第二百話 ラースとマキナの快進撃
――トレント討伐当日。
俺とマキナは予定通りケルブレムに言われたギルド裏へと到着した。時刻は朝の五時五十分。すでに総勢三十名ほどの冒険者がまだ薄暗い中、ざわざわと話し合っていた。
「……」
「……」
もちろんその中にはコンラッドも居る。が、この二日でコンラッド達とは話をしているため、初対面という設定で一緒に居ることになった。俺達も一緒に行くのは驚いていたけどね。
「……六時ね」
マキナがポケットから時計を取り出して呟くと、ギルドの裏口からケルブレムとさらに数人の冒険者が現れた。
「集まっているな? 話した通り、領主様の依頼でトレント討伐を依頼された。しかしすでに広大な土地へあちらこちら散っているため完全駆逐は難しいだろう。しかし、調査の末にトレントの発生源であろう場所を突き止めた」
……タイミングがいいな。前々から知っていて隠していたか、それともこいつが発生させているのか。とりあえず話の続きを待っていると、コンラッドが手を上げて質問を投げかけた。
「いいだろうか? ケルブレム、あなたは来ないと聞いている。となると、場所を知っているのは今から行くメンツの誰かが知っているのか?」
コンラッドの言葉に、集まった冒険者たちが顔を見合わせて首を傾げる。どうやら教えられてはいないようだ。そこで、ケルブレムの横に立っていた男の紹介を始めた。
「考えたくはないが最悪のケースも考えねばならないため、俺はギルドに残らねばならない。そこで、俺の友人を案内役として抜擢させてもらった」
「……」
「あの人、顔が……」
マキナがごくりと喉を鳴らす。顔は包帯で覆われており表情は分からず、隙間から目がギラリと覗かせていた。
「……」
「……?」
今、俺を見ていた、か?
「――というわけで、このクロワールが先頭だ。顔は魔物の毒で顔がただれていて包帯を巻いている。少し見せてやれ」
ケルブレムがそう言うち、クロワールと呼ばれた男が頷き包帯に手をかけ頬をはだけさせる。そこは赤紫に染まった皮膚が見え、全員が息を飲んだ。
「……ひでえ傷だな……お、おい、あんたもういいよ」
「……」
するすると包帯を巻きなおし、また静かにたたずむクロワール。そして最後にと、ケルブレムが声を大きくして俺達へ言う。
「しんがりはシーフのフォックスだ。全滅の危機があれば報告のため逃げ帰ってきてもらう! そうならんよう引き締めていけ!」
「おお!」
「やったるぜ!」
お互いを鼓舞しあい気合を入れる。
場所はここから馬車で一時間ほど進んだところにある森の中、さらにその奥に発生源があるとのこと。三台の馬車に十人ずつ乗り込み、陽が昇り始めようとする中、俺達は出発をする。
「ふう、ようやく出発か」
「あの包帯の人、酷かったわね……マリアンヌ様の薬とかラース君のヒーリングで治せないかしら?」
「まあ、終わった後にでも聞いてみようか」
マキナとそんな話をしていると、一緒に乗り込んでいた冒険者が口を開いた。
「なんだ、お前達カップルで冒険者をやっているのか? 装備からするとぺーぺーみたいだが……」
「ガキのお守りはできんぞ? 自分の身は自分で守れるんだろうな?」
「そうですね、皆さんと比べたら俺達は新人もいいとこです。鍛えてはいますからご安心を。先輩たちの戦いぶり、勉強させてください」
「よろしくお願いします」
俺達が笑顔でそう言うと、最初に口を開いた男が目をぱちぱちさせた後に咳払いをし、にやけながら言う。
「先輩か、な、なかなかいい響きだな。おし、俺はケイブってんだ」
「俺はラースといいます」
「マキナです!」
「おう、これが終わったら――」
「ラースにマキナね、私はシフォルよ。頑張って美味しいお酒を飲みましょう?」
「そりゃ俺が言おうとしたセリフだっての!?」
シフォルという赤いドレスのような服を着た女性がウインクしながら俺達にそんなことを言うと、ケイブがずっこけて怒鳴ると、馬車の中に笑いが響いていた。
「あんた達、美男美女って感じだねえ。こんなところで死ぬのは馬鹿らしいし、無理するんじゃないよ?」
「あ、また俺のセリフを!?」
