第二百二話 強襲のトレント


 「で、もうこんな時間だけど私達はここで待機でいいのかしら? 追跡は?」


 椅子を傾けてそういったのはギルドに残ったイルミだ。レッツェルは居らず、隣でリースが少し遅い昼食を食べていた。そこへケルブレムが眉を上げて口を開く。


 「ふん、レッツェルが別行動なのが気に入らんのか? お前達はラースとかいう小僧に顔が割れているらしいから仕方あるまいよ。退屈なら仕事をくれてやろう」

 「どうせロクでもない仕事だろう? イルミ、買い物にでも行こうじゃないか。レッツェルはすぐに戻ってくるだろう」

 「あ、いいわねそれ」


 リースとイルミはケルブレムの話を聞くつもりはないと出かける算段をつける。苛立ちを隠さずケルブレムは話を続けた。


 「お前達には領主邸を襲ってもらいたい。組織の仲間を数人使ってな」

 「なんだって? ……冒険者達が失敗したのを確認してからだったろう。レッツェルが失敗するとでも?」

 「それもあるが……というのは冗談で、脅迫状を振り切って事を起こした領主殿に、ひとつ後悔をさせないと示しがつかん。かといって俺が出ていくのはマズイ。だからこの町から出ていくお前達が最適なんだよ。俺はレイシャや残った冒険者と話していればアリバイになる」


 イルミはリースのソーセージを皿から奪って口に入れると咀嚼しながら言う。


 「むぐ……ま、先生も居ないし殺しが無ければ構わないわ」

 「ほう、異常者のレッツェルと一緒にいるやつがそんなことを言うとは」

 「先生は自分に得るものがある殺ししかしないからね。無差別に殺しているとでも思ったの?」

 「当然だろう? 得るもの……人の死を悲しむ人間を見るのが好きだなどと気持ちが悪い」


 顔を歪めて吐き捨てるようにケルブレムが言い放つと、リースがソーセージを取ったイルミの手を叩きながらぽつりと言う。


 「……まあ、レッツェルは善悪とは違う場所に身を置いているからな。さて、イルミが行くならボクも行こう。駒を連れて来てくれ、陽が沈むころに行動を起こす」

 「ああ、それでいい。……さて、そろそろあいつらは深淵の底に辿り着くころか。では人を呼ぶとしよう、お前達は西の住宅地にある空き家で待機していろ」

 「……」


 ほくそ笑むケルブレムが家のカギをイルミに投げ、背を見せてギルドマスターの部屋から出ていく。その後ろ姿を見ながらリースは眼鏡を光らせ不敵に笑っていた――



 ◆ ◇ ◆


 ザザザザ……

 広場だったはずの場所が、四方から現れたトレントによる一斉襲撃により一気に視界が悪くなる。やけに暗いと思っていたけど、それはトレントの葉が密集していたからだった。

 

 しかしそんなことよりも驚くべきことがあった――


 「動きが……!?」

 「さっきまでの奴等とまるで違うぞ! みんな気を付けろ!」


 コンラッド達がトレントを前に武器を振るう。先ほどまではその武器で枝や幹となる部分を斬ることができていたのに、今度の奴等は文字通り歯が立たない状態だった。


 「シャァァァ!」

 「クソが! ……ぐぐ……か、硬い……うえ、に力が強え……」

 「ケイブ! <ウインド>! ……きゃあ!?」

 「俺はいい! 自分の身を守れ!」


 ケイブやシフォルさん達にもトレントが数体襲い掛かり、防戦一方を強いられる。コンラッドが言う通り先ほどまでとはまるで違い、葉の色はどす黒く動きが素早い上に攻撃力と防御力もケタ違いだ。言うなれば亜種と言ったところか。

 

 「うおおおお!」

 「細いところから削れぇぇぇ!」


 だけど、冒険者達も黙ってやられてはいない。ダメージを負いながらも活路を見出すため試行錯誤しながら戦闘を繰り広げている。


 「回り込め、俺が前を引き受ける……うぐあ!?」

 「チッ、こいつらよく見てやがるな……挟んだつもりが逆に挟まれてるとはな……!」

 「腐るな、でけぇこいつらはせいぜい二体同時に来るしか方法はねぇ……って、俺が説明してんのに枝を伸ばすんじゃねぇよ!」


 トレントは三十五体ほどおり、こちらより戦力も高い。が、体の大きさで有利を取り、縦横の動きは速いが、回り込まれると振り向きに時間がかかっている。そこを狙い冒険者達も足を使って行動する。



