~幕間 7~ 暗い影


 ラースが王都へ向かっている途中、サージュもアイナの【召喚】で無事戻り、平和な日々を取り戻していた。


 「サージュどこー?」


 昼に近いほどの時間、アイナはサージュを探して屋敷の中を歩いていた。先日書置きを残して散歩をしていたサージュの姿がまた見えないためだ。そこで部屋から出て来たノーラと出くわす。


 「どうしたのーアイナちゃん?」

 「あ、ノーラちゃん。サージュを見かけなかった?」

 「え? オラは見てないけど、また居ないのー?」

 「うん。【召喚】は拒否されるから足で探した方が……あ、いた! ノーラちゃんまたね!」

 「また後でねー」

 

 アイナは廊下の向こうでパタパタと飛んでいくサージュを見つけ、アイナはノーラにハイタッチをして駆け出していく。


 <ふあ……この前はなかなか楽しかったな。また喚んで欲しいものだ……>

 「何のこと?」

 <うおわ!? ……なんだ、アイナか。急に現れるんじゃない、びっくりするだろう?>

 

 サージュがそう言うと、アイナはガッとサージュを掴んで胸元に引き寄せて口を尖らせる。


 「また居なくなったかと思ったんだもん。……ねえ、何日か散歩に行ってたけどどこに行ってたの? ……ラース兄ちゃんの匂いがしたけど、まさか行ってた?」

 <ギク!? ……い、いや、それはないぞ。もし追いつこうと思ったら我は大きくならなければならん。それだと人目につくだろう? 夜だと、ふたりを見つけるのも難しいしな。適当に山に行って魔物と戦い、腕が鈍らないようにしていたのだ>

 「うーん……」


 納得のいっていないアイナだったが、現在サージュが傍にいるので難しいことを考えるのを止めた。


 「ま、いっか! あーあ、ラース兄ちゃんに会いたいな。マキナちゃんずるいよ」

 <恋人同士だからそうなるものだ。アイナは勉強を頑張らないとなまだ五年あるから急ぐ必要はないが>

 「ティリアちゃんとお勉強してるから大丈夫だよ! だってティリアちゃんのパパとママは先生だもん」

 <まあな>


 それも一流と言って過言ではないレベルのふたりだとサージュは胸中で付け加え、アイナの将来が楽しみだとにやりと笑う。


 「それじゃお昼ご飯を食べたらティリアちゃんのところへ行くよ。サージュも来るでしょ?」

 <そうだな、どうせ屋敷に居ても暇だし、我も行こう>

 「わーい!」


 アイナはサージュを放さずそのまま食堂へと向かい、母マリアンヌがメイドと一緒にお昼ご飯を用意しているところへ話しかける。


 「ママ、今日はティリアちゃんのところへ行ってくるね!」

 「あら、そうなの? サージュも一緒?」

 <うむ>

 「じゃあ、私が行かなくても大丈夫かしら。アイナ、ベルナ先生にお薬とノーラの焼いたお菓子を持っていってもらえる?」

 「うん、いいよ! お使いする!」

 「うんうん、いい子ね。それじゃお昼を先に食べましょうか、パパとデダイトお兄ちゃんはお仕事で帰って来るのは夕方だし」


 マリアンヌがそう言って微笑み、ノーラを食堂に呼んでから全員で昼食を取る。

 そしていつもの帽子を被り、木剣を持ち、カバンに薬とお菓子を入れてからアイナは屋敷を後にした。


 <……そろそろ放してくれないか? 我は逃げないぞ>

 「ダメ! サージュは目を離すとすぐどっか行っちゃうから」


 口を尖らせてアイナはサージュを見ながら言い、サージュは顎に手を当ててため息を吐く。まあしばらく心配させたし良いかと大人しく抱っこされているとアイナは知らない昔の家へと到着する。

 庭で洗濯物を干していたニーナを発見し、アイナは笑顔で駆け出し挨拶をする。


 「こんにちはー!」

 「あらアイナちゃん! どうしたの? トリムに会いに来たのかしら」

 「今日はティリアちゃんのところー! あ、そうだ……」


 アイナはごそごそとカバンを漁りノーラの作ったお菓子の袋を一つニーナに渡す。


 「ノーラちゃんが作ったお菓子だよ! みんなで食べてって」

 「ありがとー♪ お使い偉いわアイナちゃん。……トリムも見習いなさいよ?」

 「……!」


 ニーナが背後に目をやると、家の扉の陰からトリムが隠れるようにこちらを見ていることにアイナが気づき手を振って笑う。


 「トリムくーん、こんにちはー!」

 「う、うん……なにしてあそぶの?」

 「ごめんね、今日はティリアちゃんのところに行くからまた今度遊ぼうね! それじゃニーナおばさん、またね!」

 「え……!」

 <また屋敷に来てくれ>


 意外な返事にトリムは驚き、アイナは手を振りながら山へ向かい走り出す。ニーナはその背中を笑顔で見送った後、ため息を吐いてからトリムを抱っこして口を開く。


 「……トリム、あんたアイナちゃんのこと好きならちゃんと言わないと?」

 「す、すきじゃないもん!」

 

