第二百二十一話 謁見の間にて


 「――という次第で、黒幕のケルブレムというギルドマスターと仲間による犯行。そして彼らは”福音の降臨”のメンバーだったということです。ガスト領、オリオラ領に潜り込んでいたことを考えると、他の場所も調査が必要ではないでしょうか」


 ……相変わらずきちんとした時にはすらすらと報告をするバスレー先生。しかも一から十まで分かりやすく、次の手まで進言していた。

 国王様は難しい顔をしてバスレー先生からの手紙を揺らしながら口を開く。


 「……大変な任務ご苦労だった。道中にオリオラ領に行くとは思わなかったが、解決出来て良かった」

 「ええ、ひっかき回した形になりますがあのまま放置されていたらもっとトレントが増えていた可能性が高かったでしょう。それとトレントの発生源は冒険者数十人でも取り壊すことも難しかったことを踏まえると、ラース君達が居たあの状況が最善だったと考えます」

 「うむ、状況は分かった。フリューゲル、それとなくでいい、各領へ人員を手配してくれ。バスレーは明日からケディと大臣の交代のため引継ぎを頼む」

 「かしこまりました」

 「承知しました……あの、補佐とかそう言う話でまとまったりしませんか……? ほら、オリオラ領の件を解決したわけですし、わたしの好きに……」


 何故か大臣に戻れることに困惑するバスレー先生に、国王様はぴしゃりと言い放つ。


 「優秀な人材を放っておくわけがなかろう……。それにヒンメルが言っていたぞ、前に辞めたのもわざとミスを仕掛けて辞めやすいようにしたらしいとな。それで呼び戻した次第だ」

 「ぐぬぬ……兄ちゃんの仕業か……!」

 「え、バスレー先生お兄さんがいるんですか!?」

 「……ええ、まあ、そうですね……両親も健在ですよ……」


 何故か歯切れの悪いバスレー先生は諦めたように項垂れ、ため息を吐く。そこで事件の話は終わり、今度は俺達に視線が移り国王様が喋りだす。


 「さて、次はラースだな。まずはオリオラ領のトレント騒ぎを解決してくれたこと、礼を言う。それと元気そうで何よりだ、あれから別の領の収穫祭があったから、今日まで会うことは叶わなかったな」

 「はい、あの時恩情をかけてくださったおかげでこうして生活できています」

 「まあ、運が良かったと片付けるにはなかなか危ない事件だったが、主犯のブラオも大人しく受刑し、今では平和に暮らしているのは何よりだ」

 「……それが」


 俺は笑う国王様に申し訳ないと思いつつ口を挟む。


 「あの時、大暴れをしたニセ医者である男、名をレッツェルというのですがヤツは生きているとケルブレムから聞かされました」

 「なんだと……!」

 「はい。残念なことですが、あの凶悪な男はまだ生きており、さらに”福音の降臨”のメンバーだそうです」


 そこまで話すと、国王様は冷や汗をかきながら険しい顔で続ける。


 「承知した……どちらにせよ組織に対して警戒はせねばならんから、同じく注意をするよう呼び掛けておく。何か特徴などあればいいのだが……」

 「それについてですが、組織の人間には体のどこかに刺青があります。サソリが鎌を持った薄気味悪いやつで、呪いに近い何かを付与しているようです」

 「おお、そこまで……! よし、その情報も拡散だ、刺青はいい目印になるな」


 一番有力な目印である刺青の情報に色めき立つ国王様。これで福音の降臨のメンバーを追い込むことができればいいと思う。

 だけどあいつらは追い詰められた時に何をしでかすか分からないのが少々怖い。が、それでも知らないよりはいいかと思ってのことだ。どちらにせよバスレー先生が伝えるであろうことも踏まえて。

 そこで国王様が宰相のフリューゲルさんと話を始め、オルデン王子が俺に話しかけてくる。


 「いやあ、やっぱりラースはすごいな。あのトレント騒ぎ、水面下じゃ結構問題になっていたんだ。それを解決するとは驚いた」

 「はは、途中でコンラッドっていう冒険者と会わなかったら直接ここに来ていましたし、たまたまですよ」

 「敬語はいいって言ってんのに……ま、城は仕方ないか。それより、後でちょっと僕と手合わせをしてくれないか? どれくらい近づいたか試してみたい」


 オルデン王子が笑いながらそう言うが、俺は慌てて手を振る。

 

