第二百十七話 オリオラ領のこと


 「い、痛くねえ……それどころか体が軽くなったぞ……?」

 「マジか……!? まさか、解けたのか?」

 「あ、あいつ、ドラゴンも連れているし一体何者なんだ……」


 賊の肩を鑑定した俺は何とも言えない気持ち悪さに見舞われ、肩の肉を削いだ。男には申し訳ないと思ったけど、あのまま視るのは『何かやばい』と頭の中に警鐘が鳴り響いたので行動に移した。

 簡易鑑定は一瞬のことだったけど、酷く焦燥した気がする。そんな俺を見て、マキナがぎゅっと俺の手を握りしめてきた。

 

 「はあ……はあ……あ、ありがとうマキナ……」

 「びっくりさせないでよ……落ち着いた?」

 「ああ……」


 俺が頭を振ると、微笑みながらマキナが抱きしめてくれる。そこでサージュが焦げた肉片を見ながら呟く。


 <……ラースが『視た』直後であろう時、刺青自体に何らかの力を感じた。あのまま放っておいたらどうなっていたか分からんな。そいつらの言う『教主』とやらはとんでもない人物かもしれん。関わり合いにならない方がいいだろうな>

 「ドラゴンのサージュ君がそこまで言うなら相当ですねえ」


 バスレー先生が気にした様子も無く、ため息を吐いて首を振る。……もしかして城に呼び戻される理由はこいつらのことだったりするのか?

 俺がバスレー先生を見てそんなことを考えていると、賊達が声を揃えて口を開く。


 「……な、なあ、こいつにやったことを俺にもやってくれないか? この刺青が無ければ……お、俺は生きたい……もちろん罪は償う! た、助けてくれ! 俺はもう教主の言う通りに動くのは嫌だ!」

 「この刺青で監視されているような気がする……これさえなければ……」


 ガタガタと震えながらもそんなことを言う連中に、俺は問う。


 「だが、生きていることが分かればどっちみち殺されるぞ?」

 「それはそれってことでいい。気味の悪い刺青さえ無ければ。それに牢の中ならまだ安全だろうしな……」

 「うーん……」

 「頼む! 極刑になったとしても、この刺青が無くなるならこれを消してから死にてえ!」


 俺が悩んでいると、バスレー先生が俺の前に出て男達の前にしゃがみ込んで話し出す。珍しく、真面目な顔で。


 「……助けたら、わたしに協力してくれますか? それができるというなら、ラース君に頼んであげてもいいです。この領ではなく城の地下で罪を償ってもらうことになりますが、ここよりは安全かもしれません」

 「バスレー先生どういうことだ……?」

 「構わない……! た、頼む!」

 「分かりました。ラース君、この四人の刺青を消滅させてもらえませんか? 責任はわたしが取ります」


 俺が尋ねる前にバスレー先生が俺の目を見て言い放つ。責任は取る、というので俺は四人の肩を素早く切り裂きヒーリングで癒す。肉片はやはりサージュが焼き尽くしてくれる。

 

 <……気持ちのいいものではないが、あの刺青を残しておくよりはいいか>

 「お疲れ様、サージュ。私じゃこういうことでラースの役に立てないし」

 <マキナはラースに付いているだけで役に立っているから大丈夫だ。恋人というのはそういうものだ、レイナもそうだったし、デダイトとノーラを見ていればよく分かる。なあラース>

 「も、もう、サージュったら……!」

 「ははは、でも合っているからいいじゃないか。俺はマキナが騎士じゃなくて、一緒に旅に出てくれたのは嬉しかったよ」

 

 俺は顔が熱くなるのを感じながらそんなことを言う。直前まで悩んでいたんだけど、それはまた別の話だ。

 それはともかく、四人の刺青が無くなると悲壮感が漂っていた彼らの顔に生気が蘇ってくると、バスレー先生が再び口を開く。


 「手紙を出していますから、一週間もすれば城から人が派遣されてきます。その時移送されるので、それまでは警護団の牢で大人しくしていてください」

 「分かった」

 

