第二百三十二話 宴会①
マキナの師匠話はひとまず置いておき、俺達は宴会のため一旦家に帰り身支度を整える。もちろんレッドエルク二頭は先にギルドへ行って報告・換金済みだ。
「……よし、これでいいか」
俺は普段着に着替え、念のため腰に剣を下げて一息つく。なんだかんだいって俺はこういう宴会のような騒ぎは嫌いじゃない。学院時代もそうだけど、周りが騒いでいるのは見ていても楽しい。前世は本当に孤独だったんだなと痛感するくらいは。まあ孤独よりも認められたいという一心だったから、それすら気づかなかったんだけどな。
「ふふふ、このわたしの魅力に恐れおののくといいですね……」
「いや、ギルドの宴会にそのドレスはないと思うよ?」
……バスレー先生のこういう馬鹿なことも、割と俺は嫌いではない。
「お待たせっ! 私も準備できたわよ……って、バスレー先生、その恰好はちょっと……」
「マキナちゃんまで!? わたしのお気に入りのドレスがどうしてダメなんですか!?」
「冒険者の集まりなんですから、赤いドレスは他の人が見たら萎縮しますよ? それにウロウロしながら食べたり飲んだりしそうですし、汚されるかもしれませんよ」
「ぬう……正論……!? わかりました……」
仕方なくという感じで赤いドレスを翻し部屋へと戻っていく。
荷物はまだ持って来ていないはずなのになぜあのドレスは持っていたのか。それはバスレー先生にしかわからない。
「では行きましょうか!」
「「早っ!?」」
先生でも大臣でもなく手品師ではなかろうかと思いながら俺たちは町へと繰り出した。ジョニーとモーラには水と野菜を与えて出てきたので二頭も満足だろう。
「厩舎みたいなの作らないとダメかな。屋根がないと雨が降った時とか、寒い時期が可哀想だよな」
「うんうん。そういうのができる人を探すのもいいかもしれないわね」
「ああ、同級生にいますよ」
「万能すぎるよ同級生……」
本当か嘘かはわからないけどさらりと言ったバスレー先生の言葉に苦笑しながら夜の町を歩いて行き、やがてギルドへと到着する。
「わ、もう始まってるみたい」
「人が結構いるな」
「ほほう、お酒も結構あるみたいですね。あそこで給仕をしている人は食堂のおかみさんですよ、小さい店ですけど、味は確かなんです」
「そうなんだ。今度行ってみたいな」
「ファスさんも連れて行きたいわね。山の中でひとりはやっぱり寂しいと思うのよね……」
「マキナが言えば来てくれるんじゃないか? 今度行ったときにでも聞いてみよう」
「うん!」
俺たちが入り口でそんな話をしていると、ソネアさんが近づいてくるのが見えた。
「さっきはいい獲物を持って来てくれて助かったよ。そっちが仲間……か、い……」
「ああ、バスレー先生は先に家に帰っていたから知らなかったっけ。ん? どうしたんだ?」
ソネアさんがバスレー先生を見てよろりと一歩後ずさる。まさか、と思った瞬間、ギルドの中にいた冒険者数人が俺達を見て静かになった。
「あ、あんた、バスレー……!」
「あの悪魔が帰ってきただと!?」
「お、おい、どうしたんだそんなに怯えて」
「あ、ああ……」
「おやおや、知った顔もありますね! 皆さんお久しぶりです、農林水産大臣として復帰したバスレーちゃんですよ!」
直後、バスレー先生を知るであろう人物が――
「てめぇよく帰ってこれたな!? 居なくなる前の大臣の時、こき使ってくれたの忘れてねぇぞ!」
「あたしと遊びに行く約束してて夕方まで寝てたこともあったわね!」
「俺は彼女を紹介するって言われて喜んだら『わたしよ』って言われた……」
「そりゃひでぇ……」
いろいろやらかしてるなと思い、俺とマキナは一触即発になるかと警戒する。すると、バスレー先生を知る人達に取り囲まれて、
「馬鹿野郎、よく帰ってきたなバスレー! その腹立つ顔をまた見ることになるとはな! はははは!」
「帰ってくるなら言いなさいよもう!」
「おい、酒だ! 酒を持ってこい!」
「あ、あれ?」
「ふははは、いやあ久しぶりですねえ皆さん! すみませんラース君、マキナちゃん、少し話してきますね」
「わわ……!?」
俺とマキナの予想に反して冒険者達にもみくちゃにされ、バスレー先生は知り合いだと思われる人と連れ立って奥へと行く。俺は頭を掻きながら口を開いた。
