第二百三十三話 宴会②
バスレー先生の義兄であるヒンメルさんが登場し、事態は混迷の一途を辿るかと思われたが意外とそんなことはなく、バスレー先生が無事だと分かったヒンメルさんはすぐにみんなと酒を酌み交わし始めた。
先ほどまで話していたロイやほかの冒険者達も酔いが回り、俺たちの下を離れていったのでマキナと合流し、適当なテーブルに腰かけて喧騒を眺めることにした。
「一応目論見通りだけど、ロイのおかげでこの辺の冒険者に舐められることはないかな」
「そうね。みんないい人だし、王都の生活も心配なさそう。それにしてもオリオラの町でバスレー先生が会った冒険者のパーティも居るなんてびっくりしたね」
そう、マキナの言う通りオリオラの町で俺達と別行動していた時に情報収集をしたパーティがいたりする。報酬が低いトレントばかりだったため、他の魔物を倒す依頼をしたいとこの王都イルミネートへやってきたそうだ。バスレー先生と一緒に居るのを見て先ほど少し話しかけられたというわけ。
「まったく……兄ちゃんが来るとは予想外でした……」
「あ、おかえり。もういいのかい?」
「ええ、久しぶりの顔とも会話をしましたしわたしという人間が再び現れたことを知らせるいい機会になりました」
「なんでそんな悪役みたいな言い方を……」
マキナが呆れてそう口にした後、バスレー先生に質問を投げかけた。
「バスレー先生って子供のころ無口だってソネアさんが言ってましたけど、本当なんですか?」
「チッ、あの女狐め余計なことを……まあ、そういうこともありましたねえ。懐かしい話です」
そう言いながらフッと笑いグラスを傾けた。
「……」
「……」
俺達も黙ってお酒を飲み、つまみを口にする。
「ぷはー! いやあ、やっぱりタダ酒はいいですねえ! あ、チーズもらっていいですか」
「いやいやいや、そこは過去の話をするところじゃないか!?」
「うんうん!」
「え? 別に聞いても面白くないですよ? それよりも飲みましょう飲みましょう!」
「ええー……」
結局、バスレー先生は教えてくれなかった。そこにソネアさんがウインクをしながら寄ってくる。
「何だい、ずいぶん可愛がっているようだけど教えてやらないのかい? 教師にもなったんだろう?」
「あなたですか。こういう席で話すもんじゃありませんからね。酒がまずくなりますよ」
「……ま、違いないか。ラース君にマキナちゃん、そういうわけだから今日のところは、ね?」
するとソネアさんはヒンメルさんの方をちらりと見た。あの人がいる前では話さない、そういうことなのだろう。それならと俺は話を変える。
「……にしても、ガストの町より冒険者が多くて驚いたよ。オリオラではギルドに行かなかったけど、あっちはどうだったんだろう」
「まあ、やはり王都ですから人は多いですよ。住宅街も多く、人もガストの三倍近くですし、商店もかなりあります。ラース君やマキナちゃんにはあまり馴染みがないですが、学院以外で剣術や魔法を教えてくれるところもあるんですよ? お金は必要ですけどね」
塾みたいなものかとバスレー先生の話に耳を傾ける。まだここに来て二日目だし、ゆっくり開拓するのも楽しみの一つだな。そこでふと俺は気になることをソネアさんに尋ねる。
「そういえばこっちはトレント被害はどうなんだ? 原因は取り除いたけど減ってるのか?」
「ああ、そういえば解決したって言ってたけど、ラース君達だったの? ギルド経由で話はあったし、首謀者も運ばれてきたけど、解決した人物は公表されないから初めて知ったわ」
「そうなんですね?」
ソネアさん曰く、大きい事件で黒幕が捕まっても実はほかに仲間がいたりすると、報復に来る可能性があるから基本的にギルドから名前は出さないのだとか。
「マキナちゃんみたいに可愛い子を人質にラース君を自在に操る……そういうことも考えられますからね。あ、間違いました、か弱いわたしが人質に取られてラース君がとどめを刺すことも考えられますからね……あれ?」
「とりあえずトレントの数は減っているから安心していいよ。村とかにはたまに出るみたいだから討伐以来は出しているけど」
ソネアさんが満足気に笑いジョッキを傾けた。まあ減ってるなら解決した甲斐があったか。たまには駆除しに行くのも良さそうだ。
「でもマキナちゃんは若くていいわね……」
「でしょう? そういえばソネアさんは彼氏――」
「言うな」
「あはは……」
女性三人が楽しそうに話しているのを眺めながら料理の追加をお願いしていると、受付横にある階段から熊のような大男があくびをしながら降りてきた。
「ふあ……あれ? 随分賑やかだね、今日はお祝い事をする予定だったっけ?」
「あら、ギルドマスターようやくお目覚め? 起こしても全然起きないから耳元でそっと呟いておきましたよ」
「それ僕が気づかないやつだよ!? ……まあ、一度寝たらなかなか起きないのは僕のせいだけどね。ちゃんと経費にしてるよね?」
「もちろんです。今日はこちら、ガスト領から王都に移り住んできたラース君とマキナちゃんの歓迎会を兼ねた宴会なのでご了承を。起き抜けですけど飲みます?」
「ああ、貰おうかな。僕はリンゴ酒でお願いするよ」
そういえばギルドマスターがこういう場に居ないのはおかしいと思ってたけど、まさか寝ていたとは。となると半分くらいソネアさんと冒険者の独断でこの宴会が行われたことを考えると、やはりバスレー先生の同級なのだなとなんとなくジト目になる。
「やあ、初めまして。僕がここのギルドマスターでボーンと言います。よろしく、えっとラース君とマキナちゃんだっけ?」
ボーンさんは名前とは裏腹ににこにこと笑顔を絶やさない。体も大きいけど、威圧感は無いので、宴会の件といいきっと優しい人なんだろうなと考えながら握手に応じる。
「ラース=アーヴィングです。よろしくお願いします。……!」
「よろしくね。若い子が増えると賑やかでいいねー」
ボーンさんは相変わらずニコニコしながらマキナとあいさつをする。その姿を見ながら俺は胸中でつぶやく。
……人は見かけのよらない、油断するな、か。確かにその通りだ……この人、ニコニコしているけど相当強いぞ……?
「それじゃ、改めて新しい仲間にかんぱーい!」
「「「おおおお! かんぱーい!」」」
「ふふ、優しそうな人ね」
「そうだな。ここでの生活も楽しくなりそうかな?」
「バスレーちゃん、お兄ちゃんの膝に座りなさい!」
「いやですよ!? 死ね、死になさい……!」
「うおおい!? 【致命傷】を使うなマジで死ぬぞ!?」
楽しくなるよ、多分な……
やはり旅に出るべきか? 一瞬、そんな考えが頭を掠めていった。
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