第二百四話 切り札


 ラース達が野営を始める少し前、バスレーが残る領主の屋敷に不穏な影が迫っていた――


 「暗くなってきたな、そろそろ交代の時間だな」

 「ああ、しかし、メイド達使用人が居ないと灯りが少ないもんだな」


 領主の屋敷の門を守るひとりが背伸びをしながら後ろの屋敷を見ながら肩を竦める。それに同僚が答える。


 「領主様が一旦暇を出されたからな。ま、俺達はこうやって仕事だけど」

 「ははは、まあ仕事があるだけいいってな。無くても給金がもらえるのは嬉しいが……ん?」


 暗く静かな闇の中でジャリっと、砂を踏む音が聞こえ、門番の一人が屋敷から正面に目を向け方眉を下げてじっと見つめて呟く。


 「なんだ……?」

 「動物じゃないか? ……いや、違うな! うぐ……!?」


 闇の中から飛んできたナイフが肩に刺さる。途中で違和感に気づき身をよじったおかげで喉に刺さるのは避けられた形だ。直後、頭からフードを被った五つの人影が門番ふたりを取り囲んだ。


 「賊か! ここは俺が食い止める、お前は応援を!」

 「わ、分かった! すま、ん……」

 「な!?」


 攻撃を仕掛けようとした矢先、背を向けた同僚が前のめりに倒れ驚愕する。後ろには誰もいなかったはずだと胸中で毒づく。門番は槍を一番近いフードの人物に突き出した後、横薙ぎに振るい、下がらせた。

 すぐに後方を確認するべくバックステップをしながら目を向けると、小柄なフードが目の前に立っていて驚愕する。


 「いつの間に……!?」

 「くっく、おやすみ」

 「これは……ぐ……」


 ぶわっと門番の前に粉が舞い、眠気が彼を襲った。槍を杖代わりにして意識を保とうとするが、強力な眠り薬により意識が断たれた。するとフードのひとりが笑いながら口を開く。


 「よぉし、仕事だ。ケルブレムさんの期待に応えられるよう根こそぎやるぞ」

 「領主一家は皆殺しでいいと聞いている。久しぶりに血が見れそうだな」

 

 ふたりがそう言うと、フードからリースが顔を覗かせて憮然とした表情で言う。


 「ちょっと待て、それは初耳だぞ? ボクは殺しには反対だ。少し脅せばそれでいいだろう」

 「私もよ。私達は先生の部下。頼まれたから来たけど、そう言う事情なら帰るわ。先生が殺せというならやるけど、それ以外で手を下すつもりはないのよ、悪いけど」


 そう言ってイルミが踵を返すと、リースも頷き元来た道を帰ろうとする。すると、ひとりが慌てて引き留めに入った。


 「分かった分かった! 確かに、まあ、女にゃキツイ現場だろうから殺しは止めとくぜ。領主の腕一本でも折っておけば十分だろう。このまま返したんじゃケルブレムさんの怒りがこっちに向いちまう」

 「……」

 「殺しをしようとしたら止めるからな?」


 リースが目を細めて言うと、五人のフードの男達は頷き、門のカギを破壊して中へと侵入する。最初に男五人が入り、後にリースとイルミが続く。そこでひそひそと男達がふたりに聞こ得ないよう話しだした。


 「……馬鹿め、お前達も標的なんだよ」

 「領主の妻に娘にこいつらか、楽しんでから殺すってことでいいな?」

 「ああ。それにしてもケルブレムさんは恐ろしいな。こいつらを始末するのに領主邸を襲う計画を立てるとは」

 「レッツェル達が現れたのは予定外だったようだ。ケルブレムさんはあの男が嫌いだからな、見せしめに殺すつもりだとさ。さっきの門番みたいなのと戦って相打ちになったってシナリオだ」

 「ま、やるだけやってやろうじゃないか」


 くっくと含み笑いをしながら屋敷の窓を確認する。本来はこうこうと部屋の灯りが付いているが、今は誰もいない部屋ばかりなのでどこに人がいるかすぐに分かった。


 「……あそこは食堂だったか、行くぞ」

 「ああ」

 

