第百九十八話 挑発するラース


 装備屋からしばらく歩いていくと、ギルドの看板が見えてきた。町の名前が書かれているのが違うだけで、どこも同じ形の看板なんだなと思いながらマキナに声をかける。


 「行くよ?」

 「う、うん」


 緊張しながらの扉を開けて中へ入ると、朝もそこそこ時間が過ぎているせいか人はほとんどおらず、広いギルド内は閑散としたものだった。

 

 「へえ、ガストの町のより広い。やっぱり裏口から訓練場に行けたりするのかしら? テーブルもキレイ!」

 

 マキナがきょろきょろと周囲を見渡しているのを横目で見ながら、受付の方から女性の声がかかった。


 「ふふ、あなた達ギルドは初めて? オリオラのギルドへようこそ! 見ない顔だけど、カードを作るところからかしら? こっちへどうぞ」

 

 薄紫の長い髪をした女性がにこやかに手まねきをして俺達をカウンターへ誘って来た。マキナと一緒に近づいていくと、美人な顔立ちの女性は俺達の格好を上から下まで見てからうんうんと頷きながら話を始める。


 「その装備、まだ新品ですね。カードの作成をしましょう! あ、私はレイシャと申します」

 「あ、いや、俺達はカードは持ってるんだ」


 確かに今日買った装備は新品なので勘違いされるかと苦笑しながらカードをテーブルに出す。レイシャさんはカードを手に取り目を細めてじっと見る。


 「……ふむ、偽造ではないようですね……というかガスト領から来たんですね。苗字があるということはラース君は貴族の子かしら?」

 「ええ、色々教えていただけると助かります」


 俺がそう言って口元に笑みを出すと、レイシャさんは柔らかく笑い頷いてくれた。


 「カードがあるということは依頼などの経験はありますか? もし作っただけなら初歩的なことを教えますけど?」

 「えっと、学院に通っている時からギルド部というのを作って簡単な依頼は割とやっていました。スライムや暴れ猪は狩り経験があります」


 マキナの言葉に『ほう』という感じで口を小さく開けて驚き、俺達にカードを返してくれた。そのまま続けて話をするレイシャさん。


 「依頼をこなしたことがおありなら私から言うことはあまり無さそうですね。ガスト領とはちょっと違った魔物も居るので外に出るときは慎重に動いた方がいいでしょう。あ、森の奥には近づかないようにしてください。で、依頼、すぐに受けますか? 討伐関連の依頼は残念ながら今日はもうありませんが」


 申し訳なさそうな顔で微笑み、依頼書が貼り付けられている掲示板を指さす。今日のところは……というか今はギルドの様子とギルドマスターを見に来ただけなので適当に誤魔化しておこう。マキナに目配せをしながら声をかける。


 「俺達が遅く来たのが悪いんで気にしないでください。依頼書を見に行こうかマキナ」

 「採集でもいいから体を動かしたいわね」


 少し離れた掲示板を前にし、レイシャさんに背を向ける形になる。周りの人達も依頼で去っていくと、レイシャさんが俺達に話しかけてきた。お客さんとしてではなく、それも結構フランクに。


 「ねえ、あなた達って恋人同士なの?」

 「え? はい、そうですけど」


 俺が答えると、レイシャさんは目をにやりと緩めてカウンターで頬杖をついて楽しそうに口を開く。


 「いいわねえ。学院生だったみたいだし、きっといい恋愛をしているんでしょう」

 「ええっと、何とか勝ちました……」


 マキナが困り顔で返すと、レイシャさんが受付でずっこけるのがチラリと見えた。


 「勝ちました!? ライバルを跳ね除けてってこと? ……それもまた青春ね! 私はライバルが居ないんだけど、まったく気づかない鈍感男が好きなのよね……」

 「そうなんですか? レイシャさん美人ですし好きだって言えばうまくいきそうなのに」


 女の子は恋愛話が好きだということを証明するようにマキナが受付にサササっと移動し、会話に興じる。俺は聞き耳を立てながら依頼書を物色しつつギルドマスターについてどう尋ねようか考えていた。


 「お相手はやっぱり冒険者さんなんですか?」

 「うんうん。普通に生活していても出会いがなかなか無いもの」

 「ふふ、先生も同じことを言ってましたね」

 「あ、そうなんだ? 仲良くなれそうねその先生とは♪ 私の好きな人は最近仲間と喧嘩してしばらく町に居なかったんだけど、昨日かな? ギルドに顔を出してきてね! ちょっとテンション上がっちゃった」

