第二百九話 合流と尋問


 ギルドをコンラッド達に任せて俺とマキナは領主邸へと足を運ぶ。そろそろお昼になりそうな時間帯なので、町中は人がまばらである。


 とりあえず領主邸には俺が修得した【召喚】でサージュを置いて来たので、もし何かあったとしても最悪な事態にはならないはず。アンリエッタが人質に取られないよう傍にいることも含めているし。

 

 心配事はどちらかといえば――


 「……バスレー先生は大人しくしているかしら……」

 「判断が難しいね、あの人真面目な時はいいんだけど基本的にダメな人だからなあ」


 お酒を飲んで騒いでいる姿が目に浮かび苦笑する俺達。しばらくして領主邸に到着すると、門番へと声をかけた。


 「こんにちは、帰ってきました」

 「おお、無事だったのか!」

 「ありがとうございます!」


 門番さんが俺達の顔を見て笑いかけてくれ、マキナがお礼を言う。するとすぐに門番さんが顔を曇らせて口を開く。


 「良かったよ、こっちは賊が現れてな、俺達危うく死ぬかもしれなかった。まあ、君たちの先生? 彼女が取り抑えてくれてことなきを得たよ」

 「ええ!? だ、大丈夫ですか?」

 「ああ、殴られて気絶しただけだ。それでも領主様には申し訳ないけどな」


 任された門番の仕事を全うできなかったことを悔やみつつ、肩を落とす門番さんのふたり。結果としては確かにそうなんだけど……


 「でも、命を取られなくて良かったと思う。いくら仕事でも、雇っている方も無理はして欲しくないと願っているはずだから、もし死んでいたら凄く悲しいよ」

 

 もちろん仕事なので門番が逃げることは許されない。だけど、親しい人が翌朝冷たくなっているのはやっぱり辛い。


 「はは、ありがとうよ。こんなことがまたあったら困るが、もっと鍛えるつもりさ。ほら、領主様のとこへ行くんだろ?」

 「そうだね、ありがとう」


 笑いながら門を開けてくれ、俺達は中へと入って行く。玄関をノックすると、初めてきた時と同じくアンリエッタがサージュと共にやってきた。


 「あ、おかえりなさい!」

 <戻ったか。心配はしていなかったが、無事で何よりだ>

 「ふふ、ただいまサージュ。何かとんでもないことになっていたらしいわね?」


 マキナがサージュを抱っこしながら尋ねると、サージュは目を瞑って一瞬口ごもり、アンリエッタが困った顔で笑う。


 <見た方が早いか。アンリエッタ、案内してくれ>

 「そ、そうね」

 「?」

 「なんだろう?」


 俺達は顔を見合わせてアンリエッタの後ろをついていく。応接室に入るとそこには――


 「さあさあ、黒幕が誰か吐きなさい!」

 「い、嫌だ、誰が話すかよ……!」

 「そんなことしたら消されちまうよ!?」

 「そうですか、残念ですね……ではこの海老のアヒージョはわたしのお腹の中へと消えます」

 「あ、ああ……! ごきゅり……」

 「ああ……美味しい……」

 「く、くそ……は、腹が減った……す、少しだけでも……パンの端だけでもいい!」

 「ダメです。あなた達の雇い主を口にするまでは何もあげません……わたしも苦しいんですよ? 捕縛した賊とはいえ、ご飯抜きだなんて残酷なことをするのは……んー、このステーキも美味……」

 「うおおおお!」

 

 応接室には見たことがない五人がぐるぐる巻きにされて床に転がされ、バスレー先生が皿を片手に屈みこみ、料理を自分の口へ運んでいた。


 「次はこの骨付きのソーセージなんてどうでしょうねえ」

 「ああああああ……」


 どれくらい食べていないのか分からないけど、賊の目は血走り、ソーセージに釘付けだった。しかし無情にもバスレー先生の口にスッと入って消えた。

 ご満悦なバスレー先生に恨めしそうな目を向ける賊が少し哀れに見えてきたのでそろそろ声をかけるとしよう。

 

