第二百八話 始末する者、される者


 <オリオラの町>


 「……あいつら帰って来ないな」

 「どうしました? 帰ってきていないのはコンラッドさん達くらいですけど、他にいましたっけ?」

 「いや、何でもない」


 暗殺をけしかけた連中が朝になっても帰って来ず、現在、夕方に差し掛かる時間になっても誰も姿を見せない。

 アリバイ作りのためギルドで仕事をしていたケルブレムがぽつりと呟いたのをレイシャが聞き返すと、ケルブレムは平静を装い返す。


 「(……失敗したか? それにしては領主に動きが無い。門番含め、あいつらを倒せる力を持ったやつはあの屋敷にはいないはず……奇襲をかけているし尚のこと倒されることはないだろう。イルミとリースがこちらの意図に感づいて五人を始末した? それなら俺のところに来てもおかしくない……)」


 五人が報告に来ないことにより、様々な憶測が浮かび、内心穏やかではない。しかし、ここでケルブレムが動くのは得策ではないと自分に言い聞かせ、戻ってくるのを待つ。


 「(くそ……レッツェルが来てから上手くいかない……疫病神め、昔からあいつが近くにいるとロクなことがない……)」


 ギルドのテーブルを拭きながらそんなことを考えていると、不意にギルドの扉が開かれ、カランとベルが鳴り響いた。


 「あ、いらっしゃいませー」

 「いらっしゃ――!?」


 レイシャが元気よく声を出し、続けて入り口を見ながらケルブレムも挨拶をしようとしたが、そこに立っていた人物を見て言葉が詰まる。


 「やあ、久しぶりだねケルブレム」

 「昨日はどうもー」

 「くっく、どうしたんだい、そんなに驚いて?」


 そこに居たのはレッツェル、イルミ、リースの三人だったからだ。イルミとリースはともかく、レッツェルが死なないことを知らないケルブレムは、レッツェルが生きていたことに驚きを隠せずに冷や汗が噴き出る。


 「お、お前等……!」

 「ん? どうしたんだい? 僕の顔に何かついているかな? そろそろ旅立とうと思うからちょっと寄ったんだ、世話になったね」

 「あら、マスターのお知り合いの方でしたか!」

 「ええ、友人でしてね」


 レイシャの言葉を受けてそちらに目を向け、細めて微笑んだ後、ケルブレムに近づいていく。目をニヤけさせ、レッツェルは耳元で囁くように言う。


 「喜べ、トレントは無事退治されたよ。冒険者は無事だ。そして僕は君の計画を冒険者達に話した。帰ってきたら面白いことになるだろうね。それと領主邸に送り込んだ五人は捕縛された。いやあ、ずいぶん強い用心棒がいてねえ? イルミとリースは逃げるので精いっぱいだったみたいだよ」

 「き、貴様……!? よくもいけしゃあしゃあと!!」

 「ケ、ケルブレムさん!? ……あ、あれ?」


 耳元で『ははは』と笑うレッツェルに激怒し、殴りかかるケルブレム。レイシャが驚いて声を上げるが、次の瞬間、すでにレッツェルはギルドの扉に手をかけていた。


 「それじゃあ、次はいつ会えるか分からないけど元気でやってくれ。行こう、ふたりとも」

 「ああ。そうだ、これを渡しておこう」


 出る直前にリースがケルブレムに小瓶を投げ渡して不敵に笑う。ケルブレムは脂汗を流しながら小瓶を握り、出ていった三人の後を追う。


 「お、俺も連れていけ!」

 「ああ、確かに逃げるなら今のうちじゃないかな? 組織のことを吐かされたら君、間違いなく死ぬだろうし。でも僕達と一緒はお断りかなあ。ほら、だって僕は君のこと嫌いだしね! はははははは!」