 「いいですね!」

 「腕もいいし、ニヒルな感じがね、こう何とも言えないのよ。コンラッドって言うんだけど、ギルドじゃなかなか有名人なのよ?」

 「「え!?」」


 俺達が同時に驚くが、話にのめりこんでいるレイシャさんは気にせず頬に手を当てて喋り続けていた。


 「またどこかに行かれないように早く告白するべきかなって思ったりもするの……ね、マキナちゃんはどう思う?」

 「あ、あはは……」


 マキナはコンラッドが相手だと知って困惑し、愛想笑いで場を繋ぐ。とりあえずバスレー先生とかち合ったら友達どころか流血沙汰だなと思っていると、腰より下にある依頼書を見て俺は眉を潜める。


 「……トレント退治……?」

 「え? あ!? まだ残っていたのね、ごめんなさい。それは今やってないの」

 

 受付からバタバタと出て来たレイシャさんが俺の手から依頼書を取り上げると、頭を下げながらそんなことを言う。


 「あ、でもトレントが最近増えているって話、聞きましたよ? 少しでも退治しましょうか?」

 「ああ、それは――」


 と、レイシャさんが喋ろうとしたところで横から割り込んでくる人物が居た。あごひげをはやした金髪で、かなり強そうな体格をしている。


 「おい、何を食っちゃべっているんだ?」

 「わわ、ケルブレムさん、すみません! この子達、新人みたいなので色々とお話を……」

 

 恋愛話だけど、とは突っ込まず俺とマキナは会釈をして挨拶をする。ケルブレム、こいつがギルドマスターだな。


 「ええ、何か依頼でもやろうかと思っているんですよ。トレントの討伐依頼書があったので受けようとしたらこれはやってないと言われましてね」

  

 俺があまりものを知らない風を装ってそう言うと、ケルブレムが目を細めて俺達を無言で装備などを見てくる。


 「……若いな。それに新品の鎧……新人がトレントを倒すのは難しいな、諦めるんだ。最初はキノコ採集でもするといい。依頼はないが、この辺なら森の浅いところでブルーラビットでも狩ってみるんだな」

 「そうですか……でも俺、剣も魔法も自信がありますよ。領主様もギルドも動かないって話もありますし、俺達が退治してきま――」

 「貴様……!」


 俺が不敵に笑ってそう言うと、突然拳が飛んできた。俺は紙一重で拳をかわす。直後、パラパラと髪の毛が舞い散り、頬に切り傷ができる。


 「ラース!」

 「ちょ、ケルブレムさん!? って、当たってない……?」


 マキナとレイシャさんが声を上げるが、


 「……!?」


 一番驚いた顔をしたのは他でもない、ケルブレムだった。避けられると思っていなかったのか、目を大きく見開いていた。


 「危ないじゃないですか、いきなり殴るなんて」

 「ふん、生意気な口を叩くだけのことはあるか」

 「誉め言葉として取っておきますよ。ところでレイシャさんとも話していたんですけど、トレントが増えて領主様が困っているらしいじゃないですか? 力になれるか分からないですけど、お手伝いできるかも。ね、マキナ」

 「うん。こう見えても攻撃力は高いんですよ?」


 マキナがウインクしながら【カイザーナックル】を付与した拳をシャドーボクシングのように振るう。鋭い風切り音が耳に心地いい。ケルブレムは腕組みをして俺達をもう一度一瞥した後、身を屈め、小声で口を開く。

 

 「二日後にトレントを討伐するため冒険者を集めて森の奥へ向かうことになっている。それに参加するか? 死ぬ可能性が高いが、行くなら連れて行ってやる」

 「……行きます」

 「ちょっとケルブレムさん、何を言ってるんですか!? この子達はまだ新人ですよ!」

 「実力はありそうだ、それにレイシャのお気に入りコンラッドも行く。簡単には死ぬまい。朝六時、ギルド裏に集合だ」

 「わかりました」


 それだけ言ってケルブレムは裏へ引っ込み、俺達と数人の冒険者だけが残される。ハラハラした様子で見守っていたようだけど、ケルブレムが奥へ消えると安堵しまた自分たちの世界へ戻っていく。


 「……はあ……びっくりしました……今後、ケルブレムさん……ギルドマスターを挑発するようなことはしないでくださいね? あの人、基本的には気さくなんですが、短気なんで手が出るのが早いんです。それにしてもトレント、大丈夫?」

 「まあ、多分」

 「多分……」


 レイシャさんが呆れて肩を落とし呟くように言う。


 「ま、死ぬような目に合うことがあったら逃げてくるよ。そうと決まれば力を温存するため依頼は止めにします。行こう、マキナ」

 「そうね。うーん、楽しみになってきたかも!」

 「な、なんなのよあの子達……」


 出ていく時にレイシャさんの困惑した声が聞こえた気がしたけど、そのままギルドを後にする。

 それにしてもケルブレム……脅迫状に関わっているのか分からないけど、『何かをしでかしそう』という意味ではかなり臭い。

 コンラッドの話だと同行はしないらしいから証拠は掴めないかな? とりあえずバスレー先生とコンラッドに経緯を伝えないといけないな。

 


 

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