第二百三十九話 ファス師匠の教え
「さて、今日から早速修行に入るが最初に言っておくことがある」
「はい」
「時間のことじゃ。マキナやラースは学院に通っておったんじゃろう? 時間割というのも変な話じゃが、あんな感じでやっていく。休憩やごはん、自由時間は必要じゃからな」
――早朝。
バスレー先生がまだ寝ている時間に俺達は庭でファスさんの話を聞いていた。こういう修行は己の限界までやるものかと思っていたので結構意外だった。ちなみに俺は対象外なのでジョニー達の水を入れ替えながら聞いている形だ。
「ティグレ先生は全力でやってましたけど、それでいいんですか?」
「修行のやり方は人それぞれじゃから今からそれは忘れて良い。何故限界までやらないのか? ワシの武技は”雷柔拳”というのじゃが、相手の芯を打つためには精神が乱れにくい強い心が必要じゃと考えておる。必死にやることは悪いことではないが、疲弊して疲弊して、さらに疲弊する修行では心が休まる瞬間が無い。丸一日休んだとしても、次の修行も同じものと思えば、疲れだけが溜まってしまうしまうものじゃて」
なので、広く時間をかけ、効率の良い修行をするのだとファスさんは続けていた。確かにティグレ先生とぶっ倒れるまで模擬戦をやった後は疲れすぎて考える余裕はあまりなかったように思う。
「なるほど……戦いの中に身を置きながらでも冷静にというやつですね」
「左様。まあ、ティグレの鍛え方のように、全力を出す修行をやらんわけではないからな? お主なら半年みっちりやれば”雷牙”を出せるようになるじゃろう」
「が、頑張ります……!」
初歩的な技で半年か……俺は気になってファスさんの年齢を聞いてみた。
「そういえばファスさんっていくつなんだ?」
「む? ワシには旦那がおるから期待には応えられんぞ?」
「何の期待だよ……で?」
「ワシは六十じゃな。ジジイは六十五じゃ。ワシは二十四歳くらいでこの技を極め、そこから今に至る」
とすれば早くて八年くらいで奥義まで行ける可能性もあるのか。だけどマキナ次第でもっと短くなるということでもある。俺も手伝おうかと思いながら、もうひとつ気になっていたことをファスさんに尋ねる。
「ちなみにスキルってやっぱり雷を出すスキルなのか?」
「質問攻めじゃのう。モテモテじゃわい。いや、ワシのスキルは【真呼吸】というものじゃ」
「深呼吸?」
「いや、『真』じゃな。わかっていると思うが、呼吸というのはとても大事でな。呼吸一つで攻撃の威力が上がる。また、水の中を潜る時間も増え、息を潜めることで奇襲も可能。だが戦いを続ければ呼吸が乱れるもので、一定の呼吸を保つのは難しい。ワシはその呼吸をどんな状況でも一定に保つことができるスキルを持っておる」
「確かに気持ちを落ち着かせると物事が上手くいったりするな。というか呼吸だけで達人になったのか……」
俺が言うとファスさんは頷き話を続ける。
「うむ。スキルは有効に使うべきじゃが、無ければいけないというものではない。要は持った知識に対して『どう扱うか』ということよ」
俺がスキルを授かった時に父さんも似たようなことを言っていたことを思い出す。ジャックの【コラボレーション】なんかは魚屋に使うのは難しいけどあいつは魚屋を選んだ。他の道もあっただろうけど、やりたいことをやるのが人生というものだと思う。
「えっと、師匠。そしたら雷はどうやって……?」
そこでマキナが上目づかいで、恐る恐る手を上げ口を開いた。なんとなく俺には察しがつくが……
「雷は魔力じゃな。風魔法のひとつに<ライトニング>という魔法があるが、それを飛ばすのではなく、手に覆わせるという感じじゃ」
「あ、ラースがファイアを撃ち出さないのと同じ、かな?」
「これだね」
俺がファイアを手のひらに出すと、ファスさんは頷き自らの手に雷を宿す。なるほど、<ライトニング>か、覚えておこう。
