第二百十話 一時決着?
「馬車に~揺られて~♪ 向かう先は~二度と出られない檻の中~♪」
荷台に五人を乗せ、馬と俺で荷台を引く。両サイドにマキナとバスレー先生がついて万が一の脱出ができないように立っていた。俺達の後ろにはヒューゲルさん達、領主一家の乗る馬車が付いてきている。
サージュを置いて俺達だけ行こうかという案もあったが、ヒューゲルさんが直接ケルブレムと話をするということで、この形になった。
ラクーテさんとアンリエッタを残すのは心配もあると、まだ刺客がいるようなら俺達が居なくなったのを見計らってくる可能性もあるため全員一緒についてきたというわけだ。
とりあえずバスレー先生の歌を止めるために俺は振り返って声をかける。
「止めなよバスレー先生、事実だけど町中で歌は恥ずかしいだろ」
「こうして精神的ダメージを与えて情報を引き出す作戦ですよ。いいじゃないですか、ねえ、マキナちゃん」
「え!? わ、私に聞かれても!? ……歌は上手いと思いますけど……」
「あら、ありがとうマキナちゃん。……さて、そろそろギルドですが、コンラッドさん達はどうしていますかね?」
ギルドの看板が見えてきたところでバスレー先生が目を細めて言う。早朝じゃないから他の冒険者は出ているけど、生き残ったあの人数が詰め寄れば逃げるのは難しい。
問題は口頭でしか黒幕がケルブレムとしか聞いていないので証拠としてはかなり薄い。一応、筆跡鑑定はしてみようと脅迫状を持ってきてもらった。
やがてギルドの扉をくぐると。中央で固まるコンラッド達の姿が目に入る。だがケルブレムの姿は見えない。俺達を待ってギルドマスターの部屋へ突撃するつもりなのかと思いながら俺は声をかける。
「どうしたんだコンラッド? みんなも渋い顔をして」
「おお、ラース君か! いや、君たちを待っていたんだ」
「ギルドマスターの部屋に突撃するのか?」
俺が奥の扉に目を向けると、ボロゾフが近づいてきて首を振ってコンラッドの代わりに答えた。
「それがレイシャが言うには今朝から姿を見せていないらしい。そうだな?」
「はい……昨日、お知り合いだという方がギルドに見えられてから様子がおかしかったんですが、何か関係がありますかね?」
「どんなやつだった?」
「凄く優しそうな顔をした男の人でした。眼鏡をかけた小柄な女の子とポニーテールの女性を連れていて、何か耳元でボソボソ喋ったあと慌てて外に追いかけて行ったんです。すぐ戻ってきましたが、その後から気分が悪いと部屋にこもってそのまま……。で、朝はもぬけの殻でしたね」
知り合いのように話しかけるとしたら、クロノワールが有力だけど、あの情報を俺達に渡して安心させ逃がす手助けをしたのか? でも優しそうな顔をしていたってことは、
「レイシャさん、そいつは顔に包帯を巻いたりしていた? 名前とかは?」
「ううん、とてもきれいな顔立ちの男の人だったわ。名前は名乗っていないから分からないわ」
「そうか……」
俺が顎に手を当てて悩んでいると、スッと前に出てきたヒューゲルさんが口を開く。冒険者達はその姿を見てどよめきを見せる。
「ラース君、とりあえずギルドマスターの部屋に入ってみようじゃないか。手がかりがあるかもしれないぞ」
「ヒューゲルさん。そうですね、家探しと行きましょうか。俺とコンラッド、ヒューゲルさんで確認をしよう。マキナはふたりについていて」
「三人ですよラース君?」
「バスレー先生は自分で守れるでしょ」
「酷い……!」
するとレイシャさんが何かカギを持ってコンラッドのところへ行く。
「コンラッドさん、カギは私が持っているから開けますね」
「よろしく頼む」
「む、あの女、コンラッドさんに……! おおっと体が滑ったぁ!」
「きゃあ!? な、なんですかあなたは!?」
コンラッドに微笑むレイシャさんにバスレー先生がわざとらしい体当たりをして、レイシャさんがバランスを崩す。
「いえ、泥棒猫がいたものだからつい」
「私のことですか!? コンラッドは私が……ああ、いえ……なんでも……まったく、後で覚えていなさい……! では……」
大人の対応をしたレイシャさんがカギを回し扉を開けてくれた。慎重に俺、コンラッドの順に入り、周囲を伺って何もないことを確認すると、ヒューゲルさんを招き入れた。
「……誰も居ない、か」
「逃げたか、クロノワールの奴、情報を与えたのはこうなるのから問題ないと踏んだのか?」
念のため隣の部屋も開けるがこっちはどちらかと言えば私室のようで、クローゼットには服がかけられていた。すると背後でヒューゲルさんが声をあげる。
「……ふむ、筆跡は少し変えようとしているがほぼ一致している。本人が居ないから何とも言えないが、今、ここに居ないことが証明みたいなものか」
「そう、ですねスッキリしませんが……」
驚異が去ったわけではないため、コンラッドがそんなことを言いながらギルドマスターの部屋を出ると、今度はケイブが話しかけてきた。
「逃げられたか、あそこでクロノワールを捕まえていたらまた違ったんだろうなあ……」
「それを言っても仕方ないよ。こっちは後手に回るしかない状況ばかりだったから、犠牲者がいないことを喜ぼう。とりあえずケルブレムのことは一旦置いといて、次はこいつらをどうするか」
五人の賊を前にして俺は口を開く。
「そういえばこの五人は……?」
「領主邸を襲った賊だ。多分ケルブレムの手のものだろうけど、口を割らないからこのまま牢屋に放り込むしかないと思う」
「なるほどな。おい、お前等見捨てられたみてえだな。ケルブレムは居ないってよ」
冒険者のひとりがしゃがみ込んで言うと、男達は無言で目を逸らす。まあ、バスレー先生の拷問にも耐えたし、今更喋ることは無いだろう。
そこで、ヒューゲルさんが手を叩いて珍しく大きな声を出して冒険者達へ告げる。
「今回は私の不甲斐なさで迷惑をかけた。我等一家の脅威は去ったとは言い難いが、トレントの討伐のおかげで町と村は徐々に元に戻るだろう。本当にありがとう」
ヒューゲルさんが頭を下げると、冒険者達が困惑しながら口々に言う。
「そんな、頭を上げてくださいよ。脅迫されていたんだから仕方ないですって」
「そうですよ。相談するにしてもギルドマスターが黒幕じゃどうしようもない……」
「また忙しくなるんです、それで帳尻合わせましょうや! んじゃ腹も減ったし昼飯に行ってくるか、何かあったら声をかけてくれ」
「ラース様、また依頼でもしましょう!」
一旦の解決だと判断した冒険者達はバラバラとギルドから出ていったり、その辺の椅子に腰かけて居眠りを始めたりと自由に行動し出した。
「あ、じゃあわたしたちもお昼食べましょう! コンラッドさんも是非!」
「コンラッドさんは私と食べるんです! いいですよね? いつも一緒でしたし!」
「あ、ああ……。あ、いや! この賊を何とかしないといけないから俺はダメだ! バスレーさんはラース君と領主様を送るんじゃないかな!」
「あ、そうですか……」
「ちぇー」
コンラッドがふたりを上手くかわし、賊はコンラッド、ヒューゲルさんは俺達が受け持つことにし、移動するため外に出る。
それにしても逃げられたのは痛い……まだ遠くに行っていないと思うし、この辺りを捜索しておくべきか?
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