 屋敷の見取り図を見ながら灯りのある部屋がなんであるかを確認し、適当な窓を音も無く割って侵入する。

 食堂にはすぐ到着すると、ドアは少し開いており、中を確認することができた。


 「あの、あまりお酒は飲まない方が……昨日も痛い目を見たばかりですし……」

 「いいんですよ! 今はあの二人もいませんからねえ! いやあ、いい仕事ですよ今回は……」

 「私、ラースさんとマキナお姉さまに告げ口をしちゃおうかなあ?」

 「ひい!? アンリエッタちゃん、それだけは……!」


 バスレーが相変わらず酒を飲みながらつまみをパクパク口に放り込んでいる姿が目に入り、男たちは首を傾げる。


 「なんだ? 知らねぇ女が居るぞ……?」

 「女一人どうとでもなるだろう。お楽しみが増えたと思おう」

 「しかし一人はガキだぞ? 見ろよ、トカゲのぬいぐるみなんて抱いて飯食ってやがるぜ」 


 楽な仕事だと男達が武器を抜き笑みを浮かべる。リースも食堂をそっと覗きながら呟いた。


 「知らない女だって? ……!? なぜ彼女がここにいるんだ!? それにあれは……!」

 

 後ずさるリースを訝しみ、イルミが声をかける。男たちはリースには気にも留めず、襲い掛かる算段を始めていた。


 「どうしたの?」

 「ここはマズイ。あれはバスレー先生だ、ボクは顔を知られているから万が一見られたら面倒なことになる。ボク達はここまでだ、後は好きにしたらいい」

 「おっと、そうはいかねえ。お前達、ここは俺に任せて踏み込め!」

 「どけ……! あのぬいぐるみもマズイんだ、お前達もここは撤退した方がいい」

 「ぬいぐるみがなんだってんだ? ……よし、行くぞ!」


 バンと、扉を勢いよく蹴り開けて四人の男達が襲い掛かる。まずは人質にと、一番近いアンリエッタに手を伸ばす。


 「な、なんだお前達は!? も、門番はどうしたのだ!?」

 「見るからに怪しい奴等なんですから脅迫状関連でしょう、アンリエッタちゃんこっちへ!」

 

 バスレーが叫ぶと、男が舌打ちをして剣を振り上げた。狙いは足で、動けないようにするつもりなのだ。


 「大人しくしていればケガしなかったのによ」

 「きゃ……!?」

 「いやあああ!? アンリエッタ!」 

 

 ラクーテが両手を頬に当て悲鳴を上げるが、それは何の役にも立たない。凶刃がアンリエッタを傷つけると思われたが、その時――


 パキィィィン!


 「な、んだ……!?」

 「弾かれた……!?」

 

 目を瞑って屈みこんだアンリエッタの周りに魔法陣のようなものが浮かび上がり、剣を弾いた。尚も攻撃を仕掛けるが、そのたびに魔法陣が弾き返す。


 「くそ、なんだこりゃ!?」

 <これはオートプロテクションという魔法だ。お前達の鈍らな武器と腕では断ち切ることなど不可能だ>

 「だ、誰だ……!?」


 この場に居る誰のものでもない声が響き、距離を取って男が叫ぶ。すると、アンリエッタの腕からスッと抜け出たぬいぐるみが男たちの前に現れる。


 <我の名はサージュ。この屋敷を一時的に守るため頼まれた者だ>


 ぬいぐるみの正体……それは、まごうことなきガストの町に居るはずのサージュだった。パタパタと羽を羽ばたかせてフードの男達に凛とした声で名乗る。


 「と、トカゲが喋った……!?」

 「ち、違うぞ、角が……こいつはドラゴンだ……! な、なんでこんなところに!?」 

 「……ま、まあ、見ろ、大きさはそれほどでもねえ……一斉にかかれば倒せるだろ? ドラゴンを倒したって褒美が貰えるかもな?」

 「なんだありゃ……?」 


 「今だ、逃げるぞ」

 「オッケー」


 冷や汗をかきながらも男達は武器を構えてサージュへと向ける。直後、扉の向こうに居たリースとイルミが左右に分かれて立ちふさがっていたもう一人の男の脇を抜けてその場を立ち去る。


