第二百三十一話 継承のために
「ええ!? わ、私がですか!?」
「うむ。ハインドが帰ってきた時に弟子がおったらあやつびっくりするじゃろう。それにワシとしても技を継がせられるなら継いでもらえた方が嬉しいしのう」
ファスさんは旦那さんの行動に最初は憤慨していたが、自身も技を誰かに継がせて『生きた証』を残すのも吝かではないと思ったらしい。
まだ元気そうだけど、歳を取ると気持ちが弱くなると聞いたことがあるから、そういう類のものなのかもしれない。父さんたちもいつか亡くなってしまうし、俺だってそうだ。
……俺の【超器用貧乏】がハズレではないと伝えるのとちょっと似ているなと思う。
「でも、私にできるかしら……」
「幸い、と言うのもおかしいがワシの技は拳で打つものが多い。お主の【カイザーナックル】なら如何なく発揮できるじゃろう。それに体幹バランスも良いし、若いから体力も申し分ないはずじゃ。まさかこんなところで出会うことになるとは思わなんだが……あとはマキナ次第じゃな」
「……」
マキナは俯いて考える仕草をする。
自身の力が上がるのはとてもいいことだけど、その修業がどれくらい続くか分からない。冒険者として活動も難しくなると考えているのかもしれない。
するとファスさんは穏やかな笑みでマキナの頭に手を乗せて言う。
「ほっほ、ワシの我儘じゃから、断ってくれても構わん。無理はせんでいいからの?」
「なら俺が技を受け継ぐってのは?」
「ふん、お主のような『強い』というベクトルがおかしい者には必要ないじゃろう。魔力・気力共にその年で手に入らないとは言わんが明らかに逸脱しておるわ」
「……分かるのか?」
俺が目を細めて聞くと、ファスさんは頷き続ける。
「自分で言うのもなんじゃが達人といわれる領域に到達したものはその人物を見ればだいたいわかる。一挙手一投足で『こいつは強い』と思わせるものがあるものじゃ」
「へえ、ティグレ先生が俺を見て『こいつは面白い』って言ったのもそれと同じことなのかな」
すると今度はファスさんが目を細めて俺とマキナを見る。
「【戦鬼】が先生じゃと……? なるほど、マキナも生徒か?」
「ああ」
「なるほど、アレに教えを受けたのなら納得も行くか。それでもお主はおかしいがな」
「まあ、スキルのおかげってのはあるけどね。努力すれば強くなれるし」
その上限は無いのがおかしいといえばその通りだけど。
「まあ、どちらにせよワシの技とお主は相性が悪そうじゃ。どちらかと言えば旦那の方が合っておるかのう」
「ここには居ないから何とも言えない、か。戦いのバリエーションを増やす意味でも学びたい気はするんだけどな」
「その意気は良いな。しかし【カイザーナックル】を用いワシの技を使った場合、マキナは相当強くなるぞ」
よほどマキナに適性があるのだろう、とても楽しそうにそういうファスさんに俺は微笑みながら嘆息する。そこでマキナを見ると、やはりまだ悩んでいるようで黙り込んでいた。
「マキナ、ファスさんも無理をするなって言ってるし、返事は保留でもいいんじゃないか?」
「ラース……うん、そうする。ファスさん、また後日でもいいですか?」
「うむ。ワシは暇しておるからいつでもいいぞ。決まったらまた訪ねてきてくれれば良い」
「ありがとうございます!」
マキナはパッと顔を輝かせて頭を下げる。
「マキナちゃんが”雷撃”に師事されたら、戦鬼がガチ師匠のラース君と恐ろしいカップルになりますねえ……」
「ほっほ、まだまだ若い者には負けるつもりはないがの。折角だし、お主らの話でも聞かせてくれ。ババアは意外と会話に飢えておったようじゃ――」
そうして俺たちは学院での話やオリオラ領のこと、俺が領主の息子などいろいろと話した。バスレー先生もやんの状況を聞けて満足げにメモを取っていたりする。
