第二百一話 深淵の森へ


 「お前等、本当に鍛えていたんだな! はは、すげえぞ!」

 「いやいや、トレント二体とゴブリンを倒しただけだからそんな大げさに言わなくてもいいですよ」

 「マキナちゃんは格闘だったのね。お姉さん腰の剣に騙されたわ」

 「私は剣も使うんですけど、スキルが拳なのでメインは拳なんです」

 

 俺達は冒険者数人に取り囲まれながら先ほどの戦いのことを色々聞かれる。新人だと思っていたカップルが、ゴブリンを瞬殺してトレントに風穴を開けたのがよほど面白かったようだ。


 「ラースって言ったか? お前のスキルは何なんだ?」

 「え? ああ【器用貧乏】だよ」

 「え、本当に……?」


 あっさり言い放つ俺に、周囲がどよめく。器用貧乏の噂は本当に広まっているなあ。よほど疎んでいたのだろうか? そんなことを考えていると、マキナが代弁してくれる。


 「本当ですよ! 努力すればするほどどんどん強くなるんです。私も模擬戦をするけど、とてもとても」

 「ふうん。マキナはそんな強さに惹かれたのかしら?」

 「ええ、まあ、そ、そうですね!」

 「俺もマキナの強さと元気なところが好きだよ?」

 「ラース……も、もう……」

 「若いわねー」


 マキナが顔を赤くして俺の服の裾を掴み、無言で歩く。シフォルさんがにこやかに笑い俺達の下を離れて行く。フォックスも俺達の前に出たので、少し足を送らせてマキナに小声で話かける。


 「……冒険者達に怪しい人は居ないかな?」

 「うーん、一番怪しいのが先頭に立っているけどね」

 「はは、確かに。だけどあの怪しいのはコンラッド達がいい位置で囲んでいるから、何かしようと思ったらコンラッド達が抑えに入るはずだよ」


 ただ、あの男の能力がどんなものか分からないのでコンラッド達より強かったら逃がす可能性も高い。

 とりあえずトレントの原因を潰されたく無い奴が居れば尻尾を出すはずと、奥へと進んでいくと、いつも見るジャイアントビー、スライム、暴れ猪そしてもちろんトレントとも。


 森の入り口はそれほどでもなかったけど、奥に近づくにつれ遭遇率が上がり、足止めを食らうことが増えてきた。


 「<ファイアランス>!」

 「ギィィィィ……」

 「ギリリィィ」


 炎の槍が二体のトレントを燃やし尽くす。視界の先にはトレント振り回す枝と、頭部にあたる剃刀のような葉っぱを円を描くように避けつつ間合いを詰めるマキナの姿が。


 「【カイザーナックル】! 貰ったわ!」

 「流石ねマキナ! 疾風の刃よ! <ウインドスラスト>」


 マキナの拳がトレントの中心に刺さると真っ二つに折れて絶命し、すかさずもう一体を蹴りからのストレートで粉砕。次いでシフォルさんのウインドスラストが枝や葉っぱを切り落とし、丸裸になったところを、


 「でぇえりゃ!」


 ケイブが斜めに斬り落としていた。このふたりはコンビネーションがとてもいい。シフォルさんの魔法で牽制、怯んだところをケイブがとどめって感じだ。


 「ふう……いい加減到着しないもんかね。かれこれ三時間は歩いているだろ?」

 

 ケイブのが額の汗を拭いながらそう呟くので、俺も頷いて答える。三時間でトレントばかりを五十体は倒しただろうか? タフでもないんだけど、とにかく数が出てくるのが鬱陶しいことこの上ない。

 元々の依頼が討伐だったけど、これは一気にやらないとふたりパーティなんかだと囲まれて終わると思う。

 すると俺達の前に。剣を抜いたまま周囲の警戒をしつつ俺に声をかけてくる人物の姿があった。


 「新入りは頑張っているようだな」

 「ええ」

 

 コンラッドが少し歩を緩めて俺の隣を歩き出す。ボロゾフ達はまだクロワールを警戒してか場を保っていた。すると小声でコンラッドが話しかけてくる。マキナは少し前でシフォルと仲良く話していた。


 「ねえマキナは技は持ってないの?」

 「うん。私の住んでいた町にそういう人は居なかったのよ」

 「ふうん、折角の格闘技なんだから技の一つも欲しくない? 王都にそう言う人がいるらしいわ」

 「あ、いいなあそれ。手刀とかのコツを知りたいわ。


 「コンラッド、あの包帯はにおかしな動きは?」

 「無い。ケルブレムはグレーに近い黒だと思ってクロワールを見ていたが、怪しい素振りは無かった。退治するつもりじゃ……?」

 「それならそれで構わない、か。俺の予想だと怪しいんだけどなあ……ん?」


 俺が空を見あげながら歩いていると、前にいた冒険者とクロワールが立ち止まっていることに気づく、俺達も追いつくと、そこは開けた場所で、森の中にある休憩所みたいな感じだった。


 「……」

 「到着かい?」


 ボロゾフが尋ねると、ゆっくりと振り返り頷くクロワール。そこで近くを歩いていたサモが提案を口にする。


 「いったん休憩にしないか? 昼飯も食いたいし、喉も乾いた。どうだ?」

 「……」


 問題ないとクロワールが頷くと、それぞれ開けた場所にグループを作ってくつろぎ始める。何にせよお休憩はありがたいと、俺とマキナも適当な石を椅子代わりにして話をする。


 「だいぶ暗くなってきたわね」

 「今日は野営も視野に入れているけど、できればサクッと終わらせたいかな」

 「うん。それにしても、本当にトレントばっかりねこの森」

 「奥に来るほど通常の魔物が出てこないのが不気味だな。あ、マキナ、水」

 「ありがとうラース。……んぐ、ふう……」


 マキナに水を渡して俺は周囲を改めて見渡す。薄暗いを通り越して夜みたいに暗い森。木に擬態できるトレントは油断できない。さっきも擬態したトレントに背後から冒険者が殴られていた。


 「……? あいつ、どこへ行くんだ?」

 

 気が付くとクロワールがひとりで木の陰に消えていく。怪しい男だ……インビジブルで追いかけようかと思ったその時――


 ガサガサガサ……


 「ん? ……!?」

 「まずい……マキナ、俺の後ろに! みんな! 立って、トレントだ!」

 「どうしたラース君!」

 「この開けた場所は罠だ! ここはトレントに囲まれている!」


 そう、よく見れば木々の隙間が余りにもなさすぎることに気づいた俺。こう密集していれば確かに暗くもなるだろう。


 直後、俺達を養分にしようと、トレント達が襲い掛かってきた……!

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