 さて、賊の方はこれでいいとして次はケルブレムの処遇を決めないといけないかと全員が目を向ける。


 「ふん、早いところ殺せ。万が一逃げでもしたら、またヒューゲルを襲うぞ俺は」

 「まだそんなことを……!」


 ケルブレムが悪態をつき、コンラッドが声を荒げる。そこへ、ヒューゲルさんがケルブレムの前に立ち話を始め、俺達はその様子を黙ってみていた。


 「……お前の村が襲われたのは残念だった。そして聞いて欲しい、あの村が襲われた時もそうだが、魔物が増えすぎていたことはなんとなく知っていたが、ギルドから報告もなかったので、何とかなるだろうと思っていたのだ。信じてくれとは到底言えない、言い訳のようなことだが……村が魔物に襲われたというのは事件があった翌日、買い物に出ていたメイドが聞きつけようやく知り得た」

 「馬鹿な言い訳だ……ギルドから報告が上がっていただろうが! あの時はまだギルドマスターじゃなかったが、話は聞いていた! 領主邸に行ったという話も聞いている!」


 激昂するケルブレムの言うことも分かる。父さんのところにもハウゼンさんが相談に来ることがあった。ギルドはあるていど権限が与えられているが、それでも困ったことがあれば通常の町なら町長、領主がいれば領主に助力を仰ぐものだ。

 だから、十五年前に魔物が増え、ギルドで手に負えない状態になったのであれば、城や他の領に応援を呼ぶなどの措置を期待して訪ねていてもおかしくない。

 すると奥さんであるラクーテさんが首を傾げながら呟く。


 「変ねえ……結婚して、この屋敷で暮らしていましたが、私もそんな話は聞いたことがありません。主人の言う通り、メイドが慌てて村が襲われたという話しか……」

 「そんなはずは……! 確かにギルドマスターが行くと……」


 そこで俺は違和感に気づき、ケルブレムへと尋ねる。


 「そのギルドマスターは今どこにいるんだ? 双方の話がおかしければ当事者に聞いてみるのが一番いいと思うけど」

 「……それができれば苦労はしない……彼はその時、大勢の魔物と戦って死んだんだからな」

 「なるほど」

 <ふむ>


 ケルブレムがそう言うと、俺とサージュはポツリと呟く。だいたい読めてきたなと俺は推測を口にする。


 「これは推測だけど、もしかしたら当時のギルドマスターも『教主』の手のものだったんじゃないか? 今回とほぼ同じ手口で、『領主は何もしなかった』というのを知らしめるため、ヒューゲルさんには告げず、断られたと嘘をついた。そして間髪入れずに魔物が村を襲い、ケルブレムの恋人は死亡した。俺は知らないけど、ギルドマスターになったのは前の人が死んですぐじゃないか? で、ケルブレムは当時一番腕が立った、違う?」

 「……!? う、むう……」

 

 俺の言いたいことが分かったようでケルブレムは脂汗を流す。コンラッドやボロゾフはわからないと言った感じで俺に聞いてくる。


 「どういうことだ? 十五年前はまだここに居なかったから当時は俺達も知らない」

 「さっきも言ったけど、元々のギルドマスターも『教主』の手のもので、領主の座をなんとか手に入れるべく魔物のことはヒューゲルさんに秘密にする。で、魔物を蹴散らし、ケルブレムにギルドマスターの座を渡し、領主を糾弾しろとでも言って死んだように見せかける。するとどうだ、自分と同じ目的の人間を一人増やすことが出来る。……あまり言いたくないけど、ケルブレムの恋人は魔物じゃなくて、ギルドマスターその人に殺された可能性も高い」

 「あ……ああ……」


 思い当たる節があるのか、ガタガタと震え項垂れるケルブレム。恐らくはビンゴなのだろう。


 「そういうことか……私は昔からわきが甘いということだな……」

 「パパ……。ううん、パパが悪いんじゃないわ! こんなことを考え付く人が悪いのよ! 確かにパパは面倒そうなことからすぐ逃げようとするけど、最後はちゃんと何とかしようって頑張るじゃない!」

