第二百二十二話 家を求めてガラガラと
「あっちが商店みたいね、看板があるわ。住宅街は向こうかな?」
「身を乗り出したら落ちるよマキナ。さて、家を取り扱っているお店を探さないと」
「その前にお昼にしない? 緊張から解放されたらされたでお腹ぺこぺこよ……」
ガラガラと町中を馬車で進みながらそんな話をする俺達。
とりあえず国王様への挨拶も終わり、言い方は悪いが義理は果たしたので俺としては自由になったと言えるだろう。
城仕えになったら見聞を広めるどころか視野が狭くなりそうだと思ってのことなので、後悔はない。
「俺も腹が減ったんだけど、よく考えたらこの馬車をとめるところは無さそうだろ? だから先に家かなと思うんだ」
「あー、確かにそうかも。うん、分かった! なら借家屋さんがどこかに無いか聞きましょうか」
マキナはそう言って馬車から飛び降りると、近くのおばさんに声をかけ始めた。馬車はゆっくり歩かせているので飛び降りることはマキナには容易だ。
「こんにちは! 私達、今日からこの町で住むんですけど家を取り扱っているお店をご存じありませんか?」
「はい、こんにちは。あら、住人になるのね、家を貸す店は商店の方にある”プラテーリア”ってお店があるからそこで話をするといいわ。彼氏? いや、旦那さんかしら? いいわねえ若いってのは。はあ……ウチのやどろくも昔はねえ……」
「あ、あはは、ありがとうございます」
ぼやきながらマキナに手を振って去っていくおばさんの背中を見送ると、俺達は商店街へと馬車を歩かせる。
「わー、おうまさんー!」
「すげぇ馬車だー!」
「危ないから離れてくれよ?」
商店街は賑わっており、子供達が寄ってくる。俺は微笑みながら窘めていると、脇に立っている大人たちも口を開く。
「貴族か? ……いやお付きの人がいないな……」
「でも身なりがいいし、男はイケメン、女は美人だぞ」
「……目立ってるわね……」
「ああ……」
道が広いから馬車で来たけど、乗り付ける場所じゃなかったかと顔を赤くする俺達。門番のクルイズさんに預けるべきだったか。一旦戻るか進むか逡巡した瞬間、マキナが指をさして声をあげた。
「あれじゃない? 看板があるわ」
「本当だ、急ごう」
好奇の目にさらされているのはそろそろ勘弁して欲しいなと思いつつ馬車を急がせた。空地のようなものが無いので店の前に馬車を止めて俺とマキナは店に入って行く。
「こんにちは、物件が見れると聞いたんですけど」
「お客さん! いらっしゃませ! 活きのいいのが揃ってますよ!」
「あ、すみません間違えました」
俺が声をかけると、中から片目を隠した眼鏡の男が歓喜の声を上げたので俺はつい出ようとしてしまった。
「待って待って!? 家を探しているんですよね? 間違ってませんって!」
「何か知り合いと同じ匂いがしたので……」
「あはは……」
俺の言いたいことが分かったらしく、マキナが乾いた笑いを浮かべていた。男は揉み手擦り手をしながらカウンターに俺達を誘う。
「ささ、どうぞこちらに。申し遅れました、わたくしプラテーリアの店長兼従業員のノルマと申します。以後、お見知りおきを。早速ですがご希望の間取りなどはありますか?」
黒縁眼鏡の男、ノルマはサッと名刺を取り出し俺達の前に差し出す。その名刺を手に取りながら、マキナに言う。
「俺は特にないから、マキナとりあえず言ってみてよ」
「うん、いいのかな? えっと、まずお風呂は絶対欲しいわね。次はキッチンね。広くなくていいけど、別テーブルがあるといいかな? 部屋はリビングとふたつあればいいかしら? あ、ペットを飼える庭もいいなあ。商店街に近いところってありますか?」
「ちょ、ちょ、ちょ……!?」
マキナがスラスラと嬉しそうに語ると店員がずり落ちた眼鏡を直しながらストップをかけ、話し始める。
「彼女さん、流石にそれは難しいですよ?」
「やっぱりそう都合のいい物件は無いですか?」
「いえ、無いことも無いんですが……見たところお二人ともお若いですし、家賃が払えないかと……」
「ああ、それなら――」
と、俺がカバンに手をかけたところで、ノルマがぺらぺらと口を開いた。
「まあ身なりはいいみたいなのでお金はお持ちだとは思うんですけどね? 今彼女さんがおっしゃった家なら最低月八万ベリルはかかりますよ? 難しいでしょう? お二人ならこれくらいじゃないでしょうか」
そう言って出してきた資料は、風呂無しでリビングとキッチンが一緒になり、寝室しかないすごく狭い部屋の間取りだった。別にこういうのでもいいけど、俺は尋ねてみる。
「……ちなみにいくらなんだい?」
「そうですね、結構古い建物ですし二万ベリルですかねえ。隙間風などあるみたいですが、そのあたりはご自身で修繕してもらっても構いませんよ? これくらいなら払えるでしょう」
「うう……」
なるほど、見た目で人を見下すタイプか。マキナが隣でしゅんとなったため、俺はノルマに対しイラっとした。
なので、カバンから予定より多めの札束を取り出し目の前に積んで言い放つ。
「さっきマキナが言った家、これなら足りるか?」
「え……? えええええ!? こ、これ、ほ、本物……? ま、まさか……ほ、本物だ……あ、あなた様は一体……?」
冷や汗をかきながらひくついた笑みを見せながら揉み手をするノルマに、俺はずいっと身を乗り出してノルマの目を見ながら言う。
「俺はラース=アーヴィング。一応、ガスト領の次男だよ。それと、レオール商会を通じて服のデザインをしているんだ。だから……お金はあるんだけど?」
「貴族のお坊ちゃま!? それにレオール商会の衣装だって……へ、へへ……」
俺が目を細めて憮然とした表情で離れると、ノルマはカウンターに乗って正座して土下座を始めた。
「もーしわけございませんでしたぁぁぁぁぁぁ!」
「まったく……人を見た目で判断すると痛い目に合うよ? それで家があるなら案内と契約をしたいんだけど」
「は、ははあ……! ふう……寿命が百年は縮みましたよ……」
「それは死んでいるんじゃ……」
マキナがツッコむがノルマはへらっと笑いながら俺達に言う。
「そうですねえ、おふたりはどのくらい滞在されますか? もし長期滞在ならこういっちゃなんですがラース様ほどの資産があるなら購入した方が安いかと思いますよ」
「……購入か」
そう言われて俺は考える。
確かに月八万ベリルを年間払えば八十万以上になる。それが三年続けば三百万近くの出費。手持ちはあるし、レオールさんからもお金は送られてくる。どこか別の国に行く時は売却すればいいか?
俺は少し考えた後、ノルマに返事をした――
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