第二百十四話 組織
「ま、こんなものだろうね」
「ケルブレムも頑張ったとは思うが、やはりラース君とマキナ相手は厳しいな。あとバスレー先生」
「あの女、さり気に嫌なスキル持ってるわよね……」
屋敷の食堂が見える木の上で、レッツェル達三人がそれぞれケルブレムとの戦闘を見て感想を言う。予定調和だったラース達の勝利に満足気に頷くレッツェルだが、リースが声を荒げて口を尖らせる。
「バスレー先生め、とんでもない邪魔をしてくれたよ……全部飲み干してもオーガにならない薬を作ったのに、あの量じゃ効果が完全に分からないじゃないか……」
「それって筋力増強の薬と何が違うのよ」
「見ての通り、力と自然治癒力の向上がメインだな。少しだけ脚力も向上する。それと精力もオーガ並みになる」
「ぶっ!? あ、あんた何やってんの!?」
「オーガの強さだけを集約させた薬ならラース君はそのままで能力だけ飛躍的に向上できるだろう? で、精力を増した彼にボクが裸で誘惑すれば……」
「そんな貧相な体で誘惑できるわけないでしょうが。マキナって子が居るんだから、彼女とするに決まってるわ」
「じゅ、需要はある……はずだ……くそ、せめてクーデリカのように乳だけでもでかくなれば良かったのに……!」
クーデリカが聞いたら首をねじ切られそうなリースの発言をレッツェルは笑いながら返す。
「はははは、もう成人しちゃったからリースはもう芽が出ないかな? 残念だけど、そこは諦めよう」
「んな……!? 貴様レッツェル、今の発言は許せないぞ! 取り消せ!」
「あ、こら、先生に何すんのよ!」
バランスの悪い木の上でレッツェルの首を絞めるリースに、なおも笑顔でレッツェルが口を開く。
「さて、リースのボディはどうにもならないけど、僕達のやることはある。教主様から戻るよう連絡があってね、一旦組織の方へ戻るよ」
「はあ……先生、気楽に言いますけど、多分私達の動向のことじゃないですか?」
「十中八九そうだろう。だけど、だからこそ戻らないと面倒になるからね。ラース君の成長を促したいけど、次会う時の楽しみに……ってね……。それに”神宿”のことも調べておきたいから丁度いい」
「このままボクだけでもラース君を追う……と言いたいけど仕方ないか。ボクは行ったことがないから、教主様とやらの顔を拝んでおこう」
「私も無いのよね」
イルミがそう言うと、レッツェルは笑みを浮かべたまま、
「……気を付けないといけないから向こうへついたら僕から離れないように頼むよ。それじゃ、後始末は彼らに任せて出発しようか」
「情報が漏れてもいいのか?」
「いいんじゃないかい? だって僕は困らないからね! はははははは――」
「まったく先生は……」
「次会う時を楽しみにしているよラース君、マキナ」
イルミがなにか手を合わせて目を瞑ると、三人はスゥっと闇に溶けて姿を消した。どこへ帰るのか、それは彼らにしか分からない。
◆ ◇ ◆
「そっち、グラスの破片があるから気を付けろよ」
「すまねえなメイドさん、散らかしちまった。あんた美人だな、今度――いてっ!?」
「はいはい、どさくさに紛れてナンパしない! キリキリ片付けてください!」
<これはどこへ持っていけば良いのだ?>
「あ、それは……あちら、に……」
「器用なドラゴンだなあ……」
荒れた食堂内に、レイシャさんの指示が響く。
ケルブレムを倒した後、パーティーどころではなくなったため食堂の片づけを全員で行い、ケガ人は俺が治療という割り当てで作業を進めていく。そうそう、表の門番も急いで駆け付けたため、何とか一命をとりとめることができた。……ただ、時間が経ちすぎている警護団はどうなっているかは考えたくないところだ。
サージュも人間サイズで器用にコップなどを拾い集め、冒険者達に一目置かれていたりする。あいつどんどん人間っぽくなるなあ……
そこから程なくして片づけが終わると、冒険者達は屋敷を後にする。また暴れ出さないかを心配していたけど、俺が居れば大丈夫だろうとヒューゲルさんが言ったことで渋々帰っていった。
「またなラース様! 俺達も負けないように鍛えるぜ!」
「ギルドにまた寄ってくれよ!」
「すまんな、結果はまた教える。警護団の様子も頼む」
「ああ」
コンラッドが玄関で帰っていく冒険者達に挨拶をすると、俺達は再び食堂へと戻る。そこにはまだ気絶したケルブレムと、やはりロープでぐるぐる巻きにされた五人組が床に転がっていた。
「というわけで、今度こそお前達は逃げられない。お前達の素性、話してもらおうか。その肩の刺青のことも聞きたいし」
「……!」
俺がそう言うと、男達は全員顔をサッと青ざめさせ視線を逸らす。そこへバスレー先生がしゃがみ込んでにこりと笑う。
「あなた達、死ぬ覚悟があるんでしょう? 喋っても死ぬ、喋らなくても死ぬ。どういう経緯でこんなことをしているのか、誰の命令かも分かりませんが、どうせならそんな目に合わせた奴等に一泡吹かせるためにパーッと暴露しちゃいませんかね?」
「墓場まで持っていく、って意固地になりそうなこと言わないでよ。で、どうだい?」
俺がもう一度尋ねると、男は俺の目をじっと見た後、サージュに目を向け、そして口を開いてぽつりと呟く。
「この刺青を見ちまったか……。いいだろう、俺が話してやる。そしたら即座に俺達を殺せ。お前達は何も聞かずに俺達を殺した、そういうシナリオにするんだ」
「……? どういうこと?」
冗談を言っているようには見えない。見れば他の四人も真剣な表情をしていた。そうしていると、ごろりとケルブレムが転がり、うっすらと目を開けた。
「……いてて……気絶してたのか……俺は……腕は……くっついている!?」
「俺がヒーリングでくっつけた。ケガなら治療可能だからな」
「まったく恐ろしいガキだ……ボンボンの癖に……もういい、何か逆に笑えてきた、俺からも話してやるよ」
「いい心がけですね、後で鳩尾に膝を落としてあげます。やられた恨みは十倍返しと家訓で決まっているので」
「物騒だな……まあいい、こいつらと俺は仲間で、同じ組織に身を置いていた」
「組織……」
「ほう」
マキナが呟くと、バスレー先生の目が光る。何か思い当たることがあるのか? 俺達は彼らの話に耳を傾けることにした。
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