第二百七話 トレント達の末路と謎
「う、ぐ、おおおおおおお!?」
トレントの巨木の腕に叩きつけられたクロワールは勢いを緩めず、木にぶつかりながら紙屑のように吹き飛んでいた。しばらくそんな状態が続いていたが、そのうち大木にぶつかり、ずるずると地面へと横たわった。
「がは……! はあ……はあ……ようやく止まったか……全力でやらせたからこうなるとは思ったけど……う、ぐ……骨は胸と腕に複雑骨折数か所、内臓損傷、他にも機能不全がいくつか見られる……片目も見えない、か」
クロワールが何とか動く右腕で顔の包帯を外すと、下から出て来たのは毒で皮膚をやられた顔……ではなく、偽医者のレッツェルだった。朦朧とする意識の中、這いつくばるように呻く。
「い、痛みは普通にあるのが厄介だよまったく……だけど――」
レッツェルがスゥと深呼吸すると、傷が瞬く間に癒えていく。血は傷から体内へ戻り、傷は消え、やがてレッツェルは立ち上がると、胸に手を当てて感触を確かめる。
「……さて、完治したみたいだしイルミとリースのところへ戻るとしようか。……それにしてもラース君は着実に強くなっている。子供のころは全力を出さなくても余裕だったけど、今はダガーだけで戦うには厳しい相手だね」
そんなことを口の端と端を吊り上げて笑いながら呟くと、町のある方角を見て歩き出す。
「……次に会う時はどれくらい強くなっているか楽しみだ……早く”神宿”をできるまでになって欲しいね……神がくれたこのスキルはきっと神しか殺せない……はは、ははははは……あははははははは! 楽しみだ、本当に! ……おっと、こんなに笑っていたら見つかってしまうね? また会おう、ラース君――」
泣き笑いのような顔で、レッツェルは笑いながら森の中へと消えていくのだった――
◆ ◇ ◆
――あははは……
「今、笑い声が聞こえなかった?」
「ああ、俺にも聞こえた! 多分こっちだ!」
俺は早々にボロゾフ達と合流し、俺は空からボロゾフ達に話しかけると、眼下のボロゾフ達も聞こえていたらしく声のした方向を見極めて走り出す。
……あの勢いなら木に直撃すれば無事では済まないはず。だけど、今聞こえた笑い声はずいぶん元気だった。回復魔法を使えるような感じではなかったから別人……ってそんな訳ないか……元気ならそれはそれで厄介だと思いながら慎重に進むと、さらに十分ほど歩いたところで酷い血だまりを発見する。
「……木にも血がべったりついている、ここで叩きつけられて止まったってところか……」
「ダメだラース、血の跡がどこにもない」
「このケガでどうやって逃げたんだ……?」
俺はもう少し高く空を飛び、周囲を確認するがそれらしい影は無かった。あの強さなので魔物に襲われた、という楽観的な考え方も難しい。何らかの方法で逃げたと見るべきか……転移や召喚などで逃げたかもしれない。
俺だけでも探索を、とも考えたが魔力を大幅に消費しているのでここは撤退が良さそうだ。少なくともトレントが大量発生することはもう無いだろうしね。
「ボロゾフ! これ以上はこっちが迷うことになりそうだし、みんなのところへ戻ろう」
「いいのか? ケルブレムを問い詰める材料がないぞ?」
「そこは何とかなると思う。証人は俺達全員だから、生きて帰れればヒューゲルさんからギルドマスターの審問ができる。こっちには切り札があるから」
「切り札……? まあ仕方ねぇ、あの変なトレントを倒せただけでも良しとするか。町と村は平和になんだろ」
「そうだな。……えっと、こっちだ」
俺達は後ろ髪を引かれながらも、血だらけの痕が残る場所を立ち去る。すぐに泥の池があった場所に戻ると、マキナが駆け寄ってきてくれた。
「お帰り! ……その様子だと、逃げられた?」
「だな。血だまりはあったけど死体は無かった。あのケガで逃げ切れるか分からないけど、報復に備えて慎重に帰ろう。とりあえずみんなを治療するから待っててくれ」
「うん。終わったら話があるわ」
マキナの言葉に頷き、俺は各冒険者の治療にあたる。
「ありがとう、ラース様が居なかったら全滅だったな。まさかあんなのがいるとは……」
「ベテランでも苦戦するんだから、相当なやつだったってことで。きちんと回復魔法を使える人と魔法使いをもう少し用意すれば勝てない相手じゃないでしょ?」
「ははは、まあな! もっと訓練を積まないと……あの剣、凄かったな」
そう言って気を引き締める冒険者達。失った血はご飯を食べて回復してもらうとして、全員の治療が終わったのでマキナの下へ戻る。
「お疲れ様! 早速だけどこっちに来て」
「?」
俺はマキナに手を引っ張られ、向かった先は池があった場所で、そこには底を見ているコンラッドが居た。
「ラース君か、すまない、追跡をありがとう」
「いや、構わないよ。で、ここに何が――」
「あれ、何だと思う?」
マキナが指さしたところに、青い玉が落ちていた。とてもきれいに輝き、宝玉といっても過言ではない。そう言えば底に上質な魔力が、とか言っていたけどもしかしてあれが……?