「マキナは体力と攻撃はすぐに鍛えなくても大丈夫そうじゃが、魔法はどうなんじゃ?」
「あ、あはは……すみません! 多分かなりダメダメです!」
「ふむ、得意な魔法を使ってみろ」
「は、はい……! それじゃあそこの石に向けて……<ファイヤーボール>!」
マキナが両手をかざして魔法を使うと、小さい頃はマッチの火くらいだったけど、今は野球ボールくらいの火球が出せるようになっていた。ベルナ先生の授業を受けた甲斐あって一通り使えるんだけど、やっぱり魔法への苦手意識のせいか、トレント戦の時からもわかるように自分から魔法を使うことはあまりない。
そして石に着弾するとボヒュっという音と共に霧散する、マキナはしゅんと俯きファスさんは腕を組んで目を細めていた。
「ま、ええじゃろ」
「ええ!? いいんですか!?」
「逆にラースみたいに色々使えるよりはいいかもしれんぞ。ほっほっほ、雷のエキスパートにしてやろうじゃないか。魔法も使っていれば慣れて強力なものを出せるようになる。嫌というくらい使うことになるじゃろうから、心配せんでええ」
ファスさんの笑みと力強い言葉にマキナは笑顔になり、ファスさんの手を取ってぶんぶん振り喜びを表す。
「では早速<ライトニング>の使い方からじゃ」
「よろしくお願いします! って、朝食を作らないと」
「いいよ、俺が作るからマキナは修行に集中してくれ」
「うん、ありがとうラース」
「朝食前の軽い運動みたいなもんじゃ、気負わんでええぞ」
ふにゃっと顔を綻ばせてお礼を言うと、ファスさんとふたりで修行に取り掛かる。俺はティグレ先生やリューゼとの訓練は楽しかったなと思い出しながら家の中へと入っていく。
「さて、昨日買った食パンとコーンスープ、サイドメニューはソーセージとトマトでいいか。 ん?」
キッチンに行く前にリビングに目を向けると――
「……」
「うわあ!? バスレー先生起きてたのか……」
フォークとナイフを両手に持ってテーブルに突っ伏しているバスレー先生が目に入った。俺の叫び声にバスレー先生はむくりと起き上がる。
「あ、おはようございますラース君。朝食当番はマキナちゃんでは?」
「今日から修行だから合間でお願いするよ。今から作るけど、まだ時間はある?」
「そうですね。食べてから行きましょう! ラース君は今日どうするんです? マキナちゃんがあの調子なら暇になりそうじゃないですかね?」
ソーセージをフライパンに乗せて火を熾しながら俺はバスレー先生に答える。
「ああ、昼ごはんの後にちょっと町を散策しようかと思ってる。ヘレナも探したいし、ちょっと料理のレパートリーも増やしたいんだよな」
「これからここで生活していきますしねえ。あ、お金は帰ってから渡しますね、昨日金庫から出してきたんですよ」
「そういえばそうだった。急いでないから別にいいけど……その金庫、国庫のじゃないだろうな……?」
「違いますよ!? あ、ヘレナちゃんは商店街の奥にある劇場にいると思いますよ」
と、朝から騒がしいノリで会話をしつつ、先にバスレー先生に朝食を食べさせてからマキナたちと朝食を取る。
「見てみてラース!」
「お、バチバチしてるなって、食事中は止めときなよ。とか言いつつ俺も<ライトニング>」
「ふふふ、もう覚えたんだ? さすがよね」
「……お主やっぱりおかしいぞ?」
ファスさんに訝しがられながら食べきり、片付けも俺がする。昼までジョニーとモーラの二頭でも洗ってやろうと思ったけど――
「……うん、やっぱり暇だな。マキナ、ファスさん! ちょっと出かけてくるよ!」
「あ、はーい! 気を付けてね!」
退屈に耐え切れず俺はひとり町へ足を運ぶのだった。ヘレナはマキナと一緒の方がいいし、まずは商店街かな。
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