第二百六話 クロワールを捕縛せよ
「がああああ!?」
「え、枝が絡みついて、う、ぐあ……!?」
「黒いトレントよりも強い……一体だけだというのに……!」
戦いが始まってから数十分が経過していた。
たった数十分、されど数十分……冒険者達はそれだけの時間で酷く傷ついていた。
光り輝く巨大トレントは黒トレントのように防御が高いということはなく、剣で切り裂くことができるんだけど当てるのが大変なくらい素早い。
さらにトレントの枝は伸ばして攻撃を仕掛けてくるうえ、締める、突く、払うといった多彩な動きを見せてくる。
「怯むな! 回り込んで足を止めるんだ! ……む、マキナさんか!」
「私が止めます! みなさんはその瞬間を狙ってください!」
マキナが枝をかいくぐり、顔や腕に切り傷を作りながらも接近していく。俺はその様子をチラリと一瞬だけ見て、トレントの上に居るクロワールをレビテーションで追う。
「高みの見物が出来ると思うなよ!」
「おっと……ははは、そうこなくっちゃ! ……シッ!」
「たあ!」
ウォータージェイルを左手で引いてバランスを崩し、その隙を狙って右手の剣を肩口目がけて振る。しかし、木の上という不安定な場所で足を引っ張たにも関わらずダガーで俺の攻撃を受けた。
バランス感覚もそうだけど、パワーを上げている一撃を耐えるとは恐ろしい奴……!
「ならこうだ、<ファイヤーボール>!」
「そのくらい――……!?」
「その動きができるお前ならそうするよな……! そらああああ!」
「ぐ……!? やるね……!」
近距離でファイヤーボールを放つと、それを見越していたクロワールは身をよじって回避する。それも織り込み済みだった俺は避けた方から蹴りを繰り出す。クロワールは自分から俺の蹴りに飛び込んだ形になるため、ダメージはかなり大きいはず。その証拠に包帯の隙間から覗く目が苦痛にゆがむのが見えた。
「<ファイアアロー>!」
「それは当たってやれないね」
「まだだ!」
「【カイザーナックル】!!」
「うおっと!?」
マキナが下で重い一撃を繰り出し、トレントが大きく揺れてクロワールがバランスを崩した。
さらに縦横無尽に動ける俺に対し、足元がおぼつかないクロワールではどちらが有利かは火を見るよりも明らかだ。
休みなく俺は魔法と剣を使い攻め続ける。ガキン、と金属音が高らかに響き渡っている。
だけどダガーだけでしのぎ切れるはずもなく、クロワールの体に火傷と切り傷が徐々に増え始め俺は手ごたえを感じていた。
それにしても強い……ティグレ先生程とは言わないけど、回避能力だけなら近いものがある。でもこっちの引き出しの方が間違いなく多いと確信する。
「観念しろ! このままだと死ぬぞ! <ウインドスラスト>」
風の刃がクロワールを襲い、全身をズタズタにする。血まみれになりながらもダガーを突き出し、口を開けて楽しそうに笑う。
「はははは、凄いね! これは期待通りだ! ……ふう、それにしても疲れた……な……!」
「!? させるか!」
「はははは!」
ウインドスラストを放った後すぐに斬りかかると、無理やり体をねじ込み俺に迫る。常人なら怯むところだし、一歩間違えれば首筋から頸動脈をやってしまうだろう。
しかしクロワールは疲れたフリをし、俺を誘い、血を噴き出しながら笑って攻撃を仕掛けてきた。
俺が一歩早く気づいて腹に剣を突き刺すと、掴んだままトレントの背から落下を始める。
「この高さはまずいか……!」
俺が慌ててウォータージェイルを引き、クロワールを掴もうと追いかけると、下から枝をけん制するケイブに声をかけられた。
「ラース様、そんなやつ死なせても構わないんじゃありませんか!?」
「証拠を握っているのはこいつだ! 生かしてこいつの証言も欲しい。じゃないとケルブレムは証拠がないと言い張る可能性がある!」
「はは、いい読みだ。だけど捕まるつもりはない」
そう言いながら、落下するクロワールが指をパチンと鳴らす。あと少し手を伸ばせば届くというところで信じられないことが起きた。
「うぐ……!?」
「そんな!?」
トレントが巨木を振り回し、マキナの攻撃でぐらつきながら『クロワール』を吹き飛ばしたのだ!
