第二百二十五話 始まる新生活
「ふあ……ここは……って、そういえば昨日から王都で家を買ったんだっけ……」
昨晩はバスレー先生が新居祝いだと食べ飲みを奢ってくれた。結構お酒も飲んだのでまだ少し眠い。水を飲もうと体を起こすが、不意に重さを感じた。
「すぅ……すぅ……」
「いつの間にかマキナが隣に……寝るときにはいなかったと思うけど……」
俺の腕をがっちりロックして眠っており、まだ起きる様子もないので絡められた腕を外して布団をかけてから部屋を後にする。いつもならランニングをするくらい早起きなんだけど、緊張と旅疲れで珍しく起きなかった。
「……近くで寝顔は初めて見たな」
前世じゃ彼女なんて夢のまた夢だったから、それこそ夢みたいだと思いながら自身の頬を引っ張りながらリビングへと行く。
「……痛いな」
そして足を運んだリビングでは、酒瓶を抱いて眠るバスレー先生の姿があった。この人も『黙っていれば』ベルナ先生クラスの美人で、さらに賢いため性格さえまともであったなら……いや、やめておこう。
俺はキッチンで水魔法を使ってコップに水を入れてごくりと飲む。洗面台で顔を洗い、俺はソファに腰かけた。
「ふう……さっぱりした。バスレー先生が居てくれて良かったかもしれないな、あっさり一線を越えそうで怖いや」
床でいびきを立てるバスレー先生を横目に見て、俺はそこでハッと気づく。
「バスレー先生、仕事は!? そういえば昨日引継ぎするって話じゃなかったっけ!?」
確かそんな話をしていた気がする。俺が慌てて体をゆすると、バスレー先生は寝返りを打ち何やら呟く。
「う、ううーん……ラース君、大胆ですねえ……お姉さんと一緒に寝たいんですか……?」
「色々な意味で寝ぼけてる場合じゃないよ、城に行かないとまずいんじゃないか?」
俺がそう告げると、バスレー先生はむにゃむにゃした後、目をカッと見開き上半身を起こした。
「朝!? い、今何時ですか!」
「もう九時を回ったよ」
「ひいい!? それはマズイ……! すみませんが、わたしはお城へ行きます、鍵は一本借りていいですかね!?」
「これ、持って行っていいよ」
俺は二本ある鍵の内一本を慌てて出ようとするバスレー先生に投げ渡し、パッとそれを受け取って玄関へ向かう。
「ありがとうございます! それじゃ家のお金の調達と仕事に行ってきますよ!」
「はいはい、気を付けて行ってきてくれ」
バスレー先生は玄関から勢いよく出ていき、俺はそれを見届けるとソファに座りなおそうと踵を返す。しかしその瞬間――
「ひひーん!」
「さあ、ジョニー! なるべく急いでください! 餌は期待していいですよ!」
「ひひん♪」
「え!?」
慌てて窓に駆け寄ると馬にまたがったバスレー先生が家の庭から飛び出したところだった。相変わらず俺の考えを斜め上から覆してくれる……後、勝手に名前つけてるし……
(な、なんだ!? 馬!?)
(うおおお!?)
(待てい、そこの馬に乗った女! ……貴様バスレー!? 帰ってきてたのか!? おいこら、止まれぇぇぇぇ)
窓を開けると、静かだった朝が一気に騒がしくなった。
「ちゃんと連れて帰ってくれよ……?」
「あふ……今、凄い音がしたけど何……?」
「いや、何でもないよ。おはようマキナ」
「おはようー……」
「はは、俺より遅いのは珍しいな。水、飲むだろ?」
「ありがとう」
マキナは寝ぼけまなこで微笑み、水を受け取るとこくこくと飲んだ。一息ついたところで、マキナがソファで伸びをしながら俺に聞いてくる。
「あれ? バスレー先生は?」
「城に仕事へ行ったよ。夜まで帰って来ないと思うから昼の活動は俺達だけだな。とりあえず今日だけど、昨日の夕食の時に話していたとおりギルドへ行こうと思うんだ」
「うん。お金は稼がないと、私もラースに頼ってばかりは嫌だし、腕が鈍らないようにしないといけないもんね! それじゃ準備をしてくるわ」
マキナはそう言って自室へ戻り、俺も着替えるため部屋へ行く。
程なくしてオリオラの町で買った装備品に身を固めた俺達は、戸締りをした後庭に一頭だけ残された馬に餌と水を与える。
「多分夜には帰って来るから、大人しく待っていてね」
「ぶるる」
馬は短く鳴いて餌に口をつけるのを見届けてから家を後にする。
そして俺達の朝食は無し。何故なら昨晩食べ過ぎたので今はいいかとマキナと意見を合わせた。
道路へ出ると、俺達は昨日バスレー先生が教えてくれた場所へと向かう。ギルドは商店街と住宅街を二つに分けている大通りに面しており、出口にあたる門や城へ行くのに便利な場所らしい。
王都だけあって人の往来も冒険者も多いのでギルドは他の町より目立つ場所に建てたのだとか。
「えっと、確かこっちだっけ?」
「確かそうだな……ほら、大きな看板があったよ」
「ふふ、新しい場所はドキドキするわね」
同意だなと思いながら開け放たれている入り口を抜け、ギルドの中へと足を踏み入れる。すると例外なくというか、受付の人に話しかけられた。
「いらっしゃい! って、初めて見る顔ね」
「ええ、昨日からこの町に引っ越してきたんですよ。これ、ギルドカード」
「私もお願いします」
受付で声をかけてきたのは緑色の髪をしたポニーテールの女性で、即座にカードを確認すると、笑顔で返してきた。
「ラース=アーヴィングにマキナちゃんね。ラース君は名前も含めて。見るからに貴族って感じだけど、冒険者なんだ?」
にやりと笑って俺を値踏みするように視線を向けてきたが、俺は涼しい顔で答える。敬語は必要なさそうだ。
「ああ。領地は父さんと兄さんが守っているからな。俺はこうして色々な人と出会って、知識を広めようかと思って選んだんだ」
「ふうん……マキナちゃんは……彼女って訳?」
「ええ、まあ……」
「恋人同士、か。貴族の道楽って感じにみえるけど、そんなに甘くないよ?」
「大丈夫だ。俺もマキナも子供のころからギルドで魔物退治の依頼をこなしているしな」
俺がそう言うと、女性は先ほどまでの嫌らしい笑いではなく、からからと笑いだした。
「あっははは! いいね、その目、タダのボンボンじゃなさそうだ。あたしはリネア。イルミネートの受付嬢だよ。ハッタリじゃないことを見せてもらいたいところだね」
「少し前にオリオラの町でトレント騒ぎを解決してきたところだけど?」
「へえ……?」
俺が冗談を言ったように聞こえたのか、目が鋭く光る。話を続けようとしたところで――
「お、新人か? ……なんだ、随分いい女を連れているな。そんなひ弱そうなヤツなんかやめて、俺と付き合わねぇか?」
「え? お断りしますけど……」
「興味ないってさ、俺も渡すつもりもないし、そういうわけだから話の邪魔をしないでくれると助かるよ」
「こ、こいつら舐めやがって……!?」
――ナンパ男が声をかけてきたが一蹴した。いつかこういうやつに出くわしそうだと思ったけど、案外早かったなあ。
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