このふたりはパーティだろうか? シフォルさんがクスクスと笑いながらケイブをあしらう。
「みんな仲がいいわね。安心したわ」
マキナが微笑み、俺は頷く。信頼のおける冒険者を、というコンラッドがオーダーしたメンバーはきちんと集まっているようだ。
にぎやかになった馬車はやがて森の入り口に到着する。馬車を降りると、クロワールという包帯男が先陣をきって歩き出し、俺達はその後を追う。
「……随分暗い森ね……ガストの町とは全然違う……」
「これでも森の入り口だからなあ。奥に行くとさらに――」
マキナが俺の横で空を仰ぎながら口を開くと、ケイブが剣の柄に手をかけたまま周囲を警戒しつつ答えてくれた。
その瞬間――
「グルォォォ!」
「シャアアア!」
「うお!? ゴブリンにトレントか! 下がってろお前等!」
隊列の脇からゴブリンが二体、トレントが一体躍り出てきた! ゴブリンはともかく、トレントは初めてみたけど、でかいな……! 三メートルくらいはある。
即座に武器を手に交戦状態になる。相手は三体、こっちは三十人からなる冒険者軍団だ、すぐにとどめをさせるだろうと思っていると、
「ラース、後ろから!」
「おっと、俺っちは回避させてもらうぜえ」
背後からマキナとしんがりを務めるシーフのフォックスの声がして振り返ると、さらにゴブリン四体とトレントが二体迫ってきていた。
「ちっ、挟み撃ちだってか? ラース、マキナ、こっちに――」
「いえ、これくらいなら大丈夫です!」
「行くよマキナ!」
「お、おい!?」
俺とマキナは後退ではなく前進する。トレントの大きさには驚いたけど木の魔物相手なら俺の独壇場だ。
「<ファイヤーボール>!」
「でかっ!?」
ゴゥ! と、俺は両手でサッカーボールくらいのファイヤーボールを生み出し、トレント二体にぶつける。
「キシャァァァ!?」
「ギャァァァ……」
直撃すると大爆発を起こし、森に轟音が響き渡る。一体は胴体……と言っていいのか分からないけど、体に大穴が空き、もう一体は爆発の余波で爆散していた。
「トレントは片付けた、次はゴブリンだ」
「ラ、ラースの魔法すげぇな……」
ケイブがぽつりと呟くのが耳に入るが、俺はそのままマキナの下へと向かう。ゴブリンに囲まれているが、マキナはぐっと姿勢を低くしスキルを使う。
「【カイザーナックル】! はあ!」
「ゲブ……!?」
「ゴァァァ……!?」
「あっという間に二体……!? なんだあのふたり!? 新人じゃねぇのか?」
「いや、ここには信用できる人間だけを集めていると聞いている。彼らは新人だが、ギルドマスターが選んだほどだということだろう」
「おう、コンラッドか……」
コンラッドがケイブへ語る。うまいこと理由付けをつけてくれたのはありがたいと思いながら、俺は剣を抜いてゴブリンへ迫る。
「ハッ! ドラゴンファング!」
「……!? グギャ!?」
胴と首を薙ぐと、大量の血を噴き出させながら膝から崩れ落ちる。俺の横で、マキナもとどめを刺していた。
「フッ! はあ!」
「ゲボ!? ブフウ!?」
見事なワンツーが顔面に決まり、
「終わりよ!」
「グブ……」
最後に屈んでからの飛び上がりアッパーでゴブリンの顎に拳が突き刺さる。ゴキリと嫌な音がしたと思った矢先、ゴブリンの首が変な方向を向いて絶命。これで背後から襲ってきた魔物は倒したかな。
「ふう、久しぶりに体を動かしたわ」
「いいパンチだったよ。ゴブリンの剣を避ける動作も最小限だったし」
「ラースのファイヤーボールもね。威力、おかしいんじゃない……?」
周囲に魔物が居ないことを確認し、俺達がハイタッチをしながらそんな話をしていると、ケイブとシフォルが口を揃えて俺達に言う。
「「おかしいのはふたりともだ!」」
ま、手加減するつもりはないから、その認識は正しいけどね。ティグレ先生と訓練を重ねた俺とマキナ。ゴブリン程度に後れは取らないのだ。
「片付いたようだな。先を急ごう」
「……」
コンラッドがそう言うと、クロワールは頷きさらに進む。さて、何が待っているのやら……
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