ファスさんはマキナより少し年齢が上くらいのころ旦那さんと出会ったそうだ。最初はいがみ合う中だったみたいだけど、お互いの実力を認めた後は逆に大恋愛に発展し結婚したらしい。
ティグレ先生のことを聞いてみると、戦う人間には強者の情報が耳に入ってくるものなのだとか。
「もう少し若ければ一度戦ってみたかったわい」
ファスさんはそう言って笑っていた。
なんだかんだと話が弾み、陽が傾いてきたので俺たちはお暇することに。
「あー、楽しかった! 必ずまた来ますね」
「気をつけて、と言ってもこのあたりの魔物でお主らに勝てるものもおるまい。ゴブリンやオーガもそれほど数は居らんし、裏側にしか生息しておらん」
「あー、そういえば裏山はいましたねえ。まだ変わってないんですね」
バスレー先生が肩をすくめるとファスさんが頷いて続ける。
「裏は町がないし、冒険者も立ち入るほど数が多いわけでもない。やつらも食うのに困らないからわざわざ人里に出ないのじゃろう」
「なるほど。では魔物脅威はまだ生き残っているトレントに注意すればよし、と……」
バスレー先生は仕事を終え、俺たちはファスさんに手を振って下山する。馬たちも散歩気分でぽくぽくと歩きご満悦だった。
「よっと……血抜きだけはしておいたけど早くリネアさんのところに持って帰らないと」
「うーん、移動にはいいけど狩りの時は普通の荷台の方がいいかもしれないわね」
「ああ、なら今度城に無いか調べておきますよ。あ、お家のお金は交渉中なのでしばらくお待ちを……」
「まあ別に急いでは無いからいいけど。マキナ、結構悩んでいたよね」
俺は御者台から声をかけると、マキナがにゅっと顔を出して俺に言う。
「うん。本当は即答したかったんだけど、一回考えようかと思って」
「いいと思うよ。マキナはそういうところ真面目だなあ」
「も、もう……」
「わたしの存在を忘れないでくださいね……さて、それじゃ一回家に帰ってお風呂に入ってから宴会に行きましょうか!」
「先にギルドだって、依頼を完了させないと」
程なくして町に到着し、バスレー先生が門番のクルイズさんも誘っていたが、子供が待っているからとやんわり断られた。そしてバスレー先生はチッ、既婚者がと謎の因縁をつけていた。
さて、ギルドを出入りする冒険者、どんな人がいるか楽しみだ。
◆ ◇ ◆
――執務室
「ふう、やっと僕の仕事が終わった……バスレー、我が妹よ! 食事にでも行かないか!」
「ぐおーぐおー……」
「ってケディ君!? バスレーは……いない? おい、ケディ君、バスレーはどうした!?」
「ぐお……? ん、ふあ……ヒンメルか……バスレーなら居ないぞ。昼前に馬を返してほしいという伝達を受けて出て行ったきりだ。ったく、もう帰るか……」
「なんと……!? さ、探さないと」
「もう子供じゃないんだからいいだろう? しかしどこ行ったんだか」
するとヒンメルの叫びを聞きつけたメイドがノックをして、中を覗き込む。
「あら、ヒンメル様の声でしたか。えっと、バスレー様は馬を借りていた冒険者の方と一緒に外に出られましたよ? 今日の仕事は終わったとか言って」
「……あの野郎……いや、確かに終わってるが、出ていくなら一言言えってんだ……無駄な時間を過ごしちまった……」
「冒険者……あの時いた二人組のカップルか。……ふむ、男の方……まさかバスレーをたぶらかしている……?」
「いや、それはないだろ」
「こうしてはおれん、探さねば……! ケディ君、また明日!」
「って聞けよ!? ……はあ、帰るか」
「お疲れ様です」
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