第二百十一話 パーティの始まり


 「パーティですよパーティ! お酒とおつまみがまたわたしの手元に……!」

 「飲みすぎないでくださいよ? 私はラースと一緒にいるから付き合いませんからね」

 「だーいじょうぶですよ♪ コンラッドさんとゆっくり大人の飲みをしますから! ぬふふ……」

 <我は次にアイナに呼ばれたら帰るぞ? そろそろ誤魔化しきれん>

 「だなあ。正直、ケルブレムを捕まえて安全を確保して帰ってもらいたかったけど仕方ないか。今日は久しぶりにマキナと三人で話そう」

 <うむ>

 

 ――トレント討伐を果たしたその夜、ヒューゲルさんの屋敷でパーティをすることになり、あの戦いに赴いた全員がこの後やってくることになっている。

 あれからコンラッド達は賊を警護団へ引き渡しに行き、ヒューゲルさんはとある人を経由して使用人を全員屋敷へと戻した。

 まだ危険ではと進言したものの、ひとまず首謀者だと思われるケルブレムが姿を見せないということと、脅迫状の件をギルドに掲示し、ケルブレムを見つけたら知らせるように手配し、さらにバスレー先生が一筆、城に手紙を出していた。

 

 で、ヒューゲルさんに警戒しなくて大丈夫なのか聞いたところ、 


 「保身のために言われるがままにしているなど領主のやることではなかった。危険だとしても、領主としてやらねばならんことを務めねばな。領主の息子であるラース君が戦いに行くほど頑張っているのだ、現役の私が面倒ごとを避けようとしているというのは、な?」


 と、ヒューゲルさんが困った顔でそんなことを言っていた。やる気になったのはなによりだと思う。もちろんなにかあった時のため、しばらく身辺警護を増やすのだとか。コンラッド達、生き残った冒険者から募るつもりらしい。……この冒険者達がケルブレムに繋がっていないという保証はないのが気になるけどね。


 とまあ昼から夕方にかけてはそれなりに忙しかった。

 すっかり陽も暮れた今、俺とマキナ、それとサージュとアンリエッタは屋敷の一室で休んでいたりする。

 俺は窓の外を見ながらぽつりと呟く。

 

 「夜になっても何も無い、か」

 「本当に逃げちゃったのかしら……ラースに殴りかかるくらいだから、大人しく逃げるとは思えないんだけど」

 <小物ほど人を威嚇したがるものだ。綻びがひとつでも出ると脆くなる男だったのだろう>

 「サージュ、難しいことを言うわね……」

 <これでも長生きだからな> 


 すっかりサージュを気に入ったアンリエッタが抱っこしたまま離さずにそんなことを言う。オートプロテクションがあるから俺としては助かる。


 「これから大丈夫かな……? ラースさんとマキナお姉さまがこの町に居てくれるといいのに」

 「俺達には俺達のやることがあるから悪いけどそれは出来ない。でも、両親が心配なら、アンリエッタも慎重に行動するよう心掛けるようにね。俺もそうだけど、アンリエッタは領主の娘なんだ。誘拐や人質、いくらでも使いようはある。しばらくは執事さんやメイドさんと通ったりするといい」

 「うん、ありがとうラースさん。……でもやっぱり、私も強くなりたい。少しでいいの、絶対無茶はしないって誓うから!」


 まだ諦めてなかったのかと俺は少し驚く。だけど首を振ってやんわりと断る。


 「俺の持っている魔法や技は真似できるものじゃないから教えるのは無理だな。マキナもスキルがそういうものだからやっぱり難しいと思う」

 「うう……」

 「でも、そうだな……両親の為に使うというなら、アンリエッタに助言をするのはできる。何が得意で不得意かを聞いて、アドバイスって感じで」


 俺がそう言うと、アンリエッタが顔を上げてポカンとし、マキナが笑う。


 「結局、真剣にお願いしてくることは断れないのよね、ラースは。ま、そこがいいところなんだけど」

 「……とりあえず明日からバスレー先生と予定を確認して、できることをしようか」

 「……うん! あ、みんなそろそろ来るころね、ホールへ行きましょう」

 「メイドさん達が帰ってきて賑やかになったし、良かったわね」


 サージュを抱っこしたままマキナと手を繋ぎ、部屋を出ていくアンリエッタ。それに俺は後からついていく。程なくして、全員が屋敷に集まるとパーティが開催される。


 「……なんで泥棒猫がいるんですかねぇ……!」

 「コンラッドさんに呼ばれたのよ? ふふん、付き合いは私の方が長いんですからね! ねえ、コンラッドさん? ……あれ、居ない!?」

 「あそこに居ますよ!」

 「見つかった……!? ボロゾフ、盾になってくれ」

 「いいじゃねぇか、どっちか選んでやれよ」


 バスレー先生がレイシャさんと一緒にコンラッドに絡むのを横目で見ながら、俺もグラスを傾ける。お、サクランボのお酒か、マキナが好きそうだ。

 

