第二百二十八話 バスレー先生のお仕事


 「コテンパンにしたみたいだね。ロイのやつが吹っ切れたみたいな顔で出ていったよ」

 「リネアさん、俺の実力を知ってて止めなかったな?」

 「え、そうなの?」

 

 戻ってきた俺達を見てにやりと笑うリネアさんを見て俺が尋ねると、リネアさんは大げさに手を広げて返してきた。


 「まあね。あたしの【慧眼】は見抜く力だから、ある程度相手のことは分かるのさ。ロイより強いのは分かっていたけど、つまんないことで絡んだのはあいつだ。最近調子に乗っていたのもあるし、いい薬さ」

 「人を使わないで欲しいよ、新人冒険者には優しくするもんだろ?」

 「初心者って強さじゃないと思うけどね。それで、今日は依頼をするの? めぼしいものだとこの辺りだけど」

  

 リネアさんが笑顔で依頼書を俺達の前に出してくる。俺とマキナはその変わり身に、呆れた顔で笑い依頼書を物色する。


 「これとかいいんじゃない? レッドエルクって鹿の魔物ですよね?」

 「ええ、目が真っ赤なことからそう言われているやつさ。王都から東の山に生息しているんだけど、内臓以外は全部使えるから買い手は多いよ」

 「初めてみる魔物だし、ね、ラースこれにしましょう!」

 「俺もちょっと見てみたいし、いいよ。それじゃリネアさんお願い」


 鹿なのに真っ赤なお鼻ならぬ、赤い目かと思いながら依頼書にサインをする。


 「はいよ、受領印だよ。山まではどうやって行くんだい?」

 「馬車があるから大丈夫だ、それじゃ行ってくる」


 気を付けてねとリネアさんがウインクをしながら俺達を見送ってくれた。装備は問題ないし、このまま馬車で行こうかと一旦家へ向かっている途中で俺は重要なことを思い出す。


 「あ! そう言えば一頭は朝バスレー先生が乗って行ったんだった……」

 「ええー……!? 朝、騒がしかったのはそのせいだったのね。どうする、歩いていく?」

 「それでもいいけど、夜の宴会があることをバスレー先生にも伝えたいし、ついでに馬を回収しようか」

 「それもそっか、それじゃお城ね」


 住宅街のある家の方角から足の向きを変えて城へと歩き出す。さて、バスレー先生は間に合ったんだろうか……?


 ◆ ◇ ◆


 「ケディさん、この予算は?」

 「ああ、これは領地の計上分だ、分配は問題ないだろ?」

 「これだと、被害の大きかったオリオラ領が厳しいじゃないですか。後はわたしがやっておきますから予算はいいです。それじゃ次は――」


 バスレーはギリギリ間に合わず、宰相のフリューゲルに怒られつつも何とか引継ぎの続きを再開していた。

 農林水産の予算・運営状況、各領地の現在の状況を前任のケディから教えてもらい、資料とにらめっこをする。


 「……漁業があまり伸びていませんね、港がある東の領地……ブルンネンにトレントは?」

 「あっちにはそれほど行ってなかったかな。視察には行ったけど、他国が良い船を造ったのか、漁獲が減っているみたいだ。こっちにも造ってくれと領主から依頼が来ている」

 「なるほど、それは他の大臣に任せて様子見と行きましょうか。グラスコ領はどうです?」

 「良くも悪くもって感じだな、腹違いの次男が帰ってから内政が少々不安定らしいが、作物の生産率は下がってないな」


 学院時代に面識のある、ルクスのグラスコ領は内政が不安定と聞いて少し残念がるバスレー。


 「そうですか……ルクス君、頑張ってるといいんですがね。さて、それじゃぱぱっと今後の予定と組みましょうか」

 「頼むよ。給金はいいが、俺じゃ農林水産大臣は務まらなかったぜ」

 「次は何をするんです?」

 「防衛大臣のサブだな。騎士や宮廷魔法使いのサポートだ」

 「ああ、ケディさんならそっちの方が向いているかもしれませんね」

 「はは、ありがとよ……ってはええぇな!?」

 「ケディさんがまとめてくれているのでこんなもんですよ。調査が一番大変ですからねえ」


 ペンを走らせながら資料に目を通すバスレー。そこへ執務室の扉がノックされた。


 「お仕事中申し訳ありません、バスレー様に『馬を返してくれ』と言う方が訪ねてきておりまして」

 「おっと、ラース君ですかね? わかりました、すぐ行きます。少し待っててください」

 「おう」


 ケディを置いて執務室からバスレーは出ていく――



 ◆ ◇ ◆



 マキナと俺は城へ到着すると、入り口の受付に用件を伝えその場で待つ。


 「忙しいかなあ?」

 「まあ大臣だし、引継ぎもやらないとだろうからな。父さんと兄さんの仕事を横から手伝っていたけど、領地内のことを色々やるんだ。その規模が国になるんだから大変だと思うよ」

 「そうよね……宴会のことだけ告げて歩いていかない?」


 やっぱり申し訳ないという気持ちが勝っているのか、マキナがそう言う。まあ、最悪レビテーションで飛んで行けばいいかなと思っていると、にこにこしながらバスレー先生が入り口から出てくるのが見えた。


 「やあやあ、子供達。寂しくなって会いに来たんですね?」

 「馬を返して欲しいって伝達したはずだけど……」

 「はっはっは、冗談ですよ! ジョニーはすぐにここに来ますので待っててください。どこか出かけるんですか?」

 「ジョニーって言うんだあの子」

 「適当に付けただけだと思うよ……俺達、依頼を受けたから東の山に行くつもりなんだ。それと今晩、ギルドで宴会をするらしいんだけど、バスレー先生も来る?」

 

 俺がそう言うと「ほう」と短く呟き、バスレー先生の目が光る。


 「いいですね……わたしも行きます!」

 「まあそう言うだろうと思ったけどね」

 「あ、ジョニーが来たわ!」


 マキナがもうジョニーと定着した馬に駆け寄り頭を撫で、手綱を使用人と交代しこっちへ引いてくる。


 「マキナに任せていい?」

 「もちろんよ。それじゃ行きましょうか」

 「うん」

 「そうですね!」


 俺達は揃って歩き出すと、バスレー先生も声を上げて歩き出した。


 「……なんで付いてくるんだ?」

 「え、今『わたしも行きます』って言いましたよね? ラース君も『そう言うだろう』って言ったじゃないですか」

 「え!? そっち!? 宴会の件だよ俺が言ったのは!」

 「まあまあ、山の状況を知るのも大臣の仕事……折角なので調査させてください」

 「仕事は大丈夫なんですか?」

 「今日やらないといけない部分は全部終わってますからね、ちょっとくらいなら平気ですよ」

 「まだ昼前だけどもう終わったんですか!?」


 マキナの驚きに頷きバスレー先生はジョニーにまたがり家の方角を指す。


 「いざ、東の山へ!」

 「名前ありそうだけどそれでいいんだ」


 ギルドに引き続き、ちょっと疲れそうだなと思いながら馬車を持ち出し東の山へ向かった。





 ◆ ◇ ◆



 一方その頃……


 「……帰って来ねぇ……」


 ケディが執務室で頭を抱えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る