第百九十九話 嵐の前に


 「あの小僧、何者だ……? 俺の拳を紙一重とはいえ避けるとは新人とは思えない……」


 ケルブレムは自分の拳を見ながら先ほどラースに放った一撃がかわされたことに疑問を感じ、ひとり呟いていた。ギルドマスターの部屋に戻ると、中に居たレッツェルが笑いながら尋ねる。


 「どうしたんだいケルブレム。難しい顔をして」

 「お前か。いや、どう見ても新人だと思われる奴が舐めた口を聞くから一発お見舞いしてやろうと殴りかかったんだが、避けられてな。確かに手加減はしたが」

 「ふうん、腐っても【怒髪】のスキルを持つ君がねえ。怒れば強くなるんだから、怒りが足りなかったんじゃないかな?」

 「やかましい。……そういえばお前のスキルは何だ? 聞いたことがないぞ」


 ケルブレムが目を細めてレッツェルを睨むと、レッツェルは肩を竦めて椅子へ腰かける。


 「僕のは大したモノじゃないよ。君の言う通り役立たずのボンクラさ? それより、どんな奴だったんだ?」

 「金髪の男と黒髪の女のカップル冒険者だな。名前は……ラースとマキナとかレイシャが言っていたか」

 「……!」


 その瞬間、レッツェルは目を見開き口を不気味にゆがめて無言で笑う。期待していたおもちゃが手元に来たかのように。

 

 「……見どころのある冒険者じゃないか。育ててやったらどうだい?」

 「馬鹿を言うな。生意気な小僧と小娘をトレントの餌にするだけだ。コンラッドやそれなりの冒険者が居なくなるのは痛いが『ことを起こしたが失敗した』という状況は欲しい。領主が脅迫状を隠したままなら、失敗した冒険者の身内が復讐したとすればいいし、脅迫状を表立たせるなら脅迫犯に殺された。そういうシナリオだ。他の領地はすでに仲間が制圧しているところがある。俺達も急がねばな。まったくガスト領があればもう少し楽だったものを……」

 「ま、君の作戦に協力するから許して欲しいね。当日、君はどうするんだい?」


 レッツェルがそう言うと、ケルブレムが執務机に座りながら口を開く。


 「……まあ、どうするかは当日のお楽しみだ。お前はお前の仕事をやればいい」

 「……分かったよ、それじゃリースが喜びそうなネタだから僕はこれで」


 レッツェルはひらひらと手を振り、窓から退室すると、ケルブレムはにやりと笑いながらレッツェルが出ていった窓を見ながらひとり呟く。


 「……役立たずはそろそろ消えてもらわないとな。組織のトップに食い込むのはお前じゃなく、俺だってことだ――」




 「――なんてことを考えていそうだね、ケルブレムは。ま、ラース君が来るなら彼に任せても面白そうだ……ははは、いやあ、楽しいなあ。久しぶりに高揚するね、ラース君と戦鬼と戦ったあの時ほどじゃないけど、さ」



 ◆ ◇ ◆



 「よっと……」

 「ひゃあ!?」


 マキナを連れて領主の屋敷に来た俺は、物陰へ一旦隠れ、追手が居ないことを確認してからレビテーションで裏から入る。幸い、木に囲まれた場所に建っているのでばれることは無いだろう。