 「これ、サクランボのお酒だ、飲んでみるか?」

 「あ、そうなの? いい香りね……じゃあ、こっちのオレンジのお酒も飲んでみてよ」

 <ぷは、我はやはりビールだな。肉に合う>

 「器用だな、相変わらず」

 

 三人でお酒を飲みながら駄弁っていると、ジョッキを片手にしたケイブが笑いながらこちらへ来る。


 「ラース様、飲んでるかぃ!」

 「マキナちゃんも!」

 「ああ、ケイブにシフォルさん、お疲れ様」

 「疲れは取れました?」

 「うんうん、魔力もばっちり回復したわよ。各地のトレントも討伐依頼がどんどん出されるようになるから、忙しくなるし、頑張らないと」

 「ラース様達はこの後、どうするつもりなんでえ?」


 依頼でお金を稼がないとと力こぶをつくる動作をするシフォルさんが微笑ましい。ケイブが今後のことを聞いて来たので答える。


 「俺達は王都へ行くんだ。一応、学院を卒業したら国王様に挨拶しに行くって言ったからな」

 「え、ええ……? ま、まあ、あれだけ強かったらそういうことも、ある……のかしら……?」

 「もう考えないようにしようぜ……」

 「ラースは子供のころから凄かったんですよ!」

 <うむ。我の友達は凄い>

 「や、やめてくれよ二人とも……」


 お酒が入っているからか、マキナとサージュの口が滑っていく。特に俺のことを持ち上げる発言が多く、俺は照れてしまう。

 そんな楽しいひと時の中、門番さんが転がり込むようにパーティ会場へ入ってくる。


 「りょ、領主様、お逃げください! ヤツが屋敷に……!」


 表情は恐怖にかられ、肩から血を流して叫んでいた。ヒューゲルさんが慌てて声を上げて状況を尋ねる。

 

 「どうしたゴート、そのケガは!? ヤツとは誰だ? ……まさか!?」

 「そうです! ケル……ぐわああああ!?」


 肉を切鈍い音がした瞬間、ゴートと呼ばれた門番が吹き飛び部屋の中ほどに転がる。見ると背中がバッサリ斬られ、血を噴き出させてびくびくと痙攣をする。


 「まずい……! <ヒーリング>!」


 俺が魔法を使うと、直後に彼を切りつけた人物『達』が入ってくる。それを見たコンラッドが腰の剣に手をかけながら前へと躍り出た。


 「ケルブレム……! それに牢に入れたはずの賊達だと……!?」

 「そうだ、俺だよコンラッド」

 「……逃げたんじゃなかったのか?」

 「最初はな、そのつもりだったんだ。だが、計画を潰してくれたお前達のことを考えると、苛立ちが収まらないんだよ。だから、ここで全員始末してやろうって思った。お前達は気づいていなかったようだが、パーティの話を聞いていてな? 集まったところを始末しようと、ずっと待っていたのさ」


 淡々と、感情の無い声で呟くケルブレム。俺と話していた時はもう少し感情的だったような気がするが……?

 

 「腐ってんな……。そいつらがここに居るのもおかしいだろうが! 警護団はどうした!」

 「今頃はあの世じゃないか? 死んだかどうかまでは確認しなかったしな」

 「……!?」


 ケイブが叫ぶと、やはり抑揚の無い声でケルブレムは言うと、コンラッドが剣を抜いて切っ先を突きつけた。


 「たった六人でこの人数に勝てると思っているのか?」

 「ふは! 逆に聞くが、疲れた体で酒を飲んでいるお前達が俺に勝てると思っているのか! それに、俺にはこういうものもある!」


 口の端を歪めて叫ぶケルブレムがポケットから取り出したのは小瓶だった。それを見た瞬間、俺の背中に冷や汗が噴き出る。


 「ラース、あれ……!?」

 <まさかあれは……!>


 マキナとサージュも俺と同じことを思ったようで、額に汗を流す。


 あれは間違いない――


 「あの時、誘拐犯をオーガに変えた薬……!」

 

 俺はそう呟きながらも、体はすでにケルブレムへと駆け出していた!

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