第二百四十二話 ヘレナの下へ行こう
「……九十七、九十八、九十九……ひゃくっ! ああー終わったぁ!」
「ふう……」
ハンバーグを作ってから二日後の早朝、俺とマキナは庭で腕立て伏せを終えて座り込む。日課というわけでもないけど、旅立ってから俺自身トレーニングをしていないなと思い少しだけでもと汗をかいた。
正直な話、もっと負荷をかけないとスキルが認識してくれないので、鈍らないようにする程度だけどね。
「なんじゃ、今日は休んでもいいと言ったのに訓練をしておるのか」
「今日はラースに付き合っての訓練ですね。師匠は今日どう過ごすんですか?」
「適当に過ごすことにするわい。小屋も建ったばかりじゃし、厩舎をきれいにするのもええかもしれんな」
「糞の掃除とあるし、厩舎は俺達がやるからゆっくりしていてくれよ」
マキナの師匠にそれはさせられないと俺はやんわり断るがファスさんは笑いながら座っている俺の肩に手を置いて言う。
「ほっほ、優しいことを言うのじゃな。なあに気にするでない。この家で暮らす者としてやれることはやるわい。そうじゃ、お主たちが出ている間、馬を借りて良いか?」
「? それはいいけどどうするんだ?」
「ま、後のお楽しみじゃな」
にやりと笑って厩舎へと向かい、俺とマキナが残された。
ファスさんなら馬達を勝手に売ったり、殺したりしないだろうと俺達は出かける準備に取り掛かり町へと繰り出した。
「朝食は外で食べよう」
「あ、バスレー先生はどうするの?」
「俺達が出かけるのは知っているし、大丈夫じゃないか? 一応、リビングに書置きは残してきた」
「そっか。お金は持っているだろうし、お城にもありそうよね。そういえば、はんばあぐをお肉屋さんに持っていくのよね」
「だな、朝食をゆっくり食べてから行けば開店していると思うよ」
そう言って商店街にある飲食店の物色へと足を運ぶのだった。
◆ ◇ ◆
「おっはよーございます! いやあ一昨日のはんばーあぐは美味しかったですねえ。さてさて、今日の朝食は何ですかね! ……ん? 誰もいない? そういえばふたりは出かけると言っていましたね。仕方ありません、ここは用意されたご飯を――」
バスレーはキッチンへ向かおうとするが、そこでテーブルの上にあるメモに気づき手に取る。
“昨日言ったと思うけどヘレナに会いに劇場に行ってくるよ。朝食は作る時間が無いから適当に食べてくれ”
「ば、馬鹿な……昨日の天国から一転して地獄に叩き落すとは……」
膝から崩れ落ち、両手を床についてメモを握りつぶす。
「ま、いいでしょう。食材を買ってもう一度はんばああぐを作ってもらいましょうかね。チーズやお酒と相性が良さそうですし。では今日もお仕事をしてきますかねえ。そして皆に自慢しなければ!」
◆ ◇ ◆
「おはよう。約束のものを持ってきたよ」
「おはようございます!」
「ん? お、昨日の兄ちゃんか! 朝から持ってきてくれるとは予想外だったな」
「昨日の夜作ったから早めが良かったんだよ。これが俺の作った料理でハンバーグだ。ちょっと温めてから食べてくれ」
「お、サンキュー。ちょっと待っててくれ」
そういって俺から包みを受け取ると奥へ引っ込み、五分ほどして湯気の出るハンバーグを持って戻ってくる。
「それじゃいただくぞ……はふ……ほおう……ただ肉の塊を焼いたのかと思ったが違うな、二種類の肉をよく混ぜて柔らかくしてる。というかかなり美味い! 出来立てはもっと美味しいんじゃないか!?」
「ええ、昨日の夜食べましたけどものすっごく美味しかったです!」
マキナが握り拳を作り、興奮気味に言うと肉屋のクレイグさんは悔しそうな顔をしてもう一口食べてから俺に言う。
「これはいい料理だ。作り方を聞きたいくらいだが、初めての料理レシピは売れる。店を出してもいいくらいだ」
「はは、店は大げさだよ。でもそういってくれると嬉しい。また肉を使った料理を何か作りたいからその時は頼めるか?」
「ほかにも考えている料理があるのね? へへ、楽しみ」
マキナがふにゃっと顔を綻ばせてそんなことを言うと、クレイグさんも笑う。
「姉ちゃんは彼女かい? こいつは大物になる。離すなよ? で、約束した通り次はおまけしてやる。また美味いものを食わせてくれたらいい肉も用意してやる」
「オッケー、また帰りに寄らせてもらうよ」
「待ってるぜ!」
俺達は肉屋を後にすると、劇場へと向かう。
「いい人みたいね」
「ああ、しかしハンバーグがここまで好印象だとは思わなかったな」
「ふふ、お店だって言ってたわね! でも、あれなら売れると思うわ」
「マネする人が増えて、結局そんなに売れなさそうだけどな。それに俺達は冒険者だ、店をやる余裕はないって」
俺がそう言い放つとマキナは『そうね』と笑いながら手を取ってきた。そのまま他愛ない話をしながら道を歩いていると、妙に慌てた感じで自警団の人や宴会の時で見た冒険者がウロウロしていることに気づく。
「朝なのに人が多いわね? 何か探している……?」
「自警団はともかく、冒険者が町中をウロウロしているのは珍しいような気もするな」
とは思うけど、何をやっているのかまでは俺達に知る由もない。気にはなるけど、興味本位で首を突っ込むのも迷惑だろうから自警団や冒険者を尻目に歩いて行く。
それはさておき、場所は分かっているので目的の場所ヘはすぐ到着する。何故早朝なのか? それはこの劇場がオープンするのは昼を過ぎてからなので、今のうちなら会えるであろうという算段からでもある。
「えっと、裏口の専用出入口だっけ」
「ヘレナからもらった証明書は持ってる?」
「ああ、もちろんだ」
マキナの言葉に俺はポケットからヘレナの知り合いであることを示す証書を取り出し笑う。
すぐに裏口は見つかり、城の受付所みたいな詰所のような場所に近づき声をかける。
「すみません、よろしいですか?」
「はい? すみませんこちらは演者の方のみ――はわわわ!?」
「ん? ここに居るヘレナって子に――」
俺が眼鏡の女性に声をかけると、事務的な発言が聞こえてくる。しかし、すぐに俺とマキナを見て色めき立つ。
「イケメンに美少女! なるほど演者希望者ですね? この素材は売れる……!」
「いや、俺達はヘレナって子に会いに来たんだ。これ、見てもらえると」
すると興奮気味だった女性がぴたりと止まり、さらに俺達を交互に見る。
「ヘレナさんですか? ……あ、なるほどご学友の方でしたか、これは失礼しました。……それにしてもお二人の容姿……演劇かアイドルに興味はありませんか……! 絶対売れますよ!」
「あはは、私達は冒険者なのでそれはちょっと……」
「ぼ、冒険者!? いやいやいやそのロングの黒髪に鍛えられたすらっとした体! 勿体ない! ケガをする前に、ほら、新しい扉を開きませんか?」
「い、いえ、とりあえずヘレナを呼んでほしいんですけど……」
マキナが困り顔でそう伝えると――
「その必要はないわよお♪ 久しぶりね二人ともぉ」
「「ヘレナ!」」
俺達の後ろからヘレナが声をかけてきたのだった。
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