 「ラース、私達も!」

 「ああ! <ファイヤーボール>!」


 ドン、と俺に襲い掛かろうとしてきたトレントへ特大のファイヤーボールを繰り出すと、体の半分をもぎ取り、さらに後ろにいたトレントの胴体に風穴を開けた。そこへマキナの【カイザーナックル】が炸裂する。


 「やあああああ! ……くぅ、固いわね!? それに太いし、この装備じゃすぐには倒れないわ」

 「ギェェェェ……」


 倒したものの、一撃では沈まず、連撃から脆いところを突いて半分にした形だった。マキナの声に耳を傾けながら、迫りくる二体のトレント相手に、俺は魔法を放つ。


 「<ファイアランス>! マキナがカイザーナックルを使っても一撃じゃないのか」

 「どうする? サージュ装備を使う?」

 

 マキナがファイアランスを食らったトレントに拳を打ち込みながら俺に問う。それは好転するには十分な戦力だけど、この数では正直一体一体相手にするのは得策じゃないと思う。


 「いや、ここは俺が何とかするよ。少し減ったけど、まだ三十はいるか?」

 「たぁ! そうね、みんなも頑張っているけど、数が多いのが問題ね……」


 奇襲を受けたため最初は出鼻をくじかれた形だったけど、今はそれなりに均衡してきた。


 「おらぁ! ……よし、バランスを崩した、やれ!」

 「狙うところは変わらねぇならやりようはあるってもんだ! そら!」

 「グギャォウ……!?」


 これなら、俺の作戦が上手く行くだろうと、大声でみんなに叫ぶ。


 「みなさん! 俺が今から特大の魔法を使います! なので俺の目の前……射線に入らないよう注意して!」

 「ラース君、いくら君の魔法でもこの数は……! ええい、離れろ!」

 「大丈夫だ! ……よし、この方向なら……マキナ、背中は頼むよ」

 「任せて、枝一本近づけさせないから!」


 そう言って二体のトレントの枝を弾き、全力の【カイザーナックル】で遠くへとぶっ飛ばす。我が彼女ながら凄い威力だ。


 「嬢ちゃんすげぇな……」

 「マキナちゃんやるう。お姉さん負けてられないわね」


 ケイブとシフォルさんがマキナの攻撃を見て驚いていた。これは彼氏として負けていられないなと、魔力を集中させる。もちろん、俺の得意とする魔法を使う!


 「当たったらごめん! <ドラゴニックブレイズ>!」


 直後、オーガに変貌した誘拐犯の時と同じくドラゴンを模した炎エネルギーの塊が放たれた。


 「「「「はああああ!?」」」」

 「な、なんだあれ!?」

 

 「キシャァァァァ!?」

 「グォォォォ!?」


 顎ががばりと開き、トレント達を飲み込むように当たると根こそぎその場から掻き消えていく。今ので七体消し飛ばした。


 「次、こっち!」

 「うわわわ、やべぇ!?」


 俺が向きを変えると、冒険者達が一斉に散っていく。だが、そこへコンラッドが声を上げる。


 「適当に逃げるな! ラース君の射線に入るよう誘導するんだ!」

 「おっかねえな! ちっ、仕方ねえ、当てるなよ!」

 「分かってる! ……こっちに来たか……!」


 トレント達は俺を脅威とみなしたようで、五体ほど向かってきた。二体ほど足の速い個体が先に迫ってくる。迎撃するかと思ったけど、射線の方もかなり集まっている。迷う暇は無いかと思ったその時、ケイブが立ちはだかり、トレントを止めた。


 「やれラース! こっちは任せとけ……うげ!?」

 「助かる……! <ドラゴニックブレイズ>!」


 さらに八体のトレントを吹き飛ばすと、形勢逆転。数の有利で今度はこっちが囲み、一体ずつ丁寧に処理することで難を逃れることができた。


 「……ふう、倒したかな……?」

 「追撃は無い。恐らく大丈夫だ」


 コンラッドが息を切らせてそう言い、ボロゾフが周囲を見ながら不思議そうな声を出した。


 「そういや、クロワールってやつはどこだ……? まさかやられちまったとか……? そしたら発生源まで辿り着けないぞ……」

 「倒れている様子はないけど――」


 俺がそう言った瞬間、木々の陰でこちらを見るクロワールを見つけた。


 「あ! 無事だったのか、倒したから先に進もう」

 「……」


 声をかけると、クロワールはさっと身をひるがえし森の奥へと消える。


 「……逃げた? まさかあいつが黒幕? ま、待ちなさい!」

 「追うぞ!」


 マキナと俺が走り出すと、冒険者達も慌てて付いてくる。捕まえれば脅迫状のことも分かるかもしれない、何としても……!

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