第二百三話 一方的な交渉
「ちょこまかと動くわね!」
「この森の中をよくあの速さで駆けれる……!」
森に慣れているのか、クロワールはすいすいと木を避けて走って行く。俺は山で兄さんやノーラと鍛えていた時間が長いのでこのくらいなら平気だ。
だけど、草原や整備されたギルドの訓練場での戦いが多かったマキナは木々のすり抜けに苦労しているようだ。
そして妙なのはクロワール。見失うかどうかという位置をキープし、時折振り返りながら距離を保っているように見える。
「くっ……」
「速いな、あいつ!?」
「ふう……ふう……」
「遅れが出ている人が出始めたな」
「わ、私も結構きつい、かも……」
足の速さ、体力は人それぞれだし、鎧を装備してのダッシュは正直かなりきつい。かく言う俺も、流れ出る汗は誤魔化せない。軽装備とはいえマキナも走りづらい森での体力消耗が激しいようだ。
シフォルさんのような魔法使いにはなおのことだろう。かなり後方でよたよたしていた。
「よし、マキナちょっと揺れるけど我慢してくれ!」
「え? ……きゃあ!?」
「どうするつもりだ、ラース君」
「回り込んで足止めをするつもりだ、コンラッド達はこのまま走ってくれ! <ストレングス><レビテーション>!」
言うが早いか、俺はマキナを抱えて浮くと、魔力を込めて一気に速度を上げる。ぶつからないようマキナを包み込むように抱え、木と木の間を抜けていく。
都合三発のドラゴニックブレイズを放っているので、疲労感が出てきた。けど、一年の修行のおかげもあり気絶するようなことは無さそうだ。
「は、速いよう!」
「舌を噛むから喋らない方がいい。……さあ、近づいたぞ!」
「……!?」
振り返ったクロワールの、包帯から出ている目が大きく見開かれる。
それがはっきりとわかるくらいの距離に近づいた俺は、片手を前に突き出して魔法を使う!
「<ウォータージェイル>!」
ジャラァという音を立てて水の鎖がクロワール目掛けて飛んでいく。一直線に足元を目指していくが、直後クロワールは横に飛び回避を試みた。
だが――
「甘い!」
「……なに!?」
俺は手元から出るウォータージェイルを操作し、避けた方向へと曲げる。すると明らかに驚愕した声を上げた。かなり難しいけど手から放出するこの魔法ならと繰り返し使い出来るようなったのだ。
さすがにこれには動揺したであろうクロワールの動きが鈍り、ウォータージェイルが足に絡みついて派手に転ぶ。
「マキナ!」
「うん!」
俺はマキナを降ろし、空からクロワールの前へと回り込む。
「追いついたぞ。どうして逃げるような真似をしたんだ? ……お前は脅迫状の犯人か?」
「……」
「答えなさい! トレントが増え続けたら困るのは領主様だけじゃないのよ?」
俺とマキナが問いかけるも、無言で俺を見ながら目を細める。この目、どこかで見たような気がする……?
そんなことを考えていると、クロワールが口を開いた。
「僕は違う。だけど犯人は知っている」
「!?」
「え!? それ本当なの!?」
細身だからもっと軽い感じの口調だと思っていたんだけど、声を聞くと少し野太い……そう、テレビで変声機を使って元犯罪者の告白させるみたいな声をしていた。毒とやらで声帯もやられたのだろうか。
それはともかく、こいつは犯人を知っていると言ったことの方が重要だ。俺は倒れているクロワールに近づき、片膝をついて話しかける。
「そいつは一体誰だ……?」
「ハハハハハ、それはまだ言えない。まず君達にはギルドマスターの依頼であるトレントの発生源を潰してもらわないといけないからね」
「……そいつとお前がグルで、俺達を罠にかけようとしている可能性は?」
「確かにそうかもしれないね。だけど君たちはトレントは退治したいはずだ、そしてそれを知るのは今のところ僕だけ。ここで帰るなら僕は死んでも犯人を言うことは無い。だけど、退治してくれるならその場で話しても構わないけど?」
「……」
俺が目を細めてクロワールの真意を探っていると、マキナが構えたまま俺に言う。
「……ラース、行くしかないんじゃない? 危険な感じがするけど、トレントを倒して犯人を聞いた方がいいと思うの」
「嘘をつかないとは限らないのがね」
「これは信じてもらうしかないね。僕はどっちでもいいけど? 嘘はつかないとだけ言っておこう」
ならなんで逃げた、と出掛かった言葉を飲み込み俺はクロワールを睨む。確かにこいつが話そうが話すまいが、こいつにとってデメリットは無い。知っているだけでグルだという証拠もないので糾弾も難しいだろう。犯人が裏切られたと気づき、告発するなら話は別だがクロワールはまた少し違う気もする。
冷や汗を流しながら俺を見るマキナと目が合い、マキナはゆっくり頷く。ここはマキナの言うことももっともかと口を開いた。
「……分かった。その発生源までどれくらいかかる?」
「うん? そうだね、もう半日ほどかかるかな。夜は危ないから野営をして朝出発がいいだろうね」
「もし嘘だったら承知しないからな?」
「ハハハ、怖いことを言うね。大丈夫、嘘は言わないよ……」
そう言って口元を歪ませるクロワール。どう転んでもこいつの思惑なのが癪だが、そうも言っていられない。クロワールを立ち上がらせたと同時に、コンラッド達が追いついてくるのが見えた。
「……ようやく追いついた……後続は別の魔物と戦っているから少し待とう。それにしてもラース君の魔法は凄いな……。それでクロワール、逃げ出すとはどういうつもりだ?」
「他意はないよ。僕は戦闘能力が低いから隠れていただけだし、早く先に進みたかったからだ」
「にしては速かったがなあ……?」
「ま、合流で来たんだからいいじゃないか」
ボロゾフ達や他の冒険者に睨まれてもどこ吹く風で肩を竦めるクロワール。そこへケイブとシフォルさんが追いついてくる。
「ひい……はあ……だ、ダメだ、俺ぁもう限界だ……!」
「ふう……私、頭脳派なんだけど……」
「だ、大丈夫ですか……? お水を」
マキナがシフォルさんに水を渡すと、ありがとうと微笑み水筒を傾ける。一方、一触即発状態のこっちは埒が明かないので、先ほど聞いた話をみんなに伝える。
「この先にトレントの発生源があるみたいです。彼からそう聞きました。あと一息なので、とりあえず行ってみませんか? 何も無ければクロワールを糾弾でもしましょう」
「……ふむ、君がそう言うなら……」
「頼りにしてるぜ坊主! 嬢ちゃんもな!」
先ほど見せたドラゴニックブレイズのおかげか、一目置いてくれたようだ。少し動きやすくなるかと、思いながら俺はクロワールのすぐ後ろを歩く。監視と、こいつが暴れ出した時の保険だ。
「……オーガが出るかバイパーが出るか……」
「どうしたのラース?」
「いや、何が出てくるかなって思ってさ。それより、バスレー先生は大丈夫かな?」
「何かしでかすようならアンリエッタちゃんから報告を貰うようにしているから、帰ったら分かるわ。それに切り札もあるしね」
「ま、それもそうだね」
そんな話をしていると、やがて魔物と戦っていた冒険者が合流し、陽が暮れるまで距離を稼いだ後は野営を始める。
脅迫状の犯人か……何となく嫌な予感がすると感じながら、俺は焚火に薪を投げ入れるのだった。
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