直後、ウォータージェイルが千切れて伸ばした手は何も掴めなかった。
「この局面で自分を吹き飛ばすなんて……! 俺はあいつを追う、マキナここは――」
「グォォォォ!」
「急に暴れ出した!? ……くそ、はあっ!」
マキナ達にトレントを任せてクロワールを追おうとした矢先、標的を俺に変えて腕を振り回してくる。剣でそれを遮りながら俺は下に居るコンラッド達に叫ぶ。
「誰でもいい! 吹き飛んでいったクロワールを追ってくれ、逃げられるのはマズイ!」
「わ、分かった! ボロゾフ頼む」
「分かってんよ! サモ、カバーニャも行くぞ」
「おう!」
三人が走り始めるのを横目に、トレントの猛攻をしのぐ。見れば下は冒険者の半分は大怪我をしており、この光り輝くトレントの強さがどれほどのものかを物語る。
「折れろ! ……はあはあ……ラース、こいつダメージ通ってるのかしら?」
「<ファイヤーボール>! 状態を見る限りは、ね」
トレントもヒビが入り、枝もところどころ折れているがものともせず大暴れをする。冒険者もこれだけやられていたらジリ貧か……そう思って俺はカバンに手をかける。
「マキナ!」
「あ! ……うん、分かったわ」
「マキナちゃんそれは? <アースブレイド>! きゃあ!?」
俺がマキナにサージュ装備を投げて渡すと魔法を撃って牽制していたシフォルさんが不思議そうに聞き、直後枝に叩かれ地面を転がる。マキナは装備を付けかえると、追撃をしようとした枝をパシンと弾き、そのまま前傾姿勢で懐へ飛び込んだ。
「いっ……けぇぇぇぇ!」
マキナがトレントを殴ると、ズン、と地響きのような音が鳴り響き、トレントの胴体をえぐり取りながら反対側へ移動し、すぐに踵を返すとまた走り抜けながら幹の部分をえぐり取っていく。流石に装備が変わると威力が凄い。
「終わりだ! <ドラゴニックブレイズ>! 後はサージュブレイドで……!」
「ギュォォォォ……!?」
マキナが貫くと同時に放ったドラゴニックブレイズがトレントを頭から包み込み大爆発を起こす。このまま放っておいても死にそうだけど、念のためと俺はサージュの剣を抜いてドラゴンファングで真っ二つにした。
「な、なんて切れ味だ……! 俺のミスリル剣とは比べ物にならない!?」
コンラッドが片眉をあげて驚愕の声を上げていた。そりゃあドラゴンの牙から作った剣だしね。
「これで……終わりだ!」
俺はもう一度剣を振り抜き、トレントを縦に割ると、完全に動かなくなった。
「お、終わったのか……?」
「……ああ、動かなくなった。これで死んだみたいだ」
ケイブが恐る恐る近づき、剣で突くがトレントは徐々に光を失いボロリと崩れ去った。
――そして
「見て!」
ボロボロになったシフォルさんが指さした先にある泥の池が間欠泉のように噴き出した。俺はすぐにマキナの下へ行き魔法を使う。
「<オートプロテクション>」
「わ、ありがとうラース♪」
「うわ!? ぺっぺ……泥の雨かよめんどうくせぇ!?」
「……全部できったか……?」
コンラッドが呟くと、泥の雨が全て落ちたことを確認してから池のところへと行く。だが俺はすぐにレビテーションで空を飛ぶ。
「ごめん、そっちは任せた! 俺はボロゾフ達を追うよ!」
「気を付けてね!」
マキナに頷き、俺は奥へと移動を始めた――
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