ……おや、この方たちは?」
ミルフィと呼ばれた女の子は唇に指を当てきょとんとした顔で俺達を見る。自己紹介をしようと口を開こうとした瞬間、ヘレナと俺を交互に見た後大声で叫んだ。
「あー! も、もしかしてヘレナさんの、か、かかかかか彼氏……!? ごくり……すっごいカッコいい人……」
「いや、俺は――」
「大丈夫です! みなまで言わないでください! アイドルは厳しい世界……恋人とイチャイチャする暇はないし、恋愛があまり認められにくいです……だけどそうされると逆に恋の炎は燃え上がり、やがて二人は……ああ! うらやましいっ!」
まるで演劇をするかの如くくるくると回りながら悲劇のヒロインと言わんばかりに口を開く。そしてマキナに気づくとさらに声を上げる。
「こっちの人はめちゃくちゃ美人ですね……!? もしかしてヘレナさんのパートナー、きまっちゃったんですか!?」
するとマキナはスウッっと息を吸った後、不穏な笑顔でミルフィの肩に手を置いて言う。
「ううん、違うわ。私はマキナ、ヘレナとはオブリヴィオン学院でのクラスメイトで、そこに居るラースの恋人よ」
「ごくり……そ、そうでしたか……これはとんだ早とちりを……ん? ラース……? もしかしてそこのイケメンさんはラース=アーヴィングさんですか!?」
「あ!」
「確かにそうだけど知ってるんだ?」
マキナの手から逃れながらミルフィは俺の前で手を組み、目を輝かせていた。なんでだろう、ヘレナが言ったならマキナのことを知っていそうだけど……
「もちろんですよ! アイドルの衣装をデザインした有名デザイナー、ラース=アーヴィング! 知らないわけがありません!! ヘレナさんにデザイナー! 今日はもう死んでもいい……! あふん」
「きゃあ!? ミ、ミルフィさんしっかりして!?」
「あはは、いつものことじゃない♪」
フッと糸が切れたように倒れたミルフィを慌ててレイラさんが抱き留め、ヘレナが笑う。朝からこの騒がしさで『いつものこと』だって? 俺は絶対落ち着かないなと思いながらその光景を見るのだった。
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