 「こんにちはー」

 「あ。いらっしゃいラースさん、マキナお姉さま!」


 声をかけると相変わらずバタバタとアンリエッタが出迎えてくれ、ヒューゲルさん達の居るリビングへ通された。そこにはバスレー先生も居たんだけど――


 「わはははは! 朝からお酒が飲めるなんて貴族は最高ですねえ! いいんですかねえ!」

 「事件の解決に乗り出してくれるお礼としては安いですが……」

 「おや、ラース君にマキナちゃん! いいところに――あああああああああああ!?」


 ダメ人間を処断した俺達はバスレー先生を簀巻きにしてからソファに座り、ヒューゲルさん達と話を始める。


 「それ、大丈夫なんですか……?」

 「大丈夫です。それより、先ほど俺達はギルドへ行ってきました」

 「おお、どうでしたか? コンラッド殿達は私の言葉を届けてくれていましたか?」


 ヒューゲルさんの言葉に俺達は頷く。


 「そこは問題無かったです。昨日コンラッドに話を聞いて知っていましたが、確証を得ました。それで、俺とマキナも討伐隊に参加することになりました」

 「ほう、裏から奇襲するかと思ったんですが、参加するんですか?」


 簀巻きの状態からバスレー先生が真面目な顔で俺達に言う。床から見上げられるのは少々心苦しいのでソファに立てかける。

 

 「あ、どうも」

 「コンラッドが疑わしいと言ってたからちょっと試したんだけど、短気であることと腕っぷしはまあまあかなってことくらいだった。脅迫状のことを漏らしても良かったんだけど、俺達が疑われるのは得策じゃないしね」

 「いきなり殴りかかってくるとは思わなかったわ」


 マキナも口を尖らせてバスレー先生へ言うと、再び質問をしてくる。


 「……他に怪しい人間はいませんでしたか?」

 「……? 受付の人とギルドマスター、それと数人の冒険者が居たけど、怪しいというのはいなかったな」

 

 様子見程度だったし、人も少なかったためおかしな感じは無かったので素直に言うと、バスレー先生は目を瞑って何かを考えた後、口を開いた。


 「そうですか。ではトレント討伐はラース君達に任せるとして、当日はわたしはここに居ますが構いませんね?」

 「うん。直接戦闘だとバスレー先生は辛いでしょ?」

 「なんですか! 優しさですかそれは! はっきり役立たずと言ったらいいじゃないですか!」

 「ちょ、ちょっと先生!」


 何か癇に障ったのかバスレー先生はもぞもぞと体を動かして暴れ出す。俺とマキナが押さえつけると、鼻息を荒くして泣いていた。

 

 「暴れるなよ!? 頭はいいって思ってるんだからそれで勘弁してくれ」

 「なるほど、わたしはインテリということですね? それで手を打ちましょう」

 

 何が手打ちなのか分からないけどとりあえず頷いておく。すると満足気にバスレー先生は言う。


 「とりあえず脅迫犯の正体が分からないままですから、ラース君達は慎重に。ヒューゲルさん達に危害が及ばないよう、こっちはわたしが全力で守りますよ!」

 「まったく……いつもそうなら安心なんだけど……」

 「まあバスレー先生だしね。というか……芋虫みたい……」

 「はは、確かに」


 簀巻きにされたまま真面目な顔をするバスレー先生がおかしくてマキナが苦笑し、俺もつられて笑う。そこへヒューゲルさんが俺に話しかけてきた。


 「頼りきりで申し訳ないがよろしく頼むしかし何かあった時ローエン殿に何と言えばいいか……」

 「大丈夫ですよ。旅に出て起こったことは俺の責任です。今回の件も、バスレー先生が発端とは言え、隣の領地の事情を知っていて先へ進むのも嫌ですしね」

 「気を付けてね、ラースさん、マキナお姉さま」

 「大丈夫よ! アンリエッタちゃんも騒動が終わるまで学院は休んでおいた方がいいわ。どこで何があるか分からないしね」


 ルシエールの誘拐のことを思い浮かべているのだろう。その言葉に頷き、アンリエッタはぐっと拳を握った。


 脅迫犯は動くだろうか……? 

 本当はもう少し時間をかけるべきだと思うけど、トレントが大量発生してから数か月。脅迫状以外におかしなことが起こっていないようなので、領主であるヒューゲルさん達の意見を優先すべきだろう。


 さて、こうなるとやっぱりヒューゲルさん達の方が心配だ。バスレー先生だけでは少し心もとない。かといって冒険者を護衛に回すのも危険だ。仕方ない、ひとつ保険をかけておこうかな?


 そして、討伐隊が出発する日がおとずれる――

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