 「帰ったよ先生」

 「その人達が襲撃者ですか?」

 「おや、ラース君にマキナちゃんじゃないですか! そうです。今まさに尋問をしているところですよ! マキナちゃんもどうぞ」

 「ありがとうございます……? 美味しい……」

 「う、ぐうう……」


 マキナがよく分からないと言った感じで差し出されたソーセージをもぐもぐすると、賊たちは大きく項垂れる。その様子を見てバスレー先生が骨を向けて言う。


 「早く吐いた方が身のためですよ? まあ、黒幕に消される可能性があるからだと思いますが、ここで捕まっている時点で消されるんじゃありませんか?」

 「……ふん、殺すなら殺せ。どうあっても俺達は吐くことは無い。吐いて死ぬくらいなら、語らず死ぬ」

 

 五人のうち一人がキッと俺達を睨み不敵に笑いながら言う。なんとなくだけどこいつらはもう生きるつもりはないような気がする。


 「……ケルブレムならもう終わりだ。もしお前達がケルブレムの手のものなら……いや、そうでなくても一緒か。ここのルールは分からないけど、領主の命を狙ったんだし少なくとも終身刑だよな?」

 「そうですね。もしケガでもしていたら首ちょんぱまではあったかもしれませんね? わたしに感謝して欲しいくらいです」

 <いや、倒したのは我だぞ>

 「ま、わたしは慈悲深いのでこうやってぶちボコって簀巻きにするだけにしました。しかしこれ以上頑なに口を噤むなら出るとこ出ましょう」

 <だから我が倒したんだが……>


 まだ交渉を続けるバスレー先生だけど、俺は時間が勿体ないと思いそれを遮る。


 「とりあえずサージュは後でバスレー先生の右手を噛んであげればいいよ。で、先生、今少し言ったけど、この脅迫状はギルドマスターのケルブレムの仕業だった。ヒューゲルさんに報告して、今からケルブレムのところへ行こうと思うんだ。ついでにこいつらを連れて行けば知らないか聞くこともできるだろう」

 「……ふむ、確かにこのままだとわたしがご飯を食べて太るだけという、あまり面白くない未来しかないですね。そうしましょう」

 「そんな理由……」

 「自由ですね……」

 

 マキナがため息を吐き、アンリエッタが呆れたように言う。


 「お、脅しには屈しねぇ……!」

 「ソーセージ……」

 「お前、裏切るつもりか!?」

 「はいはい、とりあえず外にあった荷車に運ぶから大人しくしろよ? <ストレングス>。マキナ、ヒューゲルさんに報告を頼むよ」

 「うん、任せて! アンリエッタちゃん、バスレー先生、行きましょうか」

 「はーい!」

 「海老だけ食べさせて……! それとコンラッドさんに久しぶりに会えますねえ」

 「あー、えっと……」


 バタバタとしながら三人が出ていき、俺と賊だけが残され、ふたりずつ抱えて外と応接室を往復する。最後のひとりを運ぶ際、男が俺に声をかけてきた。


 「……なんですぐ殺さねぇ」

 「ん? 俺は殺すのが苦手だからな。できれば殺したくないだけだよ。ただまあお前達が襲撃したことで誰かが死んでいたら、生きたまま地獄を味わうことになったかもしれないけど」

 「……」

 

 脇に抱えた男が冷や汗を流しながら俺に目を向けてくるのが分かる。だが、声を絞り出しながらも男は話を続ける。


 「お前みたいな育ちの良さそうな子供には分からねぇだろうな……生きているのに死んでるのと変わらない人間だっているんだぜ。だから俺達は――」

 「……お前達の境遇なんて俺は知らないよ。けど、今までがどうであったかじゃなくて、今からどうあるべきかの方が大事なんじゃないかな。過去は変えられないんだから。例えばお前達が過去に苦しい目にあっていたとしても、俺にはもう助けてやることはできない。だけど、今、お前達が真相を話してくれるなら、俺はお前達を守ってやれるかもしれない」


 そう言って、いつかリューゼに見せたような特大のファイアを出して見せる。


 「……!?」

 「まあ、死ぬ覚悟があるんだし関係ないか。別に喋らなくても俺は構わないけど」

 「……」


 男は頭を下げて黙り込んでしまう。

 実際、何があったのかは分からないし、目的が聞けるなら儲けものだけど喋らないなら仕方がない。全員を捕縛すれば今のところは解決かと嘆息する。


 そう、思っていたんだけど――

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