第二百四十一話 ハンバーグ


 公園から戻ると時間は十七時頃になっており、ちょうど夕飯にはいいかもしれないと鉄柵を開けて家へと入っていく。


 「<ライトニング>!」

 「ええぞ。まずはそれを息をするがごとく出せるようになるのじゃ」


 庭ではマキナが<ライトニング>の練習をしており、いつの間に用意したのか藁でできた人型のターゲット目がけて放っている。少し見ていたけど、魔法の命中精度があまり良くないようだ。

 さらにこれを自身の拳に留まらせる必要があるんだからかなり努力が必要かと思った。


 「俺もファイアを自分の手に留まらせるのは苦労したんだよな。ベルナ先生穏やかなんだけど、スパルタだったな。さ、仕込むとするか」


 俺には気づいていないようなのでそのまま修行の邪魔をせずキッチンへと向かい、手をよく洗って食材を広げ作業に取り掛かる。

 ボウルやへらみたいな調理器具はおおむね向こうの世界と同じものがあるので調理自体に困ることはないのがありがたい。

 

 「よく混ぜ合わせて……と。パンと牛乳はこれくらいでいいか」


 ……ちなみに卵は入れていない。

 日本の卵が優秀すぎるだけで外国の卵は雑菌が凄いということ生食ができない焼けば菌は何とかなるとは思うけど、今回はなしで作ってみることにする。歯ごたえがあるハンバーグができるけど、これはこれで好きなんだよな。

 そういえば氷の魔法か何かを使った冷蔵庫みたいなものがあると雑貨屋で聞いたな。魔法を封じ込めた道具を売っている”魔具屋”とかなんとか。まだまだやりたいことが多いな……退屈しなくて良さそうだ。

 

 俺は気分よく料理に興じる。十六年は家でお世話になったけど、ひとり暮らしスキルはまだまだ使えるなと、ハンバーグをひっくり返しながら思う。こんがりきつね色に焼けた片面を見て満足し、フライパンに蓋をして、ケッチャプソースづくりを始めていく。

 

 「付け合わせのアスパラと人参もバターで炒めて出来上がりかな。米もそろそろ炊けそうだし、マキナたちを呼ぶかな」


 ハンバーグにはやはりご飯だ。できれば味噌汁も欲しいけど、レオールさん経由で調べてもらったことがあるけど、味噌と醤油は存在を知らないといわれたことがあり、町から出ない俺は早々に諦めていた。

 

 「おーい、マキナにファスさん。夕食の準備ができたけど食べる?」

 「あら、もうこんな時間なのね。師匠、どうしますか?」

 「今日はもう終わりでええじゃろう。今日は終いじゃ、飯と風呂にしようぞ」

 「はい! ……わ、すごくいい匂い」


 マキナが家へ入ると即座にハンバーグの匂いに反応して声を上げる。冷めるから食卓にはまだ並んでいない。


 「これは楽しい夕食になりそうね! あれ、まだバスレー先生は帰ってないの?」

 「ああ、昨日は早かったけど、そういえば今日はまだ帰ってないな。先に食べてようか」

 

 するとファスさんがタオルを手に庭から家へと入ってきて口を開いた。


 「折角じゃ、戻ってくるまで待とうではないか。汗もかいているから先に風呂に入れてもらえると助かるわい」

 「そうですね。ラース、先にお風呂に行って汗を流してくるわ」

 「オッケー、確かにさっぱりした方が美味しいかもしれないか」


 ふたりが連れ立ってお風呂へ行くのを見送り、俺はリビングの椅子に腰かけて水を飲む。ゆっくりした一日だったな。

 

 「……静かだな」


 庭で修行もしていないし、夜になったので周囲はかなり静かだ。目をつぶって明日はどうするかなと思っていると玄関が開く音が聞こえ、バタバタと足音を鳴らしてリビングに入ってくる人影があった。