 「……ッチ、帰ったら報告だな。トカゲ退治に参加するか」

 

 リース達を逃がすまいとしていた男が合流し首を鳴らす。それを聞いたサージュは嘆息してから口をひらいた。


 <……ふう、ドラゴン相手にその数でか? 舐められたものだ。ヒューゲル殿、少し部屋で暴れても構わないか?>

 「う、うむ。問題ない。壊れれば直せばいいのだからな」

 <承知した。ありがたい>


 そう言うと、サージュは自身の体に魔力を込め、見る見るうちに大きくなり、男達より少し大きい姿へと変化した。


 「で、でかくなったからといって!」

 「素材は高く売れそうだぜ」


 サージュへと斬りかかる男達。だが、もちろんオートプロテクションで守られているサージュに剣が届くことはない。


 <むん>

 「ぐはあ……!?」

 「い、一撃で鎧が粉々に!? うおおおおおお!?」


 適当に振るった尻尾を受けたひとりが鎧をばらばらにしながら床に転がる。それを横目で見ていた者が、サージュに横から胴体を噛まれ、バキバキと鎧を歯で噛み潰した。


 <まずいな。アイナの料理とどっこいか?>

 「があああ……」


 ペッと鎧を吐き出し、残る三人を睨みつけながら間合いを詰めるサージュ。その後は悲惨なもので、火球が直撃した男は大やけどを負い、爪で胴体を切り裂かれた男は悶絶し、殴られた男の顔は腫れ上がるなど、一方的にやられていた。


 <終わったぞ>

 「いやあ、流石はサージュ君! 強いですねえ!」


 しゅるしゅると元の大きさに戻るサージュを横目に、男たちを縛り上げていくバスレーがにこにこしながらサージュへ言う。


 <この程度、遊びにもならん。それより、こいつらはなんだ?>

 「さあ? ……でも、脅迫状か黒幕については知っていそうですけどね? 領主様にこいつらに見覚えは?」


 バスレーがフードを剥がして顔を見せるが、三人は首を振り厳しい顔をする。


 「……まったく知らない顔だ……」

 「うん……」

 「私はあまり屋敷から出ないからなおのことねえ……」

 「ま、期待していませんでしたから大丈夫です。尋問すりゃいいだけですしね、うひひひ……」

 <ほどほどにな。ラースとマキナが戻ってきた時におしおきをされん程度にしておけよ?>


 サージュがソファの上に着地しながらバスレーへ語り掛ける。


 「まあ、こっちも国からの依頼がありましてね。それより、向こうは大丈夫ですか? まさかラース君が召喚を使えるとは思いませんでした」

 <アイナのことか? 問題ない。散歩に出てくると書置きを残している>


 ラースの切り札。それはアイナから学習した【召喚】のスキルだった。アイナが契約したのを知り、ラースはサージュと契約していたのだ。

 一方的ではあるが、一瞬でも傍に最強戦力を引き寄せることができるまさに切り札だった。屋敷の戦力が薄いと感じていたラースはやむなくサージュを呼んだのだ。

 

 「いえいえ、【召喚】で強制的に戻されるんじゃありません?」

 <大丈夫だ。【召喚】されたら分かると思うが、どうも使用者の能力が召喚相手より低いと拒否が出来るようだ。我は強いから仮にアイナが【召喚】を使っても拒否すればよい。さて、ラースが戻るまでもう少し待つとしようか。我にも食事を頼む>


 サージュが食事を所望し、ポカンと口を開けていたアンリエッタがびくっと体を震わし答えた。


 「あ、は、はい! ……本物のドラゴンと友達だなんて……ラースさんって本当に何者なんだろう……」


 その答えは返ることなく、食事が再開されるのだった。

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