第二百三十四話 決意
「ははは、みんなだらしないぞ? おかみさんお代わり」
「あいよ、流石ギルドマスターだねえ」
「俺も頼むよ」
「まだまだ甘いですねえ。わたしにもビールをください」
「あはははは! わらしもおかわりー!」
「バスレーちゃんこのおつまみ美味しいぞ」
「おや、そうですか。ではいただきましょう」
「それは僕の指だよ!?」
俺とマキナ。それにバスレー先生とヒンメルさんにボーンさんでテーブルを囲み、食堂のおかみさんにお代わりを要求する。
「ぐ……な、なんでそんな平気な顔をしていられるんだ……うぷ……」
「くそ……バスレーに負けるとは……」
「次こそは……」
ロイが赤い顔で寝そべった床から見上げるように俺達をみて口を開く。他の冒険者も同じく、床で死屍累々といった状態で寝ていたり気絶していたりと様々だった。ガスト領だとここまでの人数で祝い事をすることが無かったから新鮮で、これぞ冒険者って感じもする。
そこへボーンさんがにこやかに話しかけてきた。
「そういえばラース君のことは国王様から話を聞いていたけど、あまり貴族っぽくないよね。服装も派手でないし、冒険者になるのも珍しいよ」
「話を聞いたことがあるんだ?」
「まあ、これでもギルドマスターだからね! ……とは言っても最近呼び出されて、そのうちここに顔を出すだろうってことを聞いただけだけどさ」
「なるほどな。確かに学院を卒業したら王都に行くと約束はしていたけど、まさか冒険者になるのを見透かされていたとは……俺が貴族らしくないのは生まれたときは貧乏な平民だったせいだと思うよ。それに跡継ぎには兄さんも居るし、自由にさせてもらっているから自分を貴族だって強く感じたことはないかな? まあ肩書は使えるときには使うけど」
「お父上が領主に戻った経緯も聞いているよ。子供ながら、奪還のため努力をしたことも、ね」
そういってフッと笑うボーンさんに俺は答える。
「……あれは褒められたものじゃない。国王様と王子を危機にさらしたしな。あれで家族に迷惑がかからなくて良かったと胸をなでおろしたくらいだ」
「ははは、まあ確かに。だけど僕は家族のために行動を起こした君には敬意を表するけどね? 十歳で計画を立てて実行に移す。マネできるものじゃない。……それに、知らなかったとは言え”福音の降臨”のメンバーを倒したわけだし、ね」
「……」
「えへー……ラースはすごいんらおー♪」
そういってくれるのはありがたいが、俺にとっては微妙な話だと、俺はマキナを背負いながら口を開く。
「マキナがそろそろ限界だし、俺たちは帰るよ。バスレー先生は?」
「ふたりが帰るならわたしも帰りましょうかね。おかみさん! これ包んでください!」
「はいはい。あんたも変わらないねえ……」
バスレー先生は酒瓶を一本掴み、テーブルのおつまみを持って帰れるように要求すると、ヒンメルさんに顔を向けて尋ねる。
「兄ちゃんはどうしますか?」
「僕はもう少し飲んでいこう。ラース君、ウチの妹を頼むよ!」
「わたしが面倒を見られる側!? ……まったく……父様と母様にもよろしく伝えておいてくださいよ」
「もちろんさ。早く僕と結婚しないと、また見合いをさせられるよ?」
「どっちもお断りだからラース君の家にいるんですけどね?」
「それじゃヒンメルさん、また」
俺が会釈をすると、笑顔で見送ってくれた。さて、この分だとマキナは朝まで起きないかな?
