第二百二十四話 バスレーの思惑


 「で?」

 

 宙ぶらりんで簀巻きにされているバスレー先生の前で、仁王立ちのマキナが珍しく怒りの表情で問う。 するとバスレー先生はもぞもぞと動きながらこんなことを口にした。


 「兄ちゃんから逃れるために城を出て来たんですよ。義理の兄はシスコンを越えてわたしと結婚しようと狙っていますからね」

 「それはいいですけど、どうしてウチに来たんです? それにまだ教えていないのによく分かりましたね」

 「貸家を取り扱っている店はそう多くないですからね。ここはわたしの庭ですよ? 小躍りしているノルマが歩いていたので拉致して吐かせました」

 「個人情報もクソもないな……」


 まあ、この世界はその辺緩いから致し方ない。だけどその説明でもここにバスレー先生が来る理由にはならないので俺からも尋ねてみる。

 

 「逃げるだけならここに来る必要はない気がするんだけど、何か用があったとか?」

 「ええ、国王様からラース君の居場所は把握するように言われてまして、探していたことがひとつ。それと……」

 「それと……?」


 マキナが揺れるバスレー先生を手で止めてオウム返しをすると――


 「……わたしもこの家に住まわせてもらえないでしょうか?」

 「いやいやいや、城に自分の住まいがあるんだからダメだって!」

 「そうですよ、こればっかりはバスレー先生でもダメです!」

 

 俺達がやんわりとお断りすると、バスレー先生が激しい動きで暴れ出す。


 「いいじゃないですか! 助けると思ってお願いしますよ! わたしのことは空気以下として扱ってもらって構いません! それにその……え、えっちなことをする時はちゃんと出ぶふぉ!? やめて!? ぐるぐるしないで!?」

 

 顔を赤くしたマキナにぐわんぐわんと回され、バスレー先生がぐったりと項垂れる。俺は頭を掻きながら口を開く。


 「うーん、バスレー先生ならお金持っているだろうし、わざわざ俺達と住まなくても自分で借りたらいいんじゃない? 野営とかならいいと思うけど、元生徒、それも恋人同士の家に住むのは辛くない? ご両親の家は?」

 「ラース君が容赦ない!? ぐさぐさ刺さる……兄ちゃんは城で、実家だとお見合い攻撃が嫌なんですよねえ……ここなら兄ちゃんがラース君に嫉妬して何かやらかそうとしても強いし、マキナちゃんがいるので誤魔化せる……そういうことです」

 「お兄さん、相当ですね……結構イケメンだったし義理のお兄さんなら結婚してもいいのでは……?」


 マキナが困った顔でそう言うと、バスレー先生がもぞっと動いて真面目な顔で呟く。


 「……まあ、嫌いではないんですがね。だけど子供のころから一緒だし、兄ちゃんは兄ちゃんだから恋愛感情は無いんですよ。それを知っているから両親はお見合いを薦めてくる。で、わたしはそんな兄ちゃんと距離を取るため大臣を辞退したんですよ」

 

 それでオヴリヴィオン学院に来たのだそうだ。

 今の大臣も優秀だけど、やはり大変なようでバスレー先生を戻して欲しいとずっと言い続けて六年。俺がこっちに来るのと同時に戻ることにしたらしい。


 「ガストの町でイケメンでも捕まえてのんびり暮らすつもりでしたが、ルシエールちゃんの誘拐事件で組織の匂いがしました。それを国王様に報告したところ、今度はほぼ強制的に戻って来いという話になりまして……」

 「あの時か……。そんなことをしていたんだ」


 俺が言うと頷き、

 

 「元々”福音の降臨”はマークしてたんですよ。だからトレント騒ぎも怪しいと思い、コンラッドさんに話を聞けたのは僥倖でした。で、先日レッツェルという組織に関連がある男を倒したというラース君。そいつが生きていることがケルブレムの話で分かりましたよね? だからそいつがラース君に復讐でも考えていれば、捕らえて”福音の降臨”の情報を得られるのではと思い、一緒に居たいと考えています」

 「なるほど……」


 キリっとした顔でバスレー先生は理由を言った。逃げてきたのは本当だろうけど、もしかしたら国王様に任務として言われているのかもしれないな。


 「ふう……それは国王様に頼まれている、ってことでいいかい?」

 「……ま、そう思ってもらって構いません」

 「なら仕方がないわね。私はいいわよ」


 マキナが腰に手を当て、嘆息しながらそう言う。さらに続けて、


 「どっちにしてもバスレー先生は城でお仕事をするんでしょ? 私達も依頼で家に居ないこともあるだろうしね。で・も! 国王様が私たちを使うつもりなら、この家のお金を少し払って欲しいわ! バスレー先生が住むならタダって訳にはね」

 「ああ、そこはもちろんわたしから交渉するので安心してください。ラース君もいいですかね?」

 「まあ、人が多いに越したことは無いからいいけど。だけど、積極的に”福音の降臨”に関わるつもりはない」

 「そこは問題ありません。恐らくその時は依頼を出すと思いますよ」

 「なら俺もいいよ」


 それを聞いて俺は頷き、家に住むことを了承した。


 ――あまりいい噂を聞かないべリアース王国とかかわりがある”福音の降臨”と俺個人がことを構えるのは良くない。

 さらに言うと、レッツェルが生きていたとしてもこちらからわざわざ探しに行く必要もないだろう。余計なトラブルは避けたい。


 「それじゃそろそろ解いてもらえますかね……? わたしもうお腹ぺこぺこで……何かお酒でも飲みに行きましょう!」

 「もう、調子がいいんだから」

 「ああ、もうマキナちゃん優しい! 女神! 今日は報酬も入ったので奢りますよー!」

 「あ、それはいいかも? 夜しかやってないお店とかあるのかな? バスレー先生ならいいお店を知ってそう」

 「ええ、ええ、それはもちろん!」


 なんだかんだでバスレー先生との仲はいいマキナはさっきの怒りはどこへやら、夕食談義を始めていた。

 しかし、レフレクシオン王国はよほど”福音の降臨”を警戒していると感じる。少なくとも、ガスト領、オリオラ領は解決したけど、まだ警戒の手を緩めていないのがその証拠だ。

 それが何を意味するのか今はまだ分からないが、俺はティグレ先生と学院長先生にレッツェルが生きていたことを手紙に書かないといけないなと思うのだった。

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