第二百十二話 人から外れる者
「ケルブレム! その薬をどこで手に入れた……!」
「何……!?」
「ラース君……!?」
ケルブレムの取り出した小瓶には見覚えがある。あれはルシエールとルシエラを誘拐した犯人が使ったものと同じだ。そうなると中身を飲むとオーガになるに違いない……あれを飲ませる訳にはいかない。
それとこいつを掴まえればあの時逃がした黒幕のことも分かるはず!
「答えろ!」
「くく、効かんぞ! 会った時から生意気なガキだと思ったが、その通りだったな! 口の利き方に気を付けろ!」
俺は懐に飛び込み、ケルブレムの腹を殴る。鎧を着こんでいるためかダメージは浅い。俺が追撃をかけようとしたところでケルブレムが剣を振り下ろしてくる。
「遅い!」
「膝を……!? クソガキが!」
短気なやつだ、隙を見て瓶を奪えば……そう思って小瓶に目を向けるが、そこで俺は驚愕する。中身が少し減っている……!? 俺は剣をバックステップで回避し、ケルブレムへ聞く。
「お前、それを飲んだのか……!」
「貴様、ラースとか言ったか? この瓶を知っているとはどういうことだ」
「……それは俺の故郷、ガスト領の誘拐を企てた冒険者が持っていたものと同じだから知っているんだ。そいつらは中の液体を飲み干した後……オーガに変貌した」
「「「え!?」」」
俺の言葉にコンラッド達や冒険者、果ては五人の賊が驚愕の声を上げる。その中にはケルブレムも混ざっていた。
「まさか……知らないで飲んだのか!? 誰に貰ったんだ!」
「……まだ半分しか飲んでいない!」
<冷や汗を流しながら言うことか。人間、大人しく捕縛された方が身のためだぞ?>
「ひっ……!?」
サージュがパタパタと飛び、俺の肩に乗ってケルブレムへ言う。賊はサージュを見てびくっと体をこわばらせガタガタと震える。
「ド、ドラゴン……か? お、お前は一体何なんだ……!?」
「俺は――」
「おっと、その先はこのわたし、バスレーちゃんが解説しましょう! この方はガスト領の領主、ローエン=アーヴィングの息子、ラース=アーヴィングその人です! それと誘拐事件でオーガを消し飛ばしたりしてますよ。あなたみたいな筋肉馬鹿には勝てませんって! げひゃひゃひゃひゃ!」
「あ、うん、そうだね。バスレー先生はちょっと黙っててもらえるかな?」
「あ、はい」
俺の言葉に酔いが一気にさめたらしいバスレー先生はこくこくと頷き、ぎこちない動きでケルブレムへと向き直る。すると、冷や汗をかきながらケルブレムは俺を見て大声を出す。
「ガスト領の息子……!? ガスト領の計画を潰した張本人だと!? いけ好かない奴だが実力はあったレッツェルがこんな奴にやられたというのか……!?」
「な!? お前、レッツェルを知っているのか!? 」
ケルブレムがまさかの人物の名前を出し俺は声を荒げた。……ん? 今何か違和感が……俺は引っ掛かりを覚えるが、考える間もなくケルブレムが目を細めて続ける。、
「……なるほどな。あいつを倒したのなら相当腕が立つ。なるほど、トレント討伐が成功して生還するわけだ。そして今度はオリオラ領の計画が潰された……どうやらお前を生かしておくのは俺達にとっては危険な存在のようだな。オーガか……面白い」
ケルブレムが冷や汗を脂汗に変え、小瓶の蓋を開ける。こいつ飲むつもりか!?
「よせ! 知性も失っていくんだぞ!?」
「は、はは! 俺はもう駄目だろうがヒューゲルだけでも殺せば、俺は満足だ、一緒に死のうぜ、ヒューゲル……!」
「ケルブレム、何故お前はこんなことを……」
「覚えていないだろうが、あんたが腰抜けだったせいで俺の妻になる予定だった女は死んだんだ……! 十五年前、この領で魔物が増えていたことがあった。俺は討伐隊を組もうと進言した。だがあんたは問題ないと、面倒くさそうに突っぱねたな? その後どうなった? 村がいくつか襲われただろうが! その一つの村に、俺の恋人が居たんだ。そこからだ、いつか必ずあんたに復讐すると誓った」
そんなことがあったのか……それでこいつは領主を降ろす計画を立てたのか。逃げずにこの屋敷に来たのはヒューゲルさんを殺すためか。
「た、確かにあった、私が領主になって二年目の時だ……。そ、そうか……アレはそういう……聞いてくれケルブレム! あの時は――」
「うるさい……! せめてお前達家族を……そうだ、妻と娘を殺せば俺の苦しみが分かるか? オーガなら殺される前に殺れるだろうぜ……!」
「止めろって言ってるだろ!」
俺が小瓶を奪うためレビテーションで飛び掛かると、先ほどとはまるで速さが違う斬撃が飛んできた。慌てて身を翻して回避するが、その間に瓶の液体を全て飲み干していた。
「驚いたか? さっき半分飲んだと言ったろう? その後、急に力が湧いてきてな。こいつは増強剤の一種だと思っていたんだよ。だがまあ、オーガに変貌するなら頷ける……」
「くっ……!」
<気にするなラース。こいつはやり直せる機会がいくらでもあった。だが、今ここでこうしていることが全てだ。我らは狂気を止めるしかない>
「ああ……!」
諦めと後悔が混じったような顔で呟くケルブレム。オーガに変貌しても倒せない相手ではないが、やるせないものもある。俺がそんなことを考えていると、サッと俺の脇を抜ける人影があった。
「秘技【致命傷】……!」
「あ!?」
「あ!?」
人影はバスレー先生だった! スキルを使い、ケルブレムの腹に、体に似つかわしくない重い一撃が入り、鈍い音がする。
「げほあ!? ……おえええ……」
「今飲んだ液体はこれで全部出るは――」
「何をするか貴様……!」
「きゃああああ!?」
「バスレー先生!? ……ケルブレム!」
「バスレー先生は私が!」
片膝をつかせたものの、バスレー先生はケルブレムが振った腕が直撃し壁まで吹き飛ばされ床に倒れた。マキナが様子を見に行くのを確認した後、ケルブレムに目を向けると――
「す、少し吐いたがどうやら遅かったようだな……力が……力が湧いてくる……! そらあああ!」
剣を振り下ろすと、ズン、という音と共に床が震えた。とんでも無い力だ……!
「……オーガにならない? 意識もある、のか?」
「くっく、どうやらそのようだな? そのオーガになった冒険者がどうかは知らないが、今の俺はかなり強いぞ……? 吐かなければオーガになっていたというところか……? まあ、いい。さあ……死にたくなければ妻と娘を連れてこい……! そうしたら命だけは助けてやる」
「その前にお前を倒すだけだ!」
俺はサージュブレイドを抜いて立ちふさがる。すると、ずっと呆然と会話を聞いていたコンラッド達が我に返り口を開く。
「ケルブレムを止めるぞ! 領主様を守れ!」
「「「「おおおおお!」」」
「お前達も戦いに参加してもらうぞ?」
「……」
こちらは冒険者、向こうは渋々とした表情で賊が武器を構えて並び立つ。大丈夫……誰も殺させるものか……!
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