「意外だったな。結構好かれてるんだ」
「はっはっは、まさかラース君がバスレーを連れてくるとは思わなかったよ! 先生ってことは学院で?」
「ええ、担任をしてくれたこともあるんですよ。ノルマさんとかクルイズさんが同級だって言っていたので他にもいるとは思いましたけど」
マキナが微笑みながらそういうと、ソネアさんが肩をすくめて言う。
「……あいつは今でこそあんな感じだけど、学院に入ったころは無口で誰にでも噛みつくような子だったんだ。いたずらなんてもんじゃない、殴り合いの喧嘩をすることもよくあったよ」
「マジか……」
「信じられないわね……」
冗談やイラっとすることは多々あるけど、基本的に明るく笑っている人だと思っていた。人の過去には思いがけないものがあるものだけど、何があったのだろう。
そう思いながらマキナと顔を見合わせていると、ロイがやってきた。
「おーう、来たか! 昼間は悪かったな! おい、こいつだこいつ、俺をあっさり倒した男だ!」
「酒臭いな、もう結構飲んでるな? ……お、サンキュー」
「まだ子供じゃねぇか、お前こんなのに負けたのか? いてっ!?」
「馬鹿野郎、お前もやってみりゃわかるってんだ! こいつはすげぇぞ?」
「マジかよ……」
ロイが俺にビールを渡し、訝しむ他の冒険者の頭を殴って俺を褒めるようなことを口走る。むう、変わり身の早さだが、後腐れなく接してくれるのはありがたい。
「あ、ありがとうございます……」
「あは、可愛いわね! 彼氏と冒険者? いいわねえ、ロイを倒せるくらいだし、将来有望……」
「そうだねえ、ラース君は貴族だし、羨ましいよ」
「マジ!? お、お近づきに……」
「それはダメです」
「あは……この子もすっごい怖いかも……お似合いカップル……」
マキナが笑顔で拳を振ると室内とは思えない風切り音が鳴り、女性冒険者が冷や汗を流し、ソネアさんがお酒を片手にカラカラと笑っていた。
「今度一緒に依頼に行こうぜ」
「ああ、構わないよ。この辺のことをいろいろ教えてくれると助かる」
「武器は剣か? 俺も手合わせ願いたいもんだ」
「魔法も使っていいなら」
「おっと、そいつは分が悪いぜ」
ロイのおかげで俺の周りにも冒険者たちが集まり話しかけてくれる。もう少し茶化されるかと思ったけど、気さくな人が多かった。マキナも女性陣と話をしているようで質問攻めにあっていた。
このまま楽しい時間が過ぎていくと思っていたのだが、唐突にそれは破られた。
「む、何かのお祝いか? すまない、人を探してほしいのだが」
「いらっしゃい! って、ヒンメル様じゃないですか。見ての通り、時間もそうだけど今日はもうギルドも店じまいって感じだけど、誰か居なくなったのかい?」
ソネアさんが応対している入り口を見ると、バスレー先生の義兄であるヒンメルさんが顔をのぞかせていた。こんな時間に人探しとはお疲れ様だなあ。
「そう、居なくなったんだよ! ウチの可愛い妹、バスレーがぁぁぁぁ!」
「ぶっ!?」
「うわ、きたねえなラース……」
いい年した妹を探しに来たのか!? 俺はそこに驚愕する。しかし、いつも通りなのか、ソネアさんがにやりと笑いながら親指で奥を指して言う。
「バスレーならほら。そこに居るよ! バスレー、お兄ちゃんが来たよ!」
「え? ……ああああああああ!? 兄ちゃん!?」
「いたぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁ!?」
「わはははは! 相変わらずヒンメル様は苦手か! いいぞ、バスレーを黙らせられるのはヒンメル様しかいねぇ!」
ヒンメルさんはさっと人込みを抜け、バスレー先生を抱きしめて泣いた。
「仕事中に居なくなったと聞いて心配したよ!」
「もう二十六歳になるのにどっか行ったりしませんよ!? は・な・せぇぇぇ……」
「そんなことを言って十歳の時、家出したのは誰だったっけ」
うーむ、バスレー先生が家出……想像できないけど、子供のころ一体何があったんだろう。そういえば義理の兄というのも気になる。
やはり人にはいろいろあるなと思いながら俺はビールを口を飲み、ソーセージを口に入れるのだった。
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