◆ ◇ ◆
ラース達が去ったその後――
「ははは、嫌われたかな?」
「ラース君にとってはいい思い出ではなさそうだったからね。まあ、そこまで気にしてはいないと思うけど」
残ったボーンとヒンメルが再度の乾杯としてグラスを鳴らしながらそんな話をする。
(あいつ、タダ坊ちゃんじゃないとは思っていたが……おえ……)
(なんか辛いことがあったみたいだね……うぇっぷ……)
(これからはこのギルドの仲間だ、よそ者扱いは……うっぷ……しねぇようにしようぜ……)
「国王様のお気に入りだから、手を出さないのは賢明だね。まあ、彼は相当、それこそロイと戦った実力よりまだ上の力を隠しているよ」
「……”福音の降臨”のメンバー、レッツェルという男を倒したのは間違いなく彼らしい。バスレーちゃんも詳しくは知らなかったようだけど、オリオラの町のトレント騒ぎで聞いたんだと」
「……」
噂で聞くが直接関わることが無い闇の組織”福音の降臨”。
床に突っ伏しているが意識ある冒険者たちはその言葉に驚愕し、その中でドウンがよろよろと立ち上がりながら口を開く。
「得たいの知れない組織か……しかしガスト領、オリオラ領の騒ぎは終息した。この国にはもういないのでは?」
「……どうだろうね。ラース君、彼が引き金になるか、それとももう別の国で暗躍をしているか。それはわからないから、さ」
「……」
「だからこそ、何かあった時のために団結できるよう冒険者同士、仲良く頼むよロイ? この宴会の代金はギルドの経費で払う代わりに、ね?」
「知ってたのかよ……食えない男だぜ……うえ……」
冒険者たちは苦笑し、何があっても仲間と立ち向かうんだと、口にはせずそんな決意を胸に秘めていた。
◆ ◇ ◆
「さ、マキナ水を飲んで」
「んく……んく……ふう……ありがとうラース。ごめんね、重かったでしょ」
「レッドエルクに比べたら羽毛みたいなもんだよ」
「ふふ」
俺の軽口に微笑み、リビングの椅子に背を預けるマキナ。そこへバスレー先生がお手洗いから戻ってきて顔をほころばせた。
「おや、マキナちゃん、目が覚めたんですね?」
「はい、夜風が気持ちよかったから目が覚めました! ……まだ飲むんですか?」
「はっはっは! ……明日が怖いので今日は寝ます……昨日は床で寝て体が痛かったですし……」
「ああ、うん……」
流石のバスレー先生も二日連続はマズイと思ったのか、俺に酒瓶を預けて部屋へ戻っていく。でたらめなことをする割に、案外ギリギリの線を見極めているのかもしれない。
「俺達も寝るか」
「そうね……あ、でもその前に……」
マキナは俺に近づき、まっすぐに俺の顔を見る。
「……昼間のファスさんの件。ラースはどう思う?」
「継承の話か。俺はマキナが思う通りにしてくれると嬉しい。……正直な話、騎士を諦めたのは少なからず俺のせいでもある」
「それは――」
「分かっている。そのつもりはないってことも。だけど、やっぱり俺に尽くすばかりじゃなく、マキナのやりたいこともやって欲しいんだよ。ファスさんの話、マキナはどうしたい?」
俺が尋ねると、マキナは目を逸らさないままゆっくりと口を動かした。
「……私、ファスさんに教えてもらいたい。どんどん強くなるラースの横に立つ為にもね!」
「オッケー、マキナがそう決めたなら俺は応援するよ!」
「うん! ……でも、修行に入ったら会えなかったりしそうよね」
「なんで?」
「え? だって、修行している間、ラースは依頼を受けたりするでしょ?」
「いや……お金に余裕が無いわけじゃないし、一緒にいるけど……」
「え!? な、なんだ、悩んで損しちゃったかも……? で、でもそれなら、うん、頑張れるわ! ……それにひとりで行動してたらラースモテそうだし……」
どうも別行動をすると思っていたマキナは俺が傍にいることに安堵したようだ。最後の方は聞き取れなかったけど、やる気が出たみたいでよかった。
「じゃあ明日にでも行ってみよう」
「そうね。あ、そういえば今、私のしたいことをして欲しいって言ってたわよね?」
「ん? ああ、そうだね。マキナは我儘を言わないし、俺は察するのが苦手だから口にしてくれると助かるよ」
「ふーん……それじゃ……」
「!?」
そういって目を細めると、マキナは俺に顔を近づけ――
「マ、マキナ……!?」
「ふふ、私達あまりこういうことしないからたまにはね♪ したいこと、してもいいんでしょ?」
いたずらっぽく笑うマキナに、俺は顔を赤くしてやれやれと肩を竦めるのだった。
……背後で幽鬼のような顔をドアの隙間から覗かせていたバスレー先生は無視した。
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