 「ただいま戻りましたよ! やや、何やらいい匂い……これは夕ご飯ですかね?」

 「おかえりバスレー先生。ちょうど今マキナとファスさんがお風呂に行ったところだよ」

 「そうですか、夕ご飯に間に合ってよかったですね! わたしはご飯を頂いてからお風呂にしましょうかね。そうそう――」


 バスレー先生は椅子に座ると即座にテーブルに腰かけて今日あった出来事を口にし始める。やれヒンメルさんが仕事を邪魔しに来るとか、ケディさんの見立てが甘いといったようなことを少し楽しそうに。

 俺はハンバーグを温めるため席を立ちキッチンへ向かうと背中に声がかかる。


 「ラース君は何をしていたんですか?」

 「俺は外に出て買い物をしていたよ。町も見て回ってみたけど、まだ面白そうなことがたくさんありそうだ」

 「ですねえ、ガストよりも広いので。城に遊びに来てくれてもいいですよ」

 「……仕事をさせられそうだから遠慮するよ」

 「察しのいい子は嫌いですよ……劇場には?」


 くっくと笑いながら椅子を傾けるバスレー先生に俺は皿を用意しながら返す。


 「まだ。その内、マキナとヘレナに会いに行くよ」

 「忙しいとは思いますけど、ラース君なら会ってくれるでしょうね。おお、これは……? 肉、ですか?」

 

 ハンバーグを並べているとバスレー先生が目を丸くして皿のハンバーグを見る。その時、お風呂から上がったマキナがとてとてと小走りでリビングへ入ってきた。


 「おかえりなさいバスレー先生! え、見たことない料理!?」

 「ただいまマキナちゃん。なるほど、マキナちゃんも知りませんか……」

 「ほう、美味そうじゃな。昨日は魚で今日は肉か」


 ふたりも席についたところで俺はご飯を皿によそい、全員に配り終え食事となった。早速出来栄えを確認するべく、俺はナイフでハンバーグを切る。


 「お、肉汁も出るな。……うん! いい出来だ!」

 「……! 何これ、ステーキと違ってやわらかいくて……美味しい!!」

 「はぐはぐはぐ……!」

 「ふむ、これは凄いのう! 肉の旨味が凝縮しておる」


 よしよし、三人とも満面の笑みでハンバーグを口にしているな。ゆっくりと咀嚼するマキナの笑顔を見れたので俺は満足し、ごはんとハンバーグを食べる。


 「んー! 美味しいっ! ケチャップのソースも合っているし、付け合わせのお野菜もバターの味がしていいわ。疲れた体が回復していくのがわかるわ……」

 「そういってくれると作った甲斐があったよ」

 「バクバクバク……!」

 「バスレー、もうちょっと落ち着いて食わんか」

 「ごくん……確かに……こんな美味しいものをすぐに無くしてしまうのは愚の骨頂……。にしても、どこでこんな料理を? 王都でも見たことありませんよ」


 当然の疑問だが、これは言われるだろうと思っていたので考えていた回答を口にする。


 「これは俺が考えた料理なんだ。くず肉……いや、ひき肉を混ぜて焼いたら美味しいんじゃないかってね。ハンバーグって言うんだ」

 「ハンバーグ……」


 もちろん俺が考えた料理ではなく、名前の由来もドイツのハンブルグから来ているので嘘なんだけど、ここはこう言っておいた方が無難だろう。するとマキナがうんうんと頷き口を開く。


 「ラースは衣装とかも手掛けているからこういう生み出す力に長けているのかもしれないわね」

 「あ、それもそうですね。それにしても美味しい……これは国王様たちにも食べてもらうべきかも……」

 「それは恐れ多いからやめてほしい……あ、そうだファスさんに聞きたいことがあったんだ、マキナの休みってあるか? ヘレナっていう友達に会いに行きたいんだけど、マキナの自由時間があるかなって。バタバタしていたけど早めに教えておきたくてさ」

 「構わんぞ。じゃが、今日の感覚を忘れんように、明日はダメじゃ。明後日なら許可しよう」


 ファスさんがハンバーグを口に放り込みながらそう言い、マキナの休みが決定した。


 だけど二日後、公園で見かけたあの子が――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る