第二百十八話 出発


 事件の夜から一週間。

 俺達はヒューゲルさんがどうしてもというので、屋敷で過ごしていた。

 

 『教主』とやらがさらに手をかけてくるかという疑念もあったのでそれを警戒するにはちょうどいいかとお言葉に甘えた形だが、幸か不幸か、特に動きは無かった。このまま王都に向かうことになるだろう。

 

 それとサージュのことだけど、事件の次の日帰った――


 <では、我は戻るぞ>

 「うん。アイナにバレないように頼むよ」

 「みんなに会ったら元気だって伝えてね」

 <うむ。危機に陥ったらいつでも呼んでくれ。アイナにバレるのは怖いが、お前達に何かあった方が辛いからな>

 「ありがとうサージュ。ま、王都に行けば厄介ごとに巻き込まれることもないと思うよ」

 <だといいがな。ラースは力がある、それを頼りにする者はいいが、利用しようとする者も少なからずいる。油断するなよ?>

 「ああ、気を付ける。またな、サージュ」

 「ありがとうねサージュ! また会いたいな!」


 俺とアンリエッタがそう言うと、サージュはフッと笑い召喚の光に包まれて俺達の前から姿を消した。すぐに会うことが無いよう気を付けないとな。

 

 「マキナお姉さま、ラースさん! 今日は何を教えてくれるの!」


 もうひとつ、念のためとアンリエッタは学院を休んでいた。その間、俺とマキナで勉強を見ていたが、どうしても戦いのことも教えて欲しいと頼まれた。

 もちろん断ったが、ヒューゲルさんが『自己防衛』の為に教えてくれないかと頼み込まれたので、教えることに。


 「魔法は集中力が重要なんだ。そう、そのままファイアをできるだけ維持して。魔力の質と制御が分かるようになる」

 「は、はい……! ぐぬぬ……!」


 「足腰を鍛えるのは特に重要ね。走る、休む、走る。足さばきを鍛えるために、まずは体力をつけないとね」

 「はい! ……ふうふう……」

 「懐かしいな。マキナが凄い速度でパンを買いに行っていたのを思い出すよ」

 「そ、それは言わないで……」

 

 そんな調子でアンリエッタの先生をし、一週間みっちり訓練をすることでアンリエッタは俺達と会う前より能力は上がった。

 

 ――そして今日、ケルブレム達を護送するため、城から派遣された人がやってくる。

 俺達もこの一週間何も無かったことを受けて、屋敷を後にすることに決めた。


 「一週間、ありがとうございました!」

 「頼まれたというのもあるけど、確かに今後を考えると力を上げておくのは良かったかもしれない。ただ、覚えておいてくれ、自分から危険に首を突っ込むのは絶対にしないこと。両親に心配をかけることになるからな。それと、戦えるかも? という考えで争わないことを約束して欲しい。まずは逃げることを優先し、どうしても追い詰められた時だけ戦うんだ」


 俺がきつく言い放つと、アンリエッタはにこりと微笑み元気よく頷くと口を開く。


 「うん、分かってる。みんなが戦っていた時、私は怖くてママの近くから動けなかったわ……一週間くらいで少し強くなったからってラースさんやマキナお姉さまのよう戦えるわけないってのも理解している。だから自分の身を守るためだけに教えてもらったことを使うね。サージュも」

 「うん。アンリエッタは賢いから、約束を守ってくれると信じているわ!」


 マキナが笑顔でアンリエッタの頭を撫でると、ふたりして涙ぐみ頷き合った。


 「ラース君、ありがとう。おかげで家族と犠牲者が最小限で済んだ。……私は、もう少し色々なことに関心を持つべきだと思わされた。アンリエッタは首を突っ込んではいけないが、私はもっと領内の町やギルドの話を積極的に聞くべきだな……」

 「そう、ですね。ウチの父さんは、情報収集に手間を惜しまない人です。だから平和なのかもしれません」

 

