第二百十九話 いつか来る脅威と王都イルミネート

 

 「む……!」


 ――とある部屋で灰色のローブをまとった人影が小さく呻く。自身の手が青白く光り、バヂンという音を立てて煙を噴いた。

 しゅうしゅうと音を立てる右手を見ながら、二十代前半と思われる顔立ちをした男が片眉を吊り上げて口を開いた。

 

 「私の魔法が解かれた……ということは死んだか。あの刺青は少しでも形が変われば”意味”が消えるからそれ自体は容易い。皮膚に直接私の魔力で刺青を彫っているから削ることすら難しいからな」


 そう言って回復魔法をかけて右手を治療すると、男は手を握り感触を確かめる。そして机にあった水晶に手をかざし目を瞑る。


 「反応が消えたのはオリオラ領に居たケルブレム達六人か。十五年もかけたのに失敗するとはつくづく凡人とは救い難いものだな。……それにしてもレフレクシオン国の領地はなかなか取れないものだな。六年前のガスト領に引き続きオリオラ領もしくじるとはな。あの国に刺客を放っているのは後、グラスコ領だったか? もう少し様子を見て、失敗するようなら別の国へ派遣しようか? いや、直接城の人間を操るのも面白いか?」


 くっくと笑い、男は椅子に背を預ける。


 「何人減ろうがまた新しい同志を作ればいい……私の『隷属魔法』があればいくらでもな」


 そこへ部屋の扉がノックされ、男は真顔に戻り返事をする。


 「……何か?」

 「アポス様、国王様がお呼びです。謁見の間までお願いします」

 「承知した。すぐに向かう」

 「は」


 扉の向こうの気配が遠ざかっていくのを感じ、アポスと呼ばれた男は椅子から立ち上がりポツリと呟く。


 「さて、一応国王のご機嫌をとっておくか。”福音の降臨”の隠れ蓑が無くなるのは勿体ないからな……」


  


 ◆ ◇ ◆


 

 「<ファイヤーボール>!」

 「いいですよラース君! 今のでトレントは全焼しました、マキナちゃん、そっちのジャイアントビーはわたしの投げナイフが右の羽に刺さっていますから右から攻めてください!」

 「はい! やっ! はあ!」


 俺の目の前でトレントが燃え上がり、マキナのサージュ武器”サージュフィスト”でジャイアントビーが地面に落ちる。


 「意外とまだ見かけるね、トレント」

 「ラース君達が消滅させた沼に関係があるんでしょうねえ。養分を手に入れるため、人を襲う動きが活発になっていると推測されます。早いところ城に行って対策を取らないと面倒になりそうですね」

 

 トレントが増えた要因は分かったけど、魔物そのものが増えた要因はまだ不明。バスレー先生が城から受けた任務はまだ解決に至っていないと言える。


 「でも”福音の降臨”という組織が関わっている可能性が高いんじゃないですか?」

 「……そうですね。ただ、あの男達が言うようにべリアース王国に『教主』が潜伏しているなら捕らえるのは難しいでしょう」

 

 マキナの言葉にバスレー先生は顔を顰める。ティグレ先生の故郷で戦争でひとつ国を奪ったということは知っているけど国自体のことはそれほど詳しくない。魔物の素材を回収して馬車を再び走らせながら話を続ける。


 「べリアース王国に行くのは難しいってこと?」

 「ええ、好戦的で閉鎖的な国ですからね。現国王は特にやばいです。ティグレ先生が戦争に駆り出された話があったと思いますが、べリアース王国は昔、そんな国ではなかったんです。しかしいつのころからか閉鎖的な国に変貌していました」

 「……もしかして……」

 

 マキナがハッとして冷や汗を流すと、バスレー先生が頷く。


 「恐らく『教主』とやらが入り込んだのではないかと。まあ、真実はわかりませんが、ケルブレム達の話から考えるとそうではないかというくらいですが」

 「……怖いわね……」

 「レフレクシオンから近い国だからな……」

 「ま、そういうわけでササっと戻りましょうか。ふたりにも報酬がありますよ多分」


 そう言って微笑むバスレー先生は、先生らしい顔だった。普段からこうしていればいいのにと胸中で呟き、その後、俺達はオリオラの町を出て四日ほど経ったころ、王都へと到着した。


 「うわ、大きいわねー。壁も高いし、ガストの町の何倍あるのかしら……ルツィアール国もこんな感じだったっけ?」

 「ルツィアール国に行ったのももう六年前になるのか……懐かしいなあ。ルツィアール国はまだ城壁は低かったかな。あそこは騎士の国だから攻められても何とかなるって考えかもね。それにしても国王様が暮らしている場所だから強固だな。ほら、門も外と内の二重構造だ」


 ゆっくりと馬車を進ませると武装した門番ふたりに止められる。


 「そこで止まってくれ! 身分証はあるか? 町に来た目的は話せるか?」

 「こんにちは、ご苦労様です。えっとカードでいいかな?」

 「問題ないぞ。……それにしても豪華な馬車だな……」


 俺がカードを見せると、門番が目を見開いて俺の顔とカードを見比べて姿勢を正す。


 「ラース=アーヴィング……ガスト領のご子息ですね。話は聞いています」


 すぐ『アーヴィング』に反応したのは流石だと言える。続いてマキナのカードを見てにこりと微笑む。


 「マキナさんですね、問題ありません。もう伴侶がいらっしゃるとは、羨ましい限りですなあ」

 「は、伴侶……」

 「ええ、俺は運が良かったです。学院時代から知っている大事な人ですよ」

 「も、もう……」


 嘘偽りない俺の心境を告げると、マキナは顔を真っ赤にして肩をぽかぽかと叩いてくる。可愛い。


 「ははは、初々しくていいですな。ウチの奥さんも……おや、もう一人いらっしゃるようですね、身分を――ひぃ!?」

 「どうしたんですか? うわ!?」

 「おのれ、油断していたら甘いオーラを撒きおって……! わたしの怒りがどれほどのものか思い知るときが来たようですね……!」


 バスレー先生がまた何とも言えぬ顔で血の涙を流してぶつぶつと何やら呟いていた。今にも襲い掛からん勢いだったが、門番さんがバスレー先生の顔を見て声を上げた。


 「お、お前、バスレーか!? か、帰って来たのか……!」

 「ほ、本当だ!? ちょ、伝令だ伝令! バスレーだ! やつが帰って来た!」

 「え? え?」

 「ほう、あなた達は我が同級生ではありませんか?」

 「あ、ああ、久しぶりだな……まさか出ていったお前が再び戻ってくるとは……」

 「……ま、気まぐれですよ。城へ呼ばれているので通してもらいますよ」


 そう言ってバスレー先生はスッと手紙を見せ口元に笑みを浮かべる。門番さんはバスレー先生と知り合いらしく、苦笑しながらうやうやしく道を開ける。


 「もちろんお通りください、バスレー農林水産大臣。こりゃ、面白くなってきたな。今度酒を飲もうぜ」

 「奢りでしょうね?」

 「かき集めてやらあ」


 門番さんの顔が愉快だと言わんばかりに笑顔になり、俺達は訳も分からずそのまま馬車を進めていく。嫌な予感しかしないが……


 そして俺は久しぶりに国王様とオルデン王子と再会することになる。

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