第二百十六話 福音の降臨
「俺は初めて聞いたな……マキナもだろ?」
「うん。ガストの町にはそんな人達いなかったわよね」
俺達の町にはそんな慈善事業団体はいなかったと記憶している。まあ、あの町も広いし、学院と依頼ばかりしていたから気づかなかっただけかもしれないけど。しかし、バスレー先生の言葉でいくつか驚くことになる。
「ガスト領もリューゼ君のお父さんが領主をやっていた時は居たらしいですよ。あまり数は多くなかったようですがね? それにラース君のお父さんに変わってから徐々に消えていきましたけど」
居たのは居たんだな……
バスレー先生は俺達が一年の時に赴任してきたから、ちょうど移り変わりを目の当たりにしていたようだ。するとケルブレムがバスレー先生を見て口を開く。
「それはそうだろう、操っていた領主が失脚し、裏から操っていた仲間であるレッツェルが居なくなったんだから撤退するに決まっている」
「……それに加え、あの町には落ちぶれた人間が居ない。活動をする意味も無い」
「どういうこと……? 落ちぶれたって……」
賊の男がケルブレムに続いて不穏なことを言い、マキナが聞き逃さず聞き返すと男が真剣な表情で語り出す。
「……慈善活動は実際にやっている。スラムで生きている物乞いや、貧乏な家庭、虐げられた者、家族を殺されたもの……そういった『傷を負った』人間たちに色々なものを分け与える。住居、衣服、食事、そして……復讐の機会や道具、アイデアをな。ケルブレムさんは恋人が死んだときに声を掛けられ、俺達ももれなく暗い過去がある」
「……」
ケルブレムを含め、神妙な顔で黙り込む賊達。そこへバスレー先生が畳みかける。
「過去にどんなことがあろうと、自分のこととは関係ない人間に危害を加えようとした時点で同情はできませんね。か弱いわたしや領主さん達を意気揚々と殺そうとしに来たことは忘れませんよ」
「ああ、軽蔑してくれていいぜ。こうなっていなければ俺達はそれを実行していたのは間違いない」
はっきりと言い放つ賊にバスレー先生は珍しくぎょっとした顔を見せ後ずさる。さらに別の男が続けて話す。
「俺達は自分で言うのもなんだが、もうすでに終わった人間だ。だから実際、死んだとしても悲しむ奴はいない。俺達を助けてくれた組織の手助けをする。……死んでも誰も困らないからな」
「なるほど……お前達みたいに落ちぶれたり、後がない連中を集めて中心人物から外れた人間がことを起こす。それが『福音の降臨』という組織の真の姿か」
だけど謎はある――
「こんなことをする目的はなんだ? 復讐代行でお金をもらっているわけじゃないんだろ?」
外れ者を集めて犯罪をする。それはあり得そうなことだが、わざわざ慈善活動をしてまでやることはやることだろうか? するとケルブレムがそれについて答えた。
「俺達も真の目的までは知らない。何かする時に言われていることは、国の重要な場所に福音の降臨のメンバーを潜り込ませること。だから、お前の領やこのオリオラ領は狙われたってわけだ」
「……」
「目的は国の転覆、ですかね? 『お前達がこんなことになったのは国が悪い』とでも囁いて」
「それは分からないが、領を掌握するための行動は常に見せているようだからそうかもしれない」
「なんの罪もない人を巻き込んで……それが許されるとでも……?」
マキナが苦々しい顔で尋ねると、賊の男がフッと笑う。
「絶望の中に居る俺達に手を差し伸べてくれた恩があるからな、協力もする。いや、するしかないんだ。この刺青が入った時から。……それに教主の目を見ると不快感や罪悪感、倫理観が吹き飛ぶ感覚に陥るんだ……時間が経つと自分がおかしなことをしていると気づく。だが、教主にあの目で見つめられ、囁かれた後は何の疑いも無く……」
人殺しでもする、と小さく呟く。
どこまでが本当か分からないけど、青い顔をする六人が証拠とも言える。そして不意に口にした言葉である『教主』という言葉が気になり俺は口を開く。
「教主……そいつの名前は?」
「……知らない。ただ、あの人は『教主』とだけ呼ばれている。あの人に助けられた後は、組織の仲間になるかどうかを尋ねられるんだが、それを承諾するとこの刺青を入れられる。気味が悪いといって仲間にならないやつもいるらしいがな」
「それもどうだか分からないけどな。口が上手く回る人間は一定数居る。心の弱いところを突いてきて、他人を自分の思い通りにしようとする人間がね」
前の世界……日本でもそういう人間はいたなと思いながら言い放つ。
そいつも教祖としてあらゆる人間を話術で金を出させたり、殺人の代行をしていたとテレビで言っていた。……最後は教祖の妹とその恋人に殺されたらしい。最後は身内に殺される……因果応報というやつだ。
「聞いていると、教主って人が間違いなく元凶よね……何とか捕まえられないかしら?」
「それは難しいだろうな、居る場所は分かるが、その場所はマズイ。特にお嬢さんのような子は絶対に行ってはいけない」
「ははは、そんな正直に」
「バスレー先生のことじゃないと思うよ? それで、どこなんだ?」
「……べリアース王国だ」
「……!」
べリアース王国って、確かティグレ先生の出身じゃなかったか!? そういえば戦争をして国土を広げているとか言っていたような……
「確かにあの国は治安が悪いな。さては、教主を保護している?」
「詳しくは知らんが、多分な。俺達もあの国に行きたいとは思わんから調べたりはしない」
「べリアース王国か……」
バスレー先生が顎に親指をつけて何か考え始め、場が静まり返る。そこで俺はふと刺青が気になり、なんとなく、本当になんとなく男の刺青を簡易【鑑定】をしてみた。
――!?
刺%青……こ……#>&$#”
「な、なんだこれ……?」
「え? ラース!?」
俺は刺青を簡易鑑定するとまったく意味が分からない文字が視え、よく視ようとすればするほど頭が痛くなり、気持ち悪くなってきた……! 俺はサージュブレイドを抜くと、男の刺青をハムをスライスするように、その部分だけを切り裂く。
「うおおおお!?」
「ごめん! すぐに治す! <ヒーリング>!」
スパっと斬ったのできれいな切断面になり、痛みはすぐに来ないだろう。痛み、血が噴き出す前に俺はすかさずヒーリングを使い傷を癒す。すると、刺青は復活せずきれいな皮膚に戻った。
<む! 刺青が……! かぁっ!>
切り裂かれた刺青が入った皮膚を、サージュが火球で燃やし尽くす。呪いにも見える刺青……一体『教主』はどんな奴なんだ……?
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