 「き、消えた……!?」

 「剣の腕だけでギルドマスターになったのは中々だけど、その後、それ以上の手を作れなかった哀れなケルブレム。教主は君を必要ないと判断したよ」

 「ば、馬鹿な……!? 計画を終わらせたのは貴様ではないか!?」


 「悪くない計画だったけど、トレントが増えすぎて国中に蔓延したのはまずかったね。せめてこの町と近隣の村が困る程度にしておけば国が動くことは無かった。コンラッドっていう冒険者と見知らぬ女性が一緒にいたのを覚えているかい? ……あれは国の人間だよ」

 「……!?」


 コンラッドと一緒に居た女性のことを言われ、ケルブレムの背筋に冷たいものが走る。


 「僕達の組織が動いていることを悟られてはならない……逃げきるか死か、それしかない」

 「組織のことを知られたくないならなぜ俺のことを話した!」

 「君が持っている程度の情報じゃあねえ……それに、君は生き残るのだろう? 精々あがいてみせてよ」


 その言葉を最後にレッツエルの言葉と気配はぷっつりと途切れた。小瓶の中に入っている液体を睨みつつ、ケルブレムはその場で立ち尽くしていた――



 ◆ ◇ ◆




 「あれ? マキナそれは?」

 「これ、あの光るトレントの枝の一本よ。何か枯れてなかったし、私の攻撃を耐えたから戦利品として持ってきたの」

 「アンデッドはダメなのにそういうのは平気なんだよなあマキナって」

 「だって薪にしか見えないもん!」

 「確かに……」


 トレントの討伐を終え、一路町へ向かうが距離があるため再度野営を挟む。マキナがトレントの大きな、もはや薪と言っていいくらいの枝を戦利品として手の中でもてあそんでいた。


 「交代で警戒だな。ラース君とマキナさんはこの戦いの功労者だ、眠ったら声をかけず俺達だけで見張りをするぞ」

 「おお、もちろんだぜ。しかしあれで【器用貧乏】がスキルってんだからラース様はすげぇな……」

 「ハズレだって言われているがあれは嘘だったのだろうか?」


 俺達に聞こえるかどうかという小声でそんな話をしている冒険者達。色々あったけど、目的のひとつは達成できたかな? 

 カバンを枕にしてマキナと共に眠りにつき、途中で出会う魔物達を蹴散らしながら町への帰還を果たす。


 「ようやく戻ってきたな……くたくただぜ……」


 ケイブが剣を杖代わりにして弱音を吐く。帰りにトレントが居なくなった反動か、別の魔物に襲われ対応していたから仕方がない。そこへコンラッドが言う。


 「もう少しの辛抱だ、すぐギルドへ向かおう。ケルブレムを問い詰めないと」

 「ああ、ベッドで休みたいわあ……」

 「シフォルさん、もうちょっとですよ!」


 ゆっくり休ませてもらった俺とマキナは元気なので、マキナはシフォルさんの肩を取って一緒に歩く。

 そんな中、そういえばと俺は思い出しコンラッドへ言う。


 「ヒューゲルさんに報告はどうする? クロノワールの言うことが本当なら領主邸に刺客が行っているはずなんだ。向こうの様子も見ておきたいんだけど」

 「確かに領主様にも報告は必要か……しかし俺達が帰って来たのを気づかれたら逃げられないだろうか?」

 

 俺はコンラッドにそう言われて腕を組んで考える。確かに言うことももっともで、始末するつもりが堂々と帰ってきたのだから驚くだろう。仲間がどれくらいいるのか分からないけど、手を焼いていたトレントを倒して帰って来たのだから戦うよりも逃げの一手になる可能性が高い。


 「なら二手に分かれましょう。俺とマキナはヒューゲルさんのところへ行く。バスレー先生もいるから迎えついでってことで」

 「分かった。こっちは疲弊しているがこの人数なら逃がすことはないはずだ、よろしく頼むよ」


 コンラッドが微笑みながら。フラグになりそうな言葉を俺に言ってきた。……大丈夫かな? とりあえず俺達は領主邸へと向かった。

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