 「い、いや、俺達はこの後、家探しをしないといけないからそれは難しいですよ」

 「え? 城に仕えるために来たんじゃないのか? だから彼女とここに住むんじゃ……」

 「俺は冒険者として町で活動するつもりで、今日は以前そう言われたことのお断りの挨拶をしようと思ってバスレー先生と一緒に訪問させてもらったんです」


 するとオルデン王子がめちゃくちゃ残念そうな顔で背もたれに背中を預けて顔を手でパシンと叩いて呻くように言う。


 「ええー……折角楽しくなると思ったんだけどなあ……父上、何とかならない? 僕の側近とか」

 

 オルデン王子が国王様に問うと、国王様がフリューゲルさんを下がらせて俺達に目を向ける。

 

 「私もそう思っていたんのだが違うのか……ううむ、残念だが無理に働かせてもいいことにはならないからラースの意思を尊重しよう。町にいるなら依頼という形で会うこともできるだろう」

 「うーん、そっか……そう考えれば逆に……あ、いいや、これからもよろしく頼むぜラース!」

 「ええ、お気遣いいただきありがとうございます」

 「あ、ありがとうございます!」

 「お、やっと喋ったね! やっぱり可愛い子だなあ、ラース紹介してくれよ」


 俺は苦笑しながらマキナの手を握って国王様達へ紹介をすることにした。


 「彼女はマキナと言います。学院の同クラスで、卒業と同時に恋人になりました。俺は彼女と暮らすつもりなので共々、よろしくお願いします」

 「よ、よろひくおねがいしまひゅ!」

 

 マキナがビシッと背筋を伸ばして噛むと、国王様が微笑みながら頷き、口を開く。


 「ふむ、あの時いた姉妹だと思ったが違ったか」

 「え、ええ、まあ、色々ありまして……」

 「あ、そういや居たねそんな娘たちも。まあいいや、よろしく頼むよマキナちゃん!」

 「は、はい!」


 するとそこでバスレー先生がマキナの肩に手を乗せて喋りだした。


 「そ、それじゃ、行きましょうかラース君、マキナちゃん! 新居に向けてレディーゴー!」

 「何を言っているのだ? お前は城に部屋があるだろう? ヒンメルも待ちわびていたぞ? 入っていいぞ」


 瞬間、玉座の横にある扉が開き中から長身の男が出て来た。


 「おかえりバスレー! 待っていたよ!」

 「ただいま兄ちゃん……! そしてさらば!」

 「あ!?」


 お兄さんであるヒンメルさんを見たバスレー先生が踵を返し扉へと向かう。しかしその直後、俺の前から走ってきていたはずのヒンメルさんは背後の扉の前に立ち、手を広げて待ち構えていた。


 「くっ……流石は兄ちゃん【単騎高速移動】のスキルは衰えていませんね……! しかし、わたしには! ……ぁぁぁぁ!?」

 「ふう……久しぶりだねバスレー! さあ、父さんと母さんも待っている、ただいまを言いに行こう!」

 「嫌ぁぁぁぁ! 絶対お見合いさせる気ですよあの両親はぁぁぁ! ラース君助け……ぐふ……」

 「国王様、お騒がせしました。えっと、君たちが学院の生徒さんかな? 今日は忙しいから、また改めて挨拶をさせて欲しい」

 「あ、はい、それは別にいいですけど、大丈夫ですか? バスレー先生」

 「ああ、いつものことさ! ははは、今日はご馳走だ!」


 そう言ってヒンメルさんは元来た道を軽い足取りで帰って行った。俺達はその様子を呆然と見つめていたが、やがて国王様が咳ばらいをして取り繕う。


 「では、謁見はこれで終了だ。家探しは大丈夫なのか? もし見つからなかったら、戻ってくるといい。部屋の空きはあるからな」

 「ありがとうございます。それでは失礼します。行こうか、マキナ」

 「う、うん。国王様、王子様、し、失礼します!」


 二人は笑いながら俺達を見送ってくれ、城から出ることになった。外に出ると、マキナが伸びをして息を吐いた。


 「ふう、緊張したあ……ラースはよくあんなにスラスラ喋れるよね」

 「久しぶりだったから俺もちょっと緊張したけどな。さて、それじゃお昼ご飯を食べて、家探ししようか」

 「さんせーい! お風呂は欲しいかなあ」

 「マキナがいい家を選んでいいよ」

 

 俺達は馬車を受け取り、町中へと繰り出すのだった。国王様が強制的に城仕えにしないでくれてホッとしていたりするのはマキナに内緒だ。

 さて、事件も解決したし、新生活とマキナのために奮発しようかな?


 それはともかく――

 

 さらば、バスレー先生……

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