第二百二十七話 驕りは身を亡ぼす
「始め!」
「可哀想だから一撃で終わらせてやる、彼女の前で恥をかきな!!」
ドウンが振り下ろした手を合図に、ロイは一足飛びで飛び掛かってきた。両手で剣を握り、言葉通り一撃で終わらせるつもりで俺の頭上に振り下ろしてくる。
「その筋肉は伊達じゃないか、だけどウチの先生に比べたら遅すぎる」
「ほざけ、もう避けられんぞ!」
「避ける必要は……ない!」
俺は右手に持った剣を構えて迎え撃つ姿勢をとると、ロイは馬鹿めと言わんばかりに口の端を歪めた。恐らく剣ごと叩きつけるつもりだろうけど、黙って待ち構えるほど俺は甘くない。
「はあああああ!」
「攻撃してきただと!? 馬鹿が、骨が砕けて後悔しろ!」
俺は下から斬り上げるように剣を振り、ロイの剣とかち合うようにする。直後、バギンという鈍い音が
し――
「ぐぬ……ま、まさか……!?」
――俺とロイの剣が交錯し、鍔迫り合い状態になっていた。
俺自身の力が強いこともあるけど、ロイが攻撃する元々の打点を俺からも攻撃することでずらしたため、ロイはそれに対応したつもりでも本来の力が出しきれず、簡単に受けきることができていた。
「あいつ、ロイの一撃を止めたぞ!?」
「あの細い腕で……」
「さすがラース! やっちゃえ!」
「もちろんそのつもりだ……! 食らえ、ドラゴンファング!」
「う、うお、どっち……ぐは……!?」
初見で見切れるはずもなく、ロイは右の胴と左腕に剣を打ち付けられ小さく呻く。しかしそこは一介の冒険者だけあって、無理に突っ込んでくることはせず一旦後ろに下がる。
だが俺は手を休めずにさらに追撃を仕掛けた。
「太ももが隙だらけだ、左ひじ、右肩も!」
「くそが……!」
「なんの!」
「マジかこいつ!?」
俺が攻撃をしている合間を縫って斬撃を繰り出してくるが、それをさっと剣で弾いてやると驚愕の表情を浮かべていた。
「おいおい、嘘だろロイ、真面目にやってんのか!」
「やっぱり手加減してやってんのかしら?」
外野が野次を飛ばしてくるが、ロイは俺の剣を受けながら大声で怒鳴る。
「う、うるせえ! 今倒すところだっての! ガキが調子に乗りやがって……思い知れ! ”ベアクラッシャー”!」
「む!」
必殺技か? 先ほどまでとは違う気配をまとった斬撃を繰り出してきた。見た目はあまり変わらないが、空気を切り裂くような速さと重さがある気がする。あれは当たったら痛そうだと思い受けるのではなく、横にひらりと回避した。
「避けた!? 今まで受けていたのに、こいつ……!」
「あいつ調子に乗っているわけじゃないな……きちんと見極めているぞ……」
空振りをしたロイが横目で俺に忌々しいとばかりに視線を向けてくる。俺はその隙だらけの体に『視せて』もらった技を叩き込む。
「あんたの技、借りるぞ! ベアクラッシャー!」
「ふざけたこと……ば、かな!? それはまさしく俺の――」
右肩にベアクラッシャーが炸裂すると、ロイは最後まで言い切れず一瞬で白目を剥き、地面に体が叩きつけられてバウンドした後、ぴくぴくと痙攣して動かなくなった。
「き、気絶……ラ、ラース君の勝ちだ……」
「うおおおおお! や、やりやがった!?」
「マジ!? リネアさんの【慧眼】で痛い目を見るって言われてたけど、そんな生易しいものじゃないわよ。ロイってあれでも結構強いし」
ドウンが勝敗を決した合図をすると、静まり返っていた外野が一気に騒ぎ出す。そこへマキナが俺に抱き着いてきた。
「やっぱりラースは強いわ! あ、小さいころ聖騎士部の試合で仇を取ってくれた時に似てるわね」
「はは、確かに似ているかも。あれは今回よりも酷かったけどね」
「あの時からラースを意識するようになったんだよね」
マキナは懐かしいと表情を緩め俺を見て微笑む。俺は微笑み返しながら木剣を私、ロイの下へ歩いていく。