 俺がそう言って笑うと、ヒューゲルさんも微笑んで頷く。

 

 「寂しくなるわね、アンリエッタも懐いていたし、この町に住んで欲しいくらいなのに。ラースさんは貴族だし、マキナさんとアンリエッタを嫁にとか、ねえ?」

 「あ、そういうのはちょっと……」

 「うんうん」

 「あら、そう……?」


 ラクーテさんは心底残念そうに呟き、ヒューゲルさんとアンリエッタが苦笑する。そこへバスレー先生が声をかけてくる。


 「それじゃ、そろそろ行きましょうか。ヒューゲルさん、ご協力ありがとうございました。また困ったことがあれば城へわたし宛に手紙を送ってください。まだ、いろいろ警戒すべきことも多いですから、ご注意を」

 「あ、ああ……」

 「先生……」


 真面目な話をしている……んだけど、きりっとした顔をしているが、背中に背負った荷物からは酒瓶の頭が何本か見え隠れしている。


 「返しなさい!」

 「ああ、マキナちゃん!? チューバッカの五十年物だけは勘弁して!」

 「ダメに決まってるだろ!? すみませんすぐ返しますから……」

 「はは、まあ酒くらいいいさ。命あっての、ってやつだからね。君達もバスレーさんからもらっておくといい。美味い酒は特別な時に飲むと格別だよ」

 「はは……本当にすみません……」


 とりあえずバスレー先生を簀巻きにして馬車の荷台に乗せ、屋敷を後にする。


 「またねー……!! また遊びに来てねー!」

 

 アンリエッタが門のところまで走ってきて手を振っていた。マキナは荷台の窓から顔を出して手を振り、俺は御者をしているので手だけ振ってヒューゲルさん一家と別れた。


 「いい人達だったわね」

 「ああ、ヒューゲルさんも考えを変えてこれからは領地が良くなっていくと思うよ。……問題は”福音の降臨”と呼ばれる組織の方だ。この町からはとりあえず撤退したみたいだけど、またまた来ないとも限らないしね」

 「うん……ガスト領はサージュがこっそりラースのお父様に話してくれるからいいけど、他の地域が怖いわね。ここは……コンラッドさんがギルドマスターになったから大丈夫、だと思いたいわ」


 そう、変わったことと言えばコンラッドがギルドマスターに就任した。年齢的にそれなりに若く、色々な人から信頼も厚く、真面目な男ということで満場一致だった。

 

 「くっ……忌々しいあの女を思い出すからその話は止めましょう……!」

 「あー……まさかレイシャさんがあそこまでぐいぐい行くとは思わなかったよな」

 

 すると、マキナがクスッと笑いバスレー先生へ顔を近づけて言う。


 「あれはバスレー先生が悪いですよ? ……好きな人が取られそうになったら、積極的にもなりますよ。それに散々煽っていたのは先生だし、レイシャさんも焦ったんです」

 「ぐう……まさか自業自得とは……! ……まあいいです。今回は運命の人じゃなかったのでしょう! さあ、王都に行って新たな出会いをっ!」

 「え!? あれ!? いつの間にロープから抜け出たんですか!?」

 

 後ろでマキナの驚く声が聞こえ俺は苦笑する。バスレー先生らしいなと思いながら、俺は馬車を歩かせ、やがて警護団に到着する。そこにはコンラッドやボロゾフ、ケイブとシフォルさんが待っていた。

 他には城から派遣されてきた人達と護送用であろう牢付きの馬車と、装備で身を固めた騎士たちが数十人ほどいた。


 「来たか、ラース君」

 「ああ、一応見送りにね」


 俺達が到着すると、ちょうどケルブレム達が外に連れ出されるところだった。彼らが俺に気づくと、笑いながら声をかけてきた。


 「よう、ラース、久しぶりだな」

 「ラース様、ありがとう。これから牢屋暮らしだが、むしろ気分は晴れ晴れしている。本当にありがとう」

 「二度と悪いことをするんじゃないぞ」

 「外に出られたら善処するさ。しかし気を付けるのはお前達だと思うぞ? この計画を潰したというのが何らかの形で『教主』に知られたら狙われる可能性は高い。特にそれを知るレッツェルの姿が見えないのが、な」