 「アンリエッタ……ありがとう」


 ヒューゲルさんが涙ぐんでアンリエッタを抱っこするとみんなが笑う。


 「それにしてもそこまで考えて行動をしていたのなら『教主』は相当キレ者だ。それに次の計画も十五年かけるとは正気じゃない。いくつなのか分からないけど、こんな悠長な計画でどうするつもりなんだろうな」

 「そうだな……とりあえず、今後も警戒は必要だということか……」


 コンラッドが困惑した表情で俺に返すと、ケルブレムが俺に言う。


 「ラース、俺の刺青も削ってくれるか? ……お前の話、推測にしては俺の知っていることと噛み合うことが多い……もしかしたら本当に『教主』がここまで見越してやった可能性があると思った……。だとしたら、俺は『教主』に礼をしなきゃならん。恋人を殺された礼をな。死ぬわけにはいかなくなった、だから……頼む」

 「ケルブレム……」


 先ほどまで濁っていた目と違い、今度は復讐に燃える目に変わっていた。昔の俺もこういう目をしていたんだろうなとなんとなく思う。ケルブレムは間違えなければ真面目な男だったのかもしれない。短気だけど。


 「分かった。だけど、罪はしっかり償うんだぞ?」

 「ああ。折れてしまったがあの剣にかけて、誓おう」


 ケルブレムは頷き、目を閉じる。俺は刺青を切り取りヒーリングをかけ、サージュに燃やしてもらった。


 「確かに気が楽になったな……助かる。ヒューゲル、お前の言うことを全て信じたわけではないが、今は預けておこう」

 「ケルブレム……ああ、分かった」

 

 アンリエッタを抱っこしたまま、ヒューゲルさんは少し悲しそうな顔をして頷いた。

 これで、今度こそオリオラ領の一連の事件は幕を閉じたのだと俺は思う。


 犯人は捕まったが、安心はできない。『教主』がまた何かしらの手を使って領地を奪おうと企む可能性があるからだ。

 レッツェルも生きていたし、また厄介なことが起こらなければいいと思っていると、バスレー先生が腕を伸ばして喋りだした。


 「んー! さて、色々謎はありますが、ひとまず良しとしましょうか! ……これ以上は何も無さそうですしね?」

 「え?」

 「いーえ、何でも♪ コンラッドさん、今からデートしましょうデート!」

 「え、ええ!?」

 「バスレー先生、それはちょっと問題あるよ? こいつらを警護団に連れて行かないといけないし」

 「じゃあそのついでにデートってことで!」


 すると、ことの経緯をずっと黙ってみていたレイシャさんがハッとしたあと、憤慨する。


 「ちょっと! それは見過ごせませんよ! だいたいギルドマスターが居なくなったんだから、選ぶ必要があります! コンラッドさんは候補の一人になる人物。あなたみたいな恥知らずに構っている暇はありません!」

 「くっくっく……そんなことでこのわたしを止められるとでも……? さあ、警護団に行きますよ皆さん!」

 「うわ!? ちょ、ちょっと、バスレーさん!?」

 「待ちなさーい!」


 急に景色に色が戻ったように騒がしくなり、バスレー先生はコンラッドさんの手を引いて外に飛び出した。


 「はあ、あれが無ければいい人なんだけど……仕方ない、ボロゾフ達運ぶの手伝ってよ」

 「はっはっは、お安い御用だ! ……ま、苦労してるのは同情するぜ……」

 「ありがとう……」

 「ふふ、退屈はしないんだけどね」

 <まあな。では、見届けてから我は戻るとしよう。……アイナが五分おきに召喚してくる……そろそろマズイ……>

 「そりゃ大変だ、急ごう」


 俺は肩を竦めてため息を吐き、ぞろぞろと移動を始める。やっと一息付けるかな、なんて思いながら屋敷を後にするのだった。

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