「むう、見事に気絶している……」
「ごめん、ちょっとやりすぎたかも。ケガは俺が治すよ<ヒーリング>」
「回復魔法……神官やお医者さんでもないのに珍しいわね……」
「効果も凄いな……おい、ロイ、しっかりしろ」
あっという間に傷が消えたロイをドウンが揺り起こすと、ロイはうっすらと目を開け、周囲を見渡すと自分が倒れていることに気づき慌てて上半身を起こした。
「うお!? お、俺は……き、気絶していた、のか……」
「ああ、完敗ってやつだな。彼、ラース君は強いぞ」
「……」
ドウンの言葉にロイは黙り込み、スッと立ち上がると俺の前までやってきた。先に口を開いたのは俺だ。
「『上には上がどこかに必ずいる、慢心すると足を掬われる』俺の先生の言葉だ。マキナをナンパするまではよくあることだけど、その後俺達を舐めてかかってきただろ? 初めて見る顔は特に警戒しろって先生は良く言っていたよ」
「……ラースとか言ったか、お前の言うことはもっともだ。はっはっは、完敗だ! 絡んだりして悪かったな」
「うわ……!?」
ロイはそう言って笑い、俺の肩をバンバン叩き始めた。
「その先生とやらも相当な実力者なんだろうな。確かに俺より強い奴はこのギルドにもゴロゴロいる。弱そうに見えるやつがそうだとは限らない、師匠に教えてもらったことを思い出させてくれた。どこか奢りが芽生えていたんだろうな」
そう言うロイは遠い目をして空を仰ぐ。何か吹っ切れたような顔をしているけど、こういう手合いはだいたい反省してくれるのでロイもそういうタイプだと思う。
それとアンリエッタにも言ったことだけど、中途半端に力を手に入れるのが一番怖い。
それに加えて、ある程度慣れが出てくると段々自分の実力というものが分からなくなるものだ。師匠はティグレ先生みたいな人だろうか? いい言葉を伝えているみたいだけど。
「しかし、お前の強さは少し異常だぞ……? 体格差をものともしない身体バランスもそうだが、何より俺の技をあの一瞬でコピーするとは……スキルのおかげか?」
「もちろんそうだよ。俺のスキルは【器用貧乏】なんだけど、視ることができる魔法や技は使えるようになる」
俺がそう言うと、マキナ以外の全員が目を丸くして驚いていた。
「【器用貧乏】!? あのハズレだって言われているアレ!?」
「何でも使えるようになるってヤバくない……?」
「多分”器用” ってのはそこから来ているのかもしれないな」
俺達をよそにハズレスキルがこんなに凄いのかと議論が始まる。しかし、すぐにひとりの冒険者が声を上げる。
「ま、何でもいいぜ! こんな強い奴が依頼を受けるようになるなら大歓迎だ!」
「そうね! よーし、今日は宴会だ! ギルドの二階を貸し切りにしましょう、依頼が終わったら集まる感じでいいわよね?」
「え? ああ、俺達は構わない。あ、その時ひとり増えてもいいか? 多分呼ばないとめちゃちゃ暴れる人が居てさ」
「全然かまわない。さて、それじゃ俺達は依頼に出かけてくる。君達が依頼をするか分からないけど、夜になったらまたギルドを尋ねてくれ」
「わかりました!」
ドウンの言葉にマキナが元気よく返事すると、一行は訓練場から出ていく。依頼を受けてるのに俺と戦ったのか……
「他にどんな人が居るのか楽しみね。ナンパとかはごめんだけど」
「だな。でも、あの様子なら事前にドウン達が喋ってくれそうだからちょっかいはかけられないで済むと思う。さ、俺達も何か依頼でも見てみよう」
……これで、妙なことは終わりになるはずだと俺は考える。ロイには悪いが、宣伝のため利用させてもらった形だ。ま、実際マキナにナンパしたのは事実だけど。
この町での生活は何事も無くいけそうだと俺は少し足取りを軽くしてギルドの中へ戻っていった。
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