 トリムはわっとニーナの首に抱き着き強がった。ニーナは苦笑しながらぽんぽんと背中を叩きながら、

 

 「もらったお菓子を食べましょうか。また来るといいわね」


 トリムは無言でこくりと頷き家の中へ入って行くのだった。

 

 一方、軽やかに山道を上がっていったアイナはすぐにティリアの住む家へと到着した。庭にティグレとティリアが居て気づいたティリアがアイナに突撃していった。


 「アイナちゃんだー!」

 「ティリアちゃん、遊びに来たよ!」

 「おう、ひとり……じゃねぇな、サージュも一緒か」

 <うむ。この通り捕まえられていてな、まあどちらにしてもアイナだけにするつもりはないが>

 「まあそうだろうな。そうじゃなきゃ奥さんが来るだろうし」

 「ママはサージュが一緒だから行っていいって。はい、ティリアちゃんのパパ!」

 「ん? こりゃお菓子か、美味そうじゃねぇか。おやつに食べるか」

 「えー、今食べたい……」

 「さっきお昼を食ったばかりだろ? ちょっと遊んでからママにジュースを用意してもらおうな」


 ティグレが微笑みながら娘の頭を撫でると、ティリアは頬を膨らませた後ティグレに言う。


 「わたしのはオレンジジュースにしてね!」

 「おお、怖い怖い。ママにそう言っておくぜ。遊んでいてくれ」

 「「はーい」」


 ふたりが返事をすると、サージュに目配せをして家の中へ入って行く。見ればベルナが玄関から手を振っていた。


 「娘のことよろしくねぇ♪ すぐわたしも混ざるから」

 <早く頼むぞ>

 

 その後、アイナとティリアは剣の稽古とベルナの魔法訓練をし、アイナは満足気な顔で家路に帰路へつく。


 <いい剣筋だったな、やはり兄妹のせいかラースに似ている>

 「本当? だったら嬉しいな。魔法はちょっと苦手だけど……」

 <焦ることは無い。学院に行くまでに教えてもらえるのは稀らしいからな、運がいいと思え>

 「うん。がんばろっと! ……あれ? あのおじさん何しているのかな?」

 <む……>


 アイナが何かに気づき指をさすと、そこにはぼさぼさの髪をして、恨みがましい目で屋敷を見ている男が居た。サージュが視線の先を見ると、ノーラとデダイトが目に入る。


 <(何者だ? 見たことが無い男だが……)>


 サージュが胸中で呟くと、アイナはてくてくと歩いて屋敷に近づく。その時――

 

 「……ノルトめ……勝手に結婚なんかしやがって……! 俺の息子なのに何も知らせないとは孤児院の連中も腹が立つ……」


 ぶつぶつと怒りを露わにして何やら呟いていたがサージュとアイナの耳には届かず、屋敷に入ろうとしたアイナと目が合うと、男は目を逸らし、そそくさとその場を離れる。


 「……なんだったんだろうあのおじさん……」

 <分からんな……一応不審人物だということは知らせておくか>



 ――夕食時、ローエン達にそのことを話すとしばらく警戒と警護団の巡回を強化しようという話になり、次の日から実行されることになった。

 

 屋敷を見ていた人物。それはノーラの父親だった。遠くの町へ飛ばされていたが、この町へ戻ってきていたのだ。ノーラが結婚していることを知り、父親に告げず勝手なことをしたことを怒っていた。




 「……くそ……しかし領主の息子と結婚するとは……あれじゃ近づくのも難しい……」

 

 顔を知られているため、町の隅で酒を飲んで独り言を言っていると――


 「そこの方、どうしました?」

 「あん? なんでもねぇよ……あっちに行きやがれ!」


 柔和な笑顔の男に話しかけられていた。ノーラの父親は追い払おうと酒瓶を投げつけるが男は怯むことなく近づいてくる。


 「何かお困りごとのようですね? どうです、この”福音の降臨”の使徒であるエレキムにひとつ話してみませんか? 解決できるかもしれませんよ……?」

 「ああん……?」


 そうして夜の闇に消えていくふたり。


 この出会いによりガスト領が危機に陥るのは、まだ少し先の話――

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る