第二百四十話 ラースのお散歩


 「気をつけていってらっしゃい!」

 「たまにはゆっくりひとりもええじゃろう」

 「ありがとう。それじゃマキナ、頑張ってね」

 「うん!」


 食べてばかりでアレだけど、さきほど昼食を終えてマキナは修行を再開。俺は町へ繰り出すことを伝え、今見送られたところだった。

 馬達が散歩だと思い、俺に寄ってきたけど町中に連れて行くわけにはいかないので、マキナが厩舎へとやんわり戻してくれた。


 「さて、ファスさんの言う通り久しぶりにひとりで出かけたな。誰かと居ることが多かったからひとりってのは新鮮かもしれないな……」


 思い返してみれば兄さんはだいたい一緒にいたし、ベルナ先生との特訓や学院でリューゼ達クラスメイトと生活していた。今もマキナが一緒なので、ひとりで行動するのは実は相当久しぶりだったりする。


 「……ちょっとソワソワするな……」


 俺は商店街に足を運び、肉屋へと向かう。夕飯はハンバーグを作ってみようかと思ったからだ。しかし、いざ行ってみると――


 「この肉をひき肉にしてもらえますか?」

 「ひき肉? そいつはどういうものだ?」

 

 買った牛と豚の肉を挽いてもらおうとお願いするとそんな返答が返ってきた。ひき肉ってありそうなものだけど……


 「えっと、肉をこう包丁の背で叩いたりして練り物にするというかそんな感じなんですけど」


 ひき肉機なんて無いだろうから包丁で作るやり方を説明すると、肉屋の親父さんはポンと手を打って笑顔で返してくれた。


 「おお! なんだ、くず肉のことか! 別に構わないが、いい肉をくず肉に変えるのは勿体ないぞ? 犬の餌にでもするのか? 見た感じ金持ちみたいだし」

 

 なるほど、こっちじゃくず肉って言うのか。しかし、どうやらひき肉は状態の良くない肉を加工してペットに与えるものらしい。どおりで貧乏時代でも食卓には並ばないわけだ。

 

 「ちょっと作りたい料理があってひき肉が必要なんだ。まあ自分でやってみるよ、ありがとう」

 「ああ、いや、出来ないわけじゃないんだ。ちょっと貸してみろ」

 

 親父さんに肉を渡すと、奥に引っ込んであの四角いミート包丁でサクサクとひき肉にし始めた。すぐにそれぞれのひき肉が出来上がり、包んで手渡してくれる。


 「ほら、注文通りだ」

 「ありがとう、助かったよ」

 「まあ今日はまだ暇だし気にするな! しかし新しい料理ねえ、美味いのか?」

 「ああ、俺の中では絶品だ。あとは玉ねぎとパン粉、牛乳は、あるか……香辛料も少し欲しいな」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、香辛料だと? ずいぶん金をかけるんだな……いったい何ができるんだ……出来たら俺にも食わしてくれよ、肉屋として知っておきてえ」


 俺が次の目標を口にしていると、親父さんが目を細めて俺に声をかけてきた。どうもくず肉をどう調理するのか気になるらしい。


 「うーん、この量なら小さいのならできるけどそれでいいなら」

 「おう! そんときゃおまけしてやるよ、俺はクレイグってんだ」


 何故か肉屋さんに食べさせることになり、まけてくれるならまあいいかと了承し肉屋を後にし、昨日立ち寄った八百屋で玉ねぎを買い、パン屋で食パン、雑貨屋で塩と胡椒とナツメグを買いカバンに詰めていく。ソースはケチャップベースでいいか


 「塩はともかく胡椒は高かったなあ。肉屋の親父さんに金をかけるって言われるわけだ。でも、これでマキナも喜んでくれるかな」


 俺は彼女の笑顔を思い描き、町を歩く。家に帰るにはまだ早いかと、他に歩いてみる。もちろん肉が悪くならない程度に。


 「やっぱりガストの町に比べると広いな。東が住宅街だな。俺の家はあれか? 商店街の奥にあるっていってた劇場があれか? 大きいな……。お城は北側で、西側は厩舎や畑、鍛冶屋かな? 煙が上がってるな。農家の人も王都の中で生産できるのは安心かも」


 俺は城に続く大通りから少し西側にある広場の時計塔の屋根にレビテーションであがり、見渡していた。 町を端から端まで歩くと余裕で数時間かかるであろう広さで、商店街から通り西側の方にも少し店があった。いわゆる物語でありそうなスラムのような場所ができないよう、区画は整備され人の目が届きにくい場所はそれほどない。

 

 「劇場の位置も確認したし、鍛冶屋もちょっと気になるな。アルジャンさんは元気かな」


 サージュ装備を作ってもらった後、何度か足を運んでいたけど、隣の隣の国に行くのはなかなか難しいので自然と遠ざかっていくもので、近年は行っていなかった。サージュを召喚したらひとっ飛びかなと思いながら公園へ降り立つ。


 「さて、そろそろ帰って仕込みを始めたらちょうどいいか」

 

 人影が少ないであろう公園の木陰に着地する。別に見られても構わないけど、びっくりさせるのは避けたい。出口はあっちだったかと足を向けた瞬間、子供声が聞こえてきた。 


 「あなたはどこから来たの? 迷子? じゃあわたしのお家に来る? え……?」


 声のする方向へ視線を向けると、小さな女の子がしゃがみこんで何か喋っていた。迷子……にしては姿は見えないけど、どちらかと言えばその子が迷子に見えなくもない。

 

 ……少々薄暗い、か? ルシエールが誘拐されたみたいに、心無い人間も居る。俺は明るいところに案内しようと女の子に声をかけた。


 「ねえ君、どうしたんだい?」

 「ひゃあ!? お兄ちゃん誰?」

 「俺はラースていうんだ。こんな人が居ないところに居たら危ないよ、あっちの広場に行こう」

 「わ、わたしはチェル! だ、大丈夫、わたしこの公園にはよく来るんだ!」


 そういってサッと後ろに何かを隠す仕草をするチェルという女の子。俺が気になってそっちを見ると、後ずさりながら俺から離れていく。


 「心配してくれてありがとう! じゃあねラースお兄ちゃん!」

 「あ、ああ」


 ぴゅーっと逃げるように走っていくチェル。距離を取った後、背を向けたチェルの手には――


 「……盆栽?」


 小さな木が握られていた。

 鉢が無いので盆栽というにはちょっと違うかもしれないけど、あれに話しかけていたのか?


 「……ぬいぐるみに愚痴をこぼしていた昔を思い出すな……」


 いい思い出ではないとかぶりを振って俺は頭を掻きながら公園を出ると家へと向かう。とりあえずハンバーグを作るか!

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