第二百三十話 山に住む者


 俺達は小柄な人影に近づいていく。それほど離れていないので、マキナがすぐに声をかけた。


 「助けていただいてありがとうございました! 凄かったですね」


 するとレッドエルクの死亡を確認していた人影がゆっくりと立ち上がりこちらへ目を向ける。


 「ほっほ、気にするな、野草とキノコを採りに降りてきていたところ出くわしただけじゃからな。ワシが止めなくても何とかしていたじゃろうが」


 振り返った人はお婆さんと言って差し支えない短い白髪を後ろで束ねた女性だった。服装はダボっとしたズボンに、袖のない上着。手にはバンテージのように包帯みたいな白い布が拳に巻かれていた。風貌は格闘家だなと思える。


 「いえ、それでもありがとうですよ!」

 「うんうん、礼儀正しい娘じゃな。というか、お主もいい一撃じゃったぞ? 格闘家は少ないからいいものを見せてもらったわい」

 

 お婆さんがそういうと、マキナは困った顔をして返事をする。


 「えっと、私、冒険者ではあるんですけど、格闘家ではないんですよ。スキルが【カイザーナックル】という拳に特化したスキルなので、戦い方がそうなっただけで……」

 「ふむ……それは勿体ないのう。あの威力、鍛えればかなりのものになりそうじゃのに」

 「あ、あの……?」


 お婆さんは何かを確かめるようにマキナの腕や太もも、お腹回りなどを触る。マキナが俺に目を向けたので、間に割って入ることにした。


 「触ったら何かわかるもんなのか? 俺はラース、この子とパーティを組んでる冒険者だ」

 「おお、そういえば名乗って無かったな! ワシはファスという」

 「私はマキナです!」

 

 マキナが元気よく自己紹介すると、追いついてきたバスレー先生も口を開いた。


 「ふう……見事でしたね、わたしはバスレーと申します。あ、これ名刺です」

 「城の者か。珍しいのう、大臣クラスの人間は部下を使うもんじゃが」

 「わたしは自分の目で見て確かめたいんですよ。それにしてもファスってどこかで聞いたことが……」

 「ファスさんはこの山に住んでいるんですか?」

 「ええい、いっぺんに喋るな! ワシもマキナに聞きたいことがある。どうじゃ、家に来るか? 茶くらいなら出してやるぞ」

 「!?」


 ファスさんはレッドエルクを軽々と担ぎ、俺たちは息をのむ。あの細腕のどこにそんな力が? そう思っているうちにファスさんは山を登り始める。


 「私、行ってみたいかも? 依頼は終わったし、ちょっとくらいなら……ダメ?」

 「俺はいいけど、バスレー先生の時間は大丈夫?」

 「わたしはさっきも言いましたが、今日の分の仕事は終えていますからね。いつ帰ってもいいですし、何なら宴会まで一緒に行けますよ!」

 「怒られたりしないか? ……なら行くか<ストレングス>」


 俺は魔法で力を上げてでかいレッドエルクを両脇に抱える。マキナとバスレー先生には馬二頭を引いてもらうことに。


 すでに中腹くらいまで登っているが、そこからさらに十分ほど歩くと、木が切り開かれ、整地された場所に家が建っていた。ファスさんがレッドエルクを地面に置き、俺もその近くに二頭を横たえる。


 「外に放置して魔物が取りに来ないかな? 馬もそのままでいいか?」

 「大丈夫じゃ。このあたりでこの家に近づく魔物はおらん。さ、入っておくれ」


 ファスさんに促され俺たちは家に入る。

 リビングと寝室であろう部屋にキッチンと、とてもシンプルな内装だった。リビングには暖炉もあり、なんとなく丘の上にあった、今はニーナが暮らしている家を思い出す。

 俺たちはリビングに通され木の椅子に適当に座る。しばらくしてファスさんがお茶を持って来て同じく木の椅子に座る。一応鑑定したけど、お茶は問題ない。


 「静かな場所ですね……でも、ここにひとりで住んでいるんですか?」

 「うむ。まあ、野菜もあるし、魔物の肉も手に入る。自給自足はできるから苦労はない。仙人みたいなもんじゃな」

 

 するとなぜかバスレー先生の目がきらりと光り、


 「ひとりなのにーー」


 口を開こうとするもーー


 「え? ひとりなのに千人、ですか? それはどういう?」

 

 マキナが首をかしげて疑問を口にし、バスレー先生は盛大に椅子から転げ落ちた。ファスさんは複雑な表情でマキナへ返す。


 「い、いや、その『千人』ではないぞ?」

 「マキナちゃぁぁぁぁん! 折角わたしが面白いことを言おうとしたのに天然ボケで潰すのやめてくださいよぉぉぉ!?」

 「え? え?」


 バスレー先生の勝手な言い分に困惑するマキナ。とりあえずバスレー先生は放置して話を続ける。


 「なら、町には行かないのか?」

 「そうじゃのう、行かないというわけではないが行く理由もないというのが答えになるかの。歳を取ると俗世に興味が無くなるものじゃ。これでも昔は”雷撃のファス”と呼ばれていたことがあるのじゃぞ?」

 

 そんな二つ名があったのか……ティグレ先生みたいだなと思っていたら、床に突っ伏していたバスレー先生が顔を上げて叫びだす。


 「あ!? そ、そうです! ファス……聞いたことがあると思ったんですよ、若いころは旦那さんと世界を行脚し、いろいろな魔物を倒し、あまつさえ武闘大会にも何度も優勝経験があるあの”雷撃のファス”!」

 「う、うむ、それじゃ……。お主若いのによく知っておるのう。もう俗世に出なくなってから久しいというのに」


 ファスさんが興奮気味のバスレー先生に困惑しながらうなずき答えてくれた。そこでマキナが察したようで、表情を曇らせてからつぶやく。


 「……そういえば旦那さん、居ないですね……もしかして亡くなったから山に……?」


 しかし、ファスさんとバスレー先生の言葉で俺たちはまたずっこけることになる。


 「いや、あの馬鹿旦那は後継者を探すんじゃとか言ってワシを置いて旅に出たのじゃ! もう二年は経つかのう。あやつももう歳じゃから山暮らしをしておったのじゃがな」

 「ええ、ええ、旦那さんは”空裂のハインド”ですからね、そう簡単に死ぬ男じゃあありませんよ! 足技が凄いんですよね!」

 「よう知っておるのう……怖い……」


 ファスさんが引き気味でバスレー先生から距離を取ると、マキナが質問をする。


 「なんで一緒に行かなかったんですか? ファスさんは後継者がもういるとか?」


 するとファスさんは寂しそうに微笑みゆっくりと首を振る。


 「……ワシらは子ができんかったのじゃ。だからワシらの技はここで終わりにしてしまおうとふたりで話しておった。子に継ぎたいと思っていたからな。では弟子を、とも考えたことはあったが後継にするにも、なかなか良い人材は現れんからな」

 「なるほど、それで旦那さんはどうして今頃?」

 「……退屈だと、そう言っておったな。まあ、山暮らしになってからも鍛えてはおるが、試す相手もいない。子もおらぬ故、成長を見届ける楽しみもないからのう。ワシもとは思ったが、いつお迎えが来るかもわからん。この慣れた家で死ぬのが良かろうと付いてはいかなかったのじゃ」

 「……」


 なんとなく、寂しい空気になり俺たちは黙り込む。


 だが――


 「ほっほ、じゃがワシにも楽しみができそうじゃ。マキナよ、ハインドのやつの悔しがる顔を見たい。ワシの技、受け継いでみる気はないか?」


 ファスさんはそんなことを言いだした!

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