「……よっと」
「どうするの?」
「拾ってみるよ、このままにしておくのも良くない気がする」
「危なくない? い、一緒に行くわ」
俺がレビテーションで底を目指すと、マキナが縁に摑まってゆっくり降り始めた。先に底についた俺は青い玉を観察するため屈みこんだ。
「……凄くきれいだな。これがトレントの発生源?」
「これでアクセサリーを作ったら凄いものができそう。アルジャンさんなら加工してくれるかも」
「とりあえず【鑑定】してみるか」
キレイな宝玉を前に色めき立つマキナ。女の子らしい発想に頬が緩む。触れる前に視ておくのが賢いかと思い、俺は【鑑定】を試みる。
”名称:??? 魔力濃度が高い玉。宝石とは違う”
「これだけか……」
流石に簡易鑑定だとこれ以上は分からないようだ。
宝石ではないらしいので、純粋に何らかの形で魔力が塊になったと見るべきだろうか? それが魔物を突然変異や異常発生を引き起こしたと。
「……」
「ごくり……」
俺が宝玉に手を伸ばすとマキナが俺の背中にくっつき、耳元で喉を鳴らすので、ちょっとドキドキしながら宝玉を掴む。
「うわ!?」
「きゃあ……!?」
掴んだ瞬間、カッと輝きを増したので思わず目を瞑って叫ぶ俺達。だけど、すぐに光は収まりうっすらと目を開け宝玉を確認する。
「だ、大丈夫そうね……?」
「うん。……特に問題なさそうだし、帰ろうか<レビテーション>」
宝玉はまた静かに光を放つだけどなり、俺はマキナを連れて地上へと戻るとコンラッドが話しかけてきた。
「大丈夫か? すごい光だったが……」
「ああ、これが犯人……かな?」
俺がそういうと、離れたところで待機していたケイブとシフォルが声を上げていた。
「うおおおい!? こ、これ全部トレントかよ……!?」
「き、木に擬態していたのね……? というか多っ!?」
見れば俺達の周りにあった木がいくつか倒れ、それはトレントの顔が浮き出ていた。そしてあちこちから倒木の音が聞こえ、これでトレント騒動は本当に終わったのだと思った。
あそこから宝玉を動かせば効果が切れるものだったのだろうか? それにしてもトレントが枯れるということ自体おかしいのだが……。だけど、少なくともこれでトレントが増え続けることは無いだろう。
だけど、ケルブレムが犯人だとしても真の目的はいまだ不明。だけど、これはケルブレムを吐かせれば何とかなるかと思う。
しかしケルブレムが邪魔だったとはいえ、ここまで大掛かりな計画を潰すクロワールの目的も謎のままなのが心残りだ。
結局のところ足の引っ張り合いで全てを台無しにしたという、よくあるダメな悪事の結果ではあるので今日のところはトレントを駆逐できたことを喜ぼう。
けど――
「どうしたのラース? 難しい顔してるわよ」
「いや、何でもないよ、行こう」
――なんとなく、これが始まりなのではないかと、俺はマキナの手を握りながら、そう思った。
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