 「ああ……」

 「『教主』はヤバい。あいつとは合わないことを祈るぜ。お前みたいな強い奴が俺達みたいになったらどうなっちまうか……」


 狙われる……その可能性は十分にあると思う。

 しかし、短気ではあるが腕はそれなりにあるケルブレムがやばいと言う『教主』はやはり要注意だろう。ケルブレムの言葉に俺が神妙な顔で頷くと、ケルブレムも無言で頷き、牢付きの馬車へ乗り込み、賊達と共に出発した。


 「ラース様、先に王都に行ってますぜ!」

 「罪、しっかり償ってきます!」


 連れて行かれるというのに元気だなと思いながら俺は彼らを見送る。まさに憑き物が落ちたというところだろう。


 「……何か、やるせねぇな。あいつらも『教主』とやらに救われなければこんなことにはならなかったんだろうに」

 「そうよね。それにしてもあの人達にどんな過去があったのかは気になったかもね」

 「うーん、お金に困ったとか……?」


 ケイブとシフォルさんが頭を掻きながら呟くと、マキナが返す。そこで俺は思っていたことを口にする。


 「……そうじゃないよマキナ。恐らくケルブレムと同じで『そう仕向けられたんだ』仲間を増やすための自作自演。そういうことだ」

 「だとしたら……最悪な話ね……」

 「だな……」


 俺の推測にケイブ達が肩を震わせる。だが、教主はこうやって自分を信頼させ、刺青をいれ、仲間を増やしていると俺は思う。

 俺達は黙って遠くなっていく馬車を見ていると、コンラッドが声をかけてきた。


 「ラース君達のおかげで事件は……とりあえず解決した、と思う」

 

 歯切れが悪いのはまだ黒幕が残っているからだろう。しかしべリアース王国に居るのでは手が出せないため、不安は残るといったところだろう。


 「そうだね、この一週間、事件は何も無かったしヒューゲルさんの家も襲撃はなかった。だからしばらくは大丈夫だと思う」

 「ま、仕方ねえやな。後は何かあったら対処する、って感じでいくしか」

 「それは頼むよ、俺達も出発を決めたからな」


 俺が言うと、コンラッドが少し残念そうな顔をして俺に握手を求めてきた。


 「……そうか、残念だがラース君達は王都に行くんだったな。道中、何もないことを祈るよ」

 「また来いよ! 歓迎してやるぜ!」

 「あなたは来なくていいですからね?」

 「泥棒猫がぁぁぁぁ!」

 「バスレー先生、やめて!?」


 バスレー先生とレイシャさんがまた喧嘩をしようとしたのでマキナが止め、周囲に笑いが起こる。名残惜しいが、そろそろ出発しよう。


 「それじゃ、俺達はこれで」

 「またね、シフォルさん! ケイブさんと仲良くね!」

 「ふふ、マキナちゃんも!」

 「コンラッド、ギルドマスター頑張ってくれ」

 「もちろんだ。ヒューゲルさんと共にいい町にしていく! また会おう!」


 ここに来るきっかけとなったコンラッドが手を振り、俺も振り返しながら再び馬車を歩かせる。酒場での些細な喧嘩がまさか領地を救うことになるとは正直思わなかったな……

 それでも、ここへ来て、助かるべき人を助けることができたのは良かったと俺は思う。


 「……『教主』か」

 「できれば関わりたくないわね」

 「ああ……」


 俺の呟きにマキナが神妙な顔でそれとなく答えてくれた。

 だが、色々な国に手を広げているならいつか出会う……そんな気がする。俺は少し遠くなったオリオラの町を振